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歌姫の全力の愛が僕を襲う!  作者: 長谷川瑛人
芸能界デビュー編
2/310

日常

「いつからやってるの?」「天才ピアニストってやつ?」「何が弾けるの?」「弾いてみたとかSNSとかにアップしないの?」「ねえ葉山くんって彼女いる?」「今度さあ合コンやるんだけどさ」「神、レールガン弾ける?」


 昼休みの教室では今まで話したことない人たちが、今まで話したことない距離感で、今まで見たことない笑顔を振り撒いて、なんかシャンプーのいい匂いしてて。


「愛内麻美は?」

「全部」


 これも全ては竹内のせいだ。


「よっ、モテモテぢゃん」

「勘弁しろよ……」


 恋なんてものに興味がない、だって来年春に死ぬ予定な訳だし必要性を感じない。


「これでとうとう葉山の童貞も……」

「知らん。それより後ろから元カノがすごい顔で睨んでるぞ」

「過去は振り返らない」

「少しは振り返って反省しろ」


 童貞、別にさ、よくない? ステキな出会いがあればそりゃあさ、でもおっぱいとか触ってみたいのは普通、健全な男子なら、さ。


「でも葉山変わったよな、こうやって会話できるだけで随分」

「ああ、まあ……」

「お前には幸せになってもらいたいんだよ」

「人の心配する前に、睨んでる人になんか謝ったら?」

「おれが悪いの?」

「知らんけど、多分そう」


 そんな話しをしてる間にも、何人かの女の子と目が合った。目をそらして笑って照れて、友達同士で笑い合う。


「葉山はなんでピアノにこだわってんの?」

「ピアノっていうか、楽器は心で思ってることを何倍にも膨らませて聞いてる人に伝えるんだよ、すごくない?」

「でもさ、歌コクって大概うまく行かねえぢゃん」

「そりゃあ好きじゃない相手から告白されてもね」


 男友達からはこれ弾ける? から始まって、あの曲いいよな、この曲カッコいいよな、からあっちこっち行って結局は下ネタにたどり着く。

 Nスラッシュのユミがパンチラした時黒だったとか、別にいいけど女の子いない時にしようよ。それにそれ、多分パンツじゃないぞ。




◇◇◇




 学校帰りにコンビニに寄った。キッチンに塩が切れてるのを思い出したから。

 水戸駅の南口、通称エキナンの15階建てのマンションの最上階。両親が買った4LDKは防音が完璧で、24時間ピアノが弾けるっていう好条件。


 財布を開けたら45円しかなくて、これじゃ塩買えないって銀行カード抜いてATMに差し込んだ。


ーーー


残高:2億6千万円


ーーー


 とりあえず1万円だけ引き出して、塩とビタミンがいっぱい入ってる栄養満点のゼリーを買った。パンは昨日のがまだある、あれ、確かカビてなかったっけ?

 夕方の歩道は春でもまだ少し寒い。コホッ、と少し咳が出た。歩きながら左胸の膨らみに手を当てて、内ポケットにちゃんと注射器が入ってることを確認した。


 ソレがある、それだけでものすごい安心感が込み上げる。


 家に着いたのは17時12分、昨日は17時ちょうど、前の日も17時ちょうど、コンビニに寄ったから12分遅れた。塩をキッチンの棚に置いて、上着を脱いでピアノの前の椅子に座る。

 見慣れた室内に家具なんて物はなく、あるのは黒塗りのピアノと学校に必要な物と、洗濯機とか歯ブラシとかそんなもん。


 4LDK、1人暮らしには広すぎる。


「なんだ、ここにあったのか」


 ピアノの上に置かれた塩と食べかけのフランスパン、経験っていうのはすごく大事で、塩とパンと水、それとたまに栄養入ってるゼリーがあれば、最低限生きていけることが証明された。


「あと1年……」


 今から10時間後、夜中の3時に練習を終える予定だ。小4から始めて意識が飛んだ日以外はほぼ毎日、休みの日は20時間、それが可能な限りの日常だ。


 疲れたから、カゼひいたから、飽きたから、眠いから、ノイローゼになったから、イヤだから、逃げ出したいから、指痛いから、泣きたいから、寂しいから、気付いたら死のうとしてたから、意識がなくなって目が覚めたら病室だったから。


 辞める理由なんていくらでも思いつく。そんな事はどうでもよくて、ただピアノを練習すればいい。それで1年後に終わりすればいい。


 天才ピアノ少年はどこへ行っても持て囃され、大人たちには将来を嘱望され、でも残念ながら志半ばであの世へ行く。

 天井を見上げる。梁から吊されたロープの輪の結び目に癒しを感じた。


 鍵盤を叩き始める。


 パンはやっぱりカビてたから食べずに捨てた。

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