洋服
リビングに大量の洋服が並べられている。芸能人って大変だなあと心から思う。
「これとこれ、いやこっちかな」なんてやたら楽しそうに、愛内さんは上着にズボン、靴下となんだこれ、種類の名前、なんていうのか知らないような洋服、洋服。
愛内さんは昨日のことはなかったことにしてくれてるよう、一晩寝ておれも考えないようにしている。
「大変ですね、カワイイっていうかカッコイイの多いですね。衣装ですか?」
「え?」
「……え?」
「全部、葉山くんのだけど」
「……これ全部ですか?」
「うん。社長からゴーサイン出たら予算がいっぱい出てさ、ついつい楽しくなっていっぱい買っちゃった!」
洋服、いる?
「ピアノ弾くだけですよね、スーツかなんか着るんじゃないですか?」
印象操作ーー高貴でスマートな印象付けのために、ある程度は生活で慣れておいた方がいいだろうとのこと。
「でもフツーここまでします?」
「なんか社長ノリノリなのよ。本当デラックス!」
「ごめんなさい僕が悪かったです」
「あはは」
愛内さんなりの気遣いなんだろうか、優しさにほっとした。
「じゃあこれとこれとこれ、全部着替えて来て。ここで着替えてもいいけどね」
「……あっちで。サイズとかは」
「完璧!」
そうだったこの人、日本でファッション最強の人だった。たくさんの洋服を抱えて自室に移動、試行錯誤するとこもあったけど多分合ってると思う、多分。
「……こうですか?」
「ちょっとこっち来てもらえる?」
すごく真剣にここをこうとか、こうしてとか、僕の周りでなにかしてる。
「よし、さ、鏡見てみて」
促され姿見の前へ、映し出される僕。
「どう?」
「……芸能人っぽいです、カッコイイ」
「でしょ!」
きっといわゆるハイブランドってやつなんだろう、洋服がこんなにも心踊るなんて知らなかった。
王子様ーー本当に自分をそんな気にさせてくれる。
「さあて葉山くんに問題です。それ全部でいくらでしょう?」
いくら? 多分5千円ってことはないよな?
「2万、円?」
「インナーとジャケット、パンツにハーフコート、全部で23万円」
「に、にじゅうさん?」
「本当はもっと上でもよかったんだけど、高校生だからある程度で無難にしといた」
《高校生だからある程度で無難にしといた》《高校生だからある程度で無難にしといた》《高校生だからある程度で無難にしといた》
「それと、これはわたしからのプレゼント、あげるね!」
「あ、ありがとう、ございます」
時計。
「なんかね、葉山くんは将来、億単位で稼ぐから今のうちの初期投資なんだって。葉山くんには今までの分も幸せになってもらいたいんだあ。わたしにはこれくらいしかできないけどね」
「じゃあその格好でお散歩してきて。できるだけ人多いとこ行ってね。なにかあったら人と待ち合わせしてるって言って、笑顔でまた今度って去るように。あ、その靴7万円ね」
「いってらっしゃい!」
◇◇◇
情報量、多!
おれ7万円の上に乗ってんの? いやなんなら両手で抱えて裸足でいいですけど! プレゼント? ありがとうございます、いや、愛内さんからプレゼント? お返しは? 23? 初期投資ってなに、億、そんな稼げるかー!
確かに2億とか口座にありますよ、でもあんまり形にしたことないし、正直使うの怖いし、あれ? 大人ってこんなだっけ?
《わたしにはこれくらいしかできないけど》
日本のファッションリーダーにコーディネートとか時計のプレゼントとかしてくれる日本人が、いったい何人いるんですか?
こんな緊張した散歩をしたことがない。ピアノの練習の気晴らしで散歩とかしたけど、一歩一歩がなんか怖い。
人多いとこ行けって、とりあえず駅の方に向かう。周囲の視線が気になる、慣れない靴がくるぶしに当たる、カツカツ聞こえる足音がおれの足音じゃないようでやっぱ怖い!
駅の前のロータリーに近づく頃には少し気持ちも落ち着いてきた。靴ズレしそうとか思うけど、その靴ズレが治った時にはそのブランドに並べる気がする。
どこのだろ?
GUCCIーー踏んでますけど!
ロータリーで少し休憩、はあマジで無理! ちょっと風が冷たくてハーフコートに手を入れる。すーっと視線を移すと何人かの女性と目が合った気がした。気のせいだろうけどやっぱり恥ずかしい。
ロータリーから駅に向かう。すれ違う女性がこっちを、あ、こういうのを自意識過剰っていうのか。
改札入口、日曜日のお昼前。けっこう人多いなあなんて思う。
「あの……」
腕を飾る時計、愛内さんからのプレゼント、愛内さんからプレゼントもらっちゃったって実感が湧いてきた。
「あの……」
「……はい?」
振り返ると女性が2人、だれ? おれに用?
「1人ですか?」
「あ、はい」
「そうなんですか、カッコイイなって思って」
「え、あ、ありがとうございます」
「年齢いくつなんですか?」
「……17」
見えない、もっと上かと思った、そう笑う2人。なんだろう、愛内さんがなにかあったら人待ってるって、また今度って笑顔で言えって言ってたよな、笑顔で。
「ごめん、今人待ってて。また今度」
そうなんだって手を振って去ってくれて……ナンパ? ナンパかこれ、おれ逆ナンされた? いやいや多分、電車の乗り方とか聞いたりとか自動改札の使い方が心配とかさ……。
「あの……」
今度はなんですか?
「葉山くん、だよね?」
「……梶、さん?」




