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歌姫の全力の愛が、僕を襲う!  作者: 長谷川瑛人
芸能界デビュー編
19/328

歌姫

「ねえ葉山くんこれ見て!」


 その一瞬で心が持ってかれた。


「自重Tシャツだよ!」


 大きなダボッてしたTシャツから生足が生えてる。


「こういうのも可愛いいよね。後ろからとかどう?」


 廊下でクルッて回ってヒラッてして、ダボッてしてもそこから生足が生えてる!


「どう?」


 どう? ヤバイ、ヤバすぎだろ! いや確かに面積は増えたし見えないと思うよ、でも見えない分見たい欲求が、え、中、どうなってるの? どうなってるのって多分フツーなんだろうけど、フツーってなに? 見えてると隠せ言うくせに隠されると見たくなるおれってなに?


「あ、はい……すごくカワイイかと……」

「でしょ! あとねパーカーも買ってきたんだ。それもカワイイんだよ!」


 パーカー。


 パーカーだよね? パーカーってコスプレ衣装だっけ? そんなにエロかったっけ? あ、あれか、おれがアホなのか、パーカーってこんなにも楽しみに、妄想を膨らませるモノだっけ?


「楽しみにしててね!」

「……はい」


 教わった口角上げてみるけど多分ひきつってる。




◇◇◇




「葉山くん明日は日曜日だし散歩してきて」

「散歩ですか?」


 お風呂入ってシャワーを浴びても頭が軽い、視界が広い、それになんか心に余裕があるように思える。


「そう散歩。明日の朝用意しようね」

「用意?」


 散歩の用意? そんなんいる? でも今日のようなことがあるのかなってちょっと期待する自分もいる。


「分かりました。あ、そうそう、愛内さんにスクールメイク教わってって言われました。こんなの自分で出来る気がしないんですけど……」

「オッケー! まあわたしに任せて。これでもファッションリーダーって呼ばれてるんだ、ゼ!」


 2本の指でVってして横から目に当ててウインク、やだカッコイイ!


 ご飯食べて洗い物、今日は僕がやりますよって、感謝を行動で返したいと思った。「ありがとう」ってお礼言われて笑顔で返事して、ありがとうはこっちの方がありがとうなわけで、おれがやれることは少ないわけで。


 そろそろ練習しよう、と愛内さんを呼びに行く。部屋のドアが少し開いてて中から話し声が聞こえてきた。


「別にそういうわけじゃ、今いろいろと忙しくて……」


 仕事の話しなんだろう、立ち聞きみたいで悪いなってその場を去る。


「……分かった、戻ったら連絡する」


 仕事? タイミング少しズラすのにトイレ行って、戻って声聞こえないのを確認してドアをノック。


「愛内さん、練習します?」

「うん、やろやろ!」


 ピアノの前で楽しみに待つ大きなTシャツ、とそれに耐えるおれ。あーとかいーとか発生練習してる愛内さんの真剣な表情を見ると、堪えれる自信が少し湧いた。


「じゃあちょっと音合わせから。少し声ズレてるので直しましょう」

「音程ズレてるってこと?」

「多分昼間、けっこう声出ししてましたよね。ここ何日かだと一番」

「スゴ……なんで分かるの?」


 なんでって、あなたの声を毎日聞いてるわけで。


「聞いてれば分かりますけど?」

「そうなんだ……」

「じゃあドからピアノに合わせてゆっくり声出してください」


 彼女の声を聞きながらゆっくり、ひとつづつ確認していく。声量、低音、中音、高音、オクターブ、伸び、余韻、ゆっくりゆっくり30分、まだ本来の域には達していないけど、少しづつ回復させる。


「どうですか?」

「あー、あー、え、なになにスゴくない? あー、スゴ」

「よかったです」

「ちょっとこれ毎日やろ!」

「いいですよ」


 僕が作った曲はなんていうか、歌うにはけっこう難しい。愛内さん本来の域のちょっと上、そこにベースを合わせている。

 今日の愛内さんには少しツラそう、だから違う提案をした。


「じゃあまずは、愛内さんの持ち歌の中で優しい歌から試しましょうか。『レター』なんてどうです?」

「うんいいよ! でもピアノ弾けるの?」

「アレンジで良ければ愛内さんの曲、全部弾けますよ」


『レター』


 あなたのことを思い出し手紙を書く。でも渡せる勇気がなくて、書いた手紙だけが机の引き出しの中に並んでいく、いつか渡せるときがくれば、そんな歌詞がキレイな和音に乗って優しく響く。


 僕のピアノの旋律に乗る彼女の声ーー。


 ケータイで、店で、街の通りで、機械のコードからスピーカーを通して何度も聞いた愛内さんの声。今、彼女の声はこの部屋の中で、なにも遮らずに直接、空気に振動を与えて僕の耳に届く。


 初めて聞く生の愛内さんの歌声、ウタヒメ、そう呼ばれるには十分で、指を鍵盤に滑らせながらも聴き入ってしまう。


 彼女の声はずっと前から僕に届いていた。

 彼女はずっと前から僕を待っていた。

 彼女は僕のファンだと言っていた。


 ……だとしたら。


「ずっとずっと前からあなたのこと、いつかこの手紙と一緒に


 気づけば演奏をやめて彼女の声をただ聞いていた。楽しい曲があったとして、それを弾いて聞いた人が楽しいって思えば、それは正しいことなんだと思う。

 その後のそれがどう楽しいかとか、なにが楽しいかとか、それは個人の自由なんだと思う。


 だとしたら?


「ああ気持ちよかったあ。葉山くん、途中でピアノ止めちゃったでしょ。なんかすっごく気持ちよくなっちゃって、最後まで歌っちゃった」


 声は音は、人の感情を何倍にも膨らませて乗せて、それを聞く相手に伝える。


 だとしたら!


「愛内さん、僕のこと好きなんですか?」

「え?」


 ……あ。


 我に帰って下を向く。固まったままの彼女に「いやなんか好きな声っていうか」なんて頭に浮かんだ言葉だけ並べる。

 続きやりましょう、うん、なんて他に会話した記憶がない。

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