五十嵐沙紀
日曜日は、規則正しい生活を心がけた。朝起きて、味のない朝ごはんを食べて、練習して、味のないお昼を食べて、少しお昼寝して、練習して、夕方お風呂に入って、また味のない夕ごはんを食べて、練習して0時に眠る。
「今までに食べたことのある物、せめて食感がいい物を作るから、ちゃんと味を思い出して食べてね」
「ありがとうございます」
律子おばさんの優しさに触れて、心があったかくなって、コンニャクやニンジンを口に運ぶ。
「名護の実家からまた海ブドウ送ってくれるって。でも到着するのは年末になっちゃうかしら」
「楽しみです」
名護市の麻美の実家からも応援の声が届いているようで、恭兄さんがこんなこと言ってたとか、亜希姉さんがはしゃいでたとか、親戚の瑠璃さんが楽しみにしてるとか、食べてる間の会話は尽きない。
「なにか食べたい物があったらリクエストいいわよ」
「じゃあゴーヤじゃないチャンプルで」
「分かったわ」
麻美は麻美でまだ悩んでるらしい。
「うーん、最愛の人が死んだら、わたしの中では死ぬ以外の選択肢はないんだよなあ」
「歌詞ではとりあえず、じゃダメなの?」
「それだとわたしじゃないし、わたしの歌はわたしが歌うんだし」
「そっかあ」
「ピアノはどう?」
「バッチリ、100点とは言わないけど順調だよ」
「身体の方は?」
「今のとこヘイキ。今日も明日も0時には寝る」
「今日も明日もじゃなくて、毎日、マ、イ、ニ、チ、ね!」
「……はい」
◇◇◇
月曜日も規則正しく。午後はお昼寝と練習の代わりに病院へ行った。
「味覚のことは聞いてるよ」
「……すいません」
「葉山くんが謝ることじゃない。ただ、もし料理に対して強い愛着があったなら、それがなくなったとしたら心は負担を感じてると思う」
強い愛着かどうかは知らないけど、麻美が作ってくれたご飯を美味しいってもう一度言いたいとは思う。
「あの、水曜日の夜に生放送があって」
「知ってるよ。妻が楽しみにしててね」
「あ、ありがとうございます。それで、発作怖くて、強い薬とかあったらと」
「今より強い薬は、それはもう末期の話しだよ」
「先に注射打っとくとか」
「発作や痛みを抑える役割だから効果はないよ」
やっぱり来ないように祈るだけか。
「葉山くん、大事なのは前に進もうとする活力だ。ただ、それは1人きりだとなかなか難しい。だからだれかの愛が必要なんだ。医学じゃなくて心理学の話しをしているようだけど、愛、忘れないようにね」
「はい」
「じゃあせめて、血液検査をしてやれることをやってみようか」
「よろしくお願いします」
点滴を打った帰りの車の中で、シャインマスカット味のグミを口に入れる。なんの興味もなかったグミが、今じゃ毎日食べてる。
グミって言ったっていろんな食感があって、固かったり柔らかかったり、ぷにっとしてたりぽりっとしてたり。
特にポイってやつ。あの小さいのをいっぱい口に入れるとすっごく楽しい。いつか味を知りたいなって、きっと子ども向けのケミカルな味なんだろうけど。
「五十嵐さんグミ食べます?」
「あ、食べます。というか葉山くん、グミ大好きですよね」
「まあ味覚ないですからね。食感で楽しんでる感じです」
「……え?」
「はい?」
「味覚ないって、ホントですか?」
「あれ、知らなかったのか」
「白河さんから聞いてないです、けど」
急に止まる車。片側2車線の国道で、アルファードはハザードランプを点灯させた。
「わ、わたし、葉山、くんそんなに、なって、知らなくて……」
顔を両手で押さえてうずくまる五十嵐さん。
「大丈夫ですよ。五十嵐さん、そんなに泣かないで」
「だって、ひっ、愛内さんの作ったサーターアンダギーとか、料理とか美味しいって、思えないって」
いつも元気な五十嵐さんが、こんなにも泣いてくれるなんて思ってなかった。でも羽田のときも杉浦陽子のときも、五十嵐さんは泣いてくれてた。
シートベルトを外して後ろから背中をさする。
「少しづつ、壊れてく葉山くんの心とか、身体とか、ずっと隣りで見てて、わたしに出来ることって」
「いっぱいしてもらってますよ」
「わたし、わたし、泣かないで頑張ろうって、ガマンしてたのに」
「大丈夫だから」
「ごめんなさい、泣きたいのは、ホントは葉山くんなのに、なのに、なのに……」
◇◇◇
火曜日の朝、予定の時間にインターホンが鳴った。
「おはようございます。準備は出来てますか?」
「おはようございます、すぐ行きますので待ってて下さい」
今までに見たこともない、満面の笑顔の五十嵐さん。
「今日と明日、よろしくお願いしますねマネージャーさん」
「はい、任されました!」




