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期待

「ねえ麻美、上映会って土曜日だし日曜日は竹内たちと予定が合えば遊び行って来ていい?」

「全然。楽しんできて」

「麻美は忙しいの?」

「忙しすぎて超ヤバイ!」

「そっか。体は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよお」

「それとさ、『Lovin'』少し遅れてもヘイキかな?」

「ヘイキヘイキ。一志のペースでいいから」

「あとさ、落ち着いたらって年末になっちゃうのかな。話したいことあるんだけど」

「なになに? プロポーズ?」

「僕のこと大好きすぎない?」

「あは、そうだけど何か問題でも?」

「いいえ」


 電話口の麻美のテンションは高いけど、声は少し疲れてそう。年末まで話すのはやめとおく、心がもてばいいけど。


「ねえ、年末のALLミュージック・ウェーブ終わったら、全額僕が払うからどこか泊まれないかな」

「泊まり?」

「麻美が気に入ってるホテルのスイートルームとか」

「一志にしては珍しいぢゃん!」

「そうかもね」

「ちょっと調整してみるね」




◇◇◇




葉山一志:今度の日曜日、オフだから空いてるけど

竹内淳 :よし、カラオケ行こうぜ!

梶さゆり:わたしもヘイキ

須藤真由:うん、いいよ

川上真弓:にいとのカラオケ

北原陸 :ぼ、僕も行けます

葉山一志:全額おごるからなんでも言って

竹内淳 :友達なんだし気にすんなよ

梶さゆり:そう、気にしない気にしない

葉山一志:3億使い道ないしさ

須藤真由:3億? 3億? 3億?

川上真弓:にい、1億増!

北原陸 :さ、ささささささささささ

葉山一志:正確には5千万ね




◇◇◇




 学校の日常は、いろいろと忘れさせてくれる。左耳がほとんど聞こえないことも、味覚がないことも、言わなければバレる素振りもない。


「葉山くん、映画の発表会ってなにするの?」

「よろしくお願いしますって挨拶するだけだよ」

「出演者に会えるんでしょ?」

「多分ね」

「いいなあ。ヒロト会いたい!」


 麻美に誘われてユニット組んで、ただピアノ弾いてればなんて思ってたのに、気づけばいろんなジャンルの人達とつながってる。


「倉科悠と友達ってマジ?」

「うんマジ」

「うらやま、あの巨乳、いや、すまん」

「いいよ」


 なんなら本物を見たりさわったりしてるけどね。あ、パンツとブラある、本当あれどうしよう。


「大晦日の歌番組は出るの?」

「僕は出ないよ。愛内さんがソロで出る予定」

「そうなんだ」

「ALLミュージック・ウェーブには出るけどね」

「ホント? 楽しみにしてる!」


 やっぱり人がいると薄くゴーッて風で音がこもる。1人で家で練習してる時は感じなかった、どうしてこうなるんだろう。


「それと、詳しくは言えないけど、12月入ったらもう1つ特番あって、おもしろそうだから楽しみにしてて」

「分かった、楽しみにしてるね!」




◇◇◇





「ちくしょう……」


 練習で、ただ時間だけが過ぎていく。同じはず、大丈夫なはず、全部に「はず」って言葉が付いてくる。

 聞こえづらい左耳から入ってくる小さな音を頼りに、何度も何度も何度も何度も……。


 律子おざさんが作ってくれたご飯も食べずにあと10分、あと30分、あと1時間、もう1曲もう1曲、気がついたら夜中の1時。


「こんなんで……」


 人前で演奏とか、テレビの生放送とか、自分がどう弾いてるか分からないのに聴いた人はどう思うって。

 けどやれることは練習しかないって、ほかにやれることなんてなんにもないって。


 ヴァルハラに行く準備? 覚醒を待つ?


 これ以上どうやればうまくなるんだよ、やればやるだけわけわからなくなってんだよ。

 そういう成長イベントがあるならさ、さっさと来てくれよ、そういうもんだろ。


 普通、悩みがある時って、みんなだれに相談するの? 親? 友達? 恋人?

 もしだれもいなかったら、抱えてたのがいっぱいいっぱいになっちゃったら、どうすればいいの?


 世界大会への期待とか、麻美との関係への期待とか、日本中からの期待とか、クラスの友達からの期待とか。

 考えるなって思うけど、未来は、少しづつ足音立てて近づいてくる。


 車にでも突っ込んで事故に合って、腕とか骨折しちゃえばピアノ演奏しなくていいし、世界大会にも出なくていいし。

 そうすれば、ほとんど左耳が聞こえない状態で日本の代表になんてなるなって言われないだろしい、麻美とユニット組んでJーPOPなんてやってるから負けたなんて言われなくて済むし。


 2時を回っても、3時を回っても、思考は止まらない。朝7時、鍵盤の上で目を開ける。そろそろ学校に行く時間だ。


 世界は、それでも動くーー。

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