ウエディング
千葉県千葉市美浜区
ロイネットホテル三洋・ホールB
『安川家・小野家、披露宴会場』ーー
タキシードを着て麻美と2人、ホテルのスタッフさんに付き添われて大きなドアの前で待機。
「ホントに大丈夫?」
「うん」
「無理してない?」
「麻美ほどじゃないよ」
「でもさ」
「せっかくのドレスとティアラ、さあ笑顔でって、僕の方が年上みたいだね」
「分かった、切り替えるね」
ホールの中には500人。新婦の春香さんが麻美の昔からのファンで、それを知ってる新郎の安川雅史さんから連絡があったとのこと。
麻美も春香さんのことは知ってたらしく、わたしでよければということで実現したらしい。
高砂? たかすな? たかさご? 相撲の話しじゃないよな。安川雅史さん、春香さん、名前間違えちゃダメなやつだってと思う。
「皆さま、本日はお2人のお祝いに、ステキなお客さまが駆けつけてくださいました。正面左手の入り口にご注目ください、それではお願いします」
ドアが開く前に2人でお辞儀で待機。ポンと胸に手を当てて注射器を確認する。
『NOT ALONE』のBGMが流れると同時に開かれる扉、ホール内の歓声が光と共に僕たち2人を迎え入れた。
「ウソーー!」
「え、本物?」
「キャーーーー!」
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
2人で同時に顔を上げると広がるスーツとカメラとスマホの群れ、僕は麻美の隣りで笑顔でいればいい。
「愛内麻美wf葉山一志のお2人です!」
たかさご? の白いウエディングドレス姿の新婦さんは泣いちゃって、寄り添う新郎さんはすごく幸せそう。
進行の人がマイクを麻美に渡して、麻美は笑顔で、嬉しそうに話しだした。
「安川雅史さん、春香さん、ご結婚おめでとうございます」
麻美の言葉に拍手で盛り上がる会場。
「わたしが沖縄から出て来てこっちで活動し始めて、不安でいっぱいだった頃から春香さんは応援してくれました。コンサートとか今日も来てくれてるって、姿を見つけると嬉しく思ってました」
新郎新婦の2人は真っ直ぐに立って、麻美の言葉を一言も聞き漏らさないよう、真剣に聞き入っている。
「ファンレターもたくさん頂いて、わたしがここにいるのはその恩返しです。お2人の新しい門出に、ささやかながら歌を添えれればと思います」
新婦さんはもはや号泣、涙で麻美が見えないんじゃないかって心配するほど。
「『NOT ALONE』、『永遠の時の中で』、お2人のために歌わせてください」
麻美の合図でグランドピアノに座る。ホール内が暗転し、高砂、と僕たち2人の4人だけをライトで照らす。
『NOT ALONE』
『永遠の時の中で』
演奏が難しくない曲をお願いして、麻美が選んでくれた。今日の主役はきっと2人の方で、僕と麻美は役割のひとつ。
鍵盤の音を確認しながら、聞こえづらい左耳を頼りに曲を構成する。
海はだれの心も癒やしてくれて
でも近くに寄ればゴミで溢れてて
そんな存在になりなさいって
あなたの前ならなれるかなって
新郎新婦の2人は本当にお似合いだなって、僕と麻美もそう見えたら嬉しいなって、新婦さんキレイだなって、でも麻美の方がキレイだなって。
永遠、なんて言葉にして
恥ずかしいって照れるあなたに
わたしは誓う
ずっとずっといつまでも
添い遂げるって、隣りで歩むって
わたしは誓う
難しいことは関係なしに伴奏に徹した。演奏に自信がないのは最近ずっとそう、でも自分の気持ちとか今はどうでもよくて、2曲を無事に演奏出来たことがすごく安心できた。
曲を終えて2人でお辞儀、ホール中に広がる大きな拍手、皆さんの温かい笑顔に来てよかったって心から思う。
「愛内麻美wf葉山一志のお2人にもう1度、大きな拍手をお願いします!」
その後は新郎新婦を囲んで4人で記念撮影、そのご友人に囲まれてまた撮影、それから親戚? 仕事先の人? いろんな人と写真を撮って会場を後にした。
「新婦いいなあ、キレイだったね」
「結婚したくなった?」
「当然!」
「麻美はドレス何色がいい?」
「そうだなあ、やっぱり白、赤もいいなあ。ピンクのミニも……」
トトトって後ろから近づいて来る足跡。振り返ると中学生くらいの女の子がハアハア息切らしてて、スタッフさんに捕まってた。
「どうしたの、大丈夫?」
麻美の優しい声。
「あ、あの……」
「ん、なあに?」
「愛内さんと、葉山さんと、憧れてて、わたしも歌手になりたくって……」
モジモジしてる女の子の頭に、麻美は身に付けてた小さなティアラを飾った。
「わたしからのプレゼント。練習いっぱい頑張って歌手になってね」
「は、はい!」
笑顔の麻美と女の子。将来の歌姫は、こうやって誕生するのかもね。




