あとは待つだけ
休憩を挟んだあとは写真撮影。集まってくれた200人は解散になり、僕たちとリコルルのスタッフさんだけになった。
青みがかかったスーツと赤いドレス。
宝石が輝いてる剣と家紋が施された盾の前で、ソフィアに膝をついて手の甲にキスをする。玉座のようなイスでは、王様のように足を組んで座る。
暖炉がある部屋でピンクのドレスのソフィアと見つめ合い、噴水の前では白いタキシードを着て寄り添った。
「お前、カッコイイゾ」
「ソフィアもすごくキレイだよ」
「フフフ、楽しい」
左耳から聞こえてくる音は今までの10分の1くらい。0じゃないけど風の音に混じってほとんど聞こえない。でも普通に会話をする分には、立ち位置を気にすればなんとかなると思う。
「ここ、ソフィアの家なの?」
「お前、一緒に住んでもいいゾ」
「ソフィアちゃん、残念だけど一志は日本に連れて帰るからね! 一志も鼻の下伸ばさない!」
「してないって」
学校はどうしよう。2人で並んで歩道歩くとき、車道側って大概が右側だよね、男性が右側を歩くんだよね?
「一志の……ま……よ?」
「え、なに?」
「ネクタイ曲がってるから直してあげるね」
「ありがとう」
年末までにちゃんと弾くのは特番のALLミュージック・ウェーブでの2曲のみ。さっきは記憶と経験でうまくいったけど、音が立体から平面に聞こえて、左からの音が右から聞こえて、記憶が薄れていったらどうなるかなんて……。
「一志、ホントの王子様みたいだね」
「形だけはそうかもね」
麻美に言った方が良さそうだけど、すごく心配しちゃいそうだから年末は忙しいだろうし、落ち着いてからにしようと思う。
「ではこれで最後のカットになります」
スタッフさんが補助をしてくれて、ソフィアと2人で白馬にまたがった。
背中から回した細い腕が僕の腰で絡まって、ソフィアの体温を感じながら、ニューヨークの撮影は終了した。
◇◇◇
1泊のスケジュール、もう少し時間があればいろいろ楽しめたとは思う。5人とも、ほとんど自由時間もなしに過ごした。
まあ、過ごした時間はあれだけど……。
J・F・ケネディ国産空港に、ソフィアはコンシェルジュさんと見送りに来てくれた。
「お前、話し、したい」
ソフィアはそう言うと、僕をみんなから離れた方へ誘導する。取り出すスマホにソフィアが英語でなにかを話してる。
「あなたは、世界大会で、優勝します」
翻訳アプリ? じゃあ最初からそれ使えばなんて思ったけど、日本語を必死に練習したソフィアには感謝しかない。
でもね、応援してくれるのはありがたいんだけど、ちょっと難しいんだ。ソフィアには言ってもいいかなって真っ直ぐ見つめる。
「あのさ、ソフィア……」
「もし、左耳が聞こえなくても、安心してください」
気づかれた? あの演奏で? ソフィアは真剣な目で、僕の心境を無視して続ける。
「《ヴァルハラ》に行く、準備が出来ました」
ヴァルハラ?
「あとは、光の先で、《覚醒》を待つだけです」
……は?
ソフィアはとびっきりの笑顔を向け、僕に勢いよく抱きついた。
「全て伝えた。パリ、応援、行くゾ」
「うん、待ってる」
友達同士のハグなのか違う意味なのかは知らないけれど、特別さを感じるこういう文化も悪くないんじゃないかって思う。
◇◇◇
飛行機は太平洋の上空を進んでる。外の景色が見たいという理由で、一番左の窓側の席に座った。
「疲れた……」
「さすがにニューヨークに1泊はキツイね。もっと時間取れたらよかったんだけどなあ」
「ね」
「体はヘイキ?」
「うん、大丈夫」
前に原さんが言ってたヴァルハラ、それに覚醒、全て伝えた?
左耳がほとんど聞こえなくなって、味覚がなくなって、状況は悪くなって考えることがたくさんあって、けど今は妙に冷静にいる。
「ソフィアちゃん、すごかったねえ。未来の世界の歌姫って納得だわ。正直悔しかったし」
「いや、でもさ……」
「わたし個人の歌だけなら完敗。もっと頑張らなくちゃって」
麻美はそう言うと、僕に笑顔を向けてきた。
「なので、これからも一志、よろしくね」
「……うん」
任せて、なんて軽く言える余裕はない。なんなら足を引っ張るのはこっちの方。次はなにしようって言ってくれた麻美は、未来がどうなろうとも一緒にいてくれるはず。
僕はいつまで、麻美の隣りで演奏出来るんだろう。




