アサミ
マンハッタン島とJ・F・ケネディ空港の中間、クイーンズ。そこに向かうため、クイーンズボロブリッジでイーストリバーを渡る。
「ねえ麻美、内緒話しなんだけど」
「ん?」
「今日の夜にはここ離れるよね。カーネギーホール行かなくてよかったの?」
「そこはねえ、私にとっては観光する場所じゃないんだよね。だから、またいつか、ね」
またいつか、麻美ならきっと叶えれると思う。その時僕が隣りにいれたらなんて、思ってしまうのはリムジンが心地いいからだろう。
「着いたそうです」
車から降りると見える巨大な門。石垣とブロックの壁を数メートルの堀が囲み、豪華な橋が掛かってる。
「真っ直ぐ遠くに霞んで見える建物? お城? が家……」
古川さんが説明しながら呆れてる。確かに遠くにそれらしき建物がある。もう、こういうファンタジーだと思って白目。
橋の近くにトラックが1台、リコルルのロゴ、そこで用意してワンカット撮影するらしい。
紺に近い色合いのタキシードの襟には白いライン、メイク、プロによって変えられる僕はこれで2回目。慣れはしないけどまな板の上のマグロ、どうにでもしてください。
僕の方が先に完成し外で待つ間、いつの間にかそこにいた、白馬が珍しくて近くで観察してた。お城に白馬、確かに似合いそうですね。
「お前……」
ソフィアの声で振り返るとプリンセスがいた。真っ白のドレスに黄金のティアラ、リコルル・ピュア・グロス・ルージュ、ダイヤモンドだろうネックレスとヒールにアンクレットがアクセントで効いてる。
「それに乗って走れ」
「乗れるか! りんどう湖ファミリー牧場じゃないんだから」
「リンドーコ? Oh! リンドーコ! HAHAHA」
ソフィア、笑いのツボが分からない。
【シーン1】
さすがに乗馬なんて出来ないので、門の入り口で白馬の手綱を持って、右手を胸に当てて行儀良くお辞儀。暴れたら怖いので、スタッフさんが近くで待機してくれてる。
執事とメイドが並ぶ橋の反対側、ソフィアは初めて会った時のようにドレスを両手の指でちょっと上げ、足を少し屈めて頭を傾げて笑顔を向ける。
王子様とお姫様、2人の出会い、そんな感じ。
◇◇◇
それはまさしく城だった。
アメリカ版、ノイシュヴァン・シュタイン城の塔にお姫様は軟禁されてるんだろうか。宝物庫には金銀財宝があるんだろうか。
玉座とか剣とか、甲冑とか、想像するのは二次元のあれやこれ。ゲームとか詳しい人には楽しそう。
1階ホール。
200人は既に待機してて、プロのダンサーだろう黒のタキシードと赤いドレスの人たちは、みんな手に顔の上半分が隠れる仮面を持っている。
その周り、スーツ姿の人たちの年齢は様々で、業界の関係者と言ったらそうなんだろう。
「お前とお前、やるぞ」
「ここで?」
「うわあ緊張……」
赤絨毯が敷かれた緩い螺旋階段の上に設置されたグランドピアノ、そこに僕とソフィアと麻美が並ぶ。
ホールの床から高さ3メートルの踊り場、200人のアメリカ人の顔が全員見える。
コンシェルジュさんから、本番前にお互いが歌を披露するという説明が入り、ホールは歓迎の拍手で包まれた。まずは麻美からだ。
「麻美、『あなたへ』トーン上げて弾くから全力でぶち抜いて」
「出来るかな……」
「家でいつも練習してる通りにやれば大丈夫」
「うん」
「あ、それと」
「なに?」
「麻美が勝ったらリコルルのドレス何色にする? 楽しみにしてる」
「あは、超可愛いのあったから見せてあげるね!」
うん、その笑顔が見たかった。じゃあアメリカの皆さん、日本の歌姫をここに紹介しますね。
演奏スタート!
出会ってから半年、音楽祭からは5ヶ月、今まで僕のCDで練習してた麻美の歌唱力は、僕の隣りでレベルを上げた。
上げた? そんなもんじゃない、上げまくった。あの時と比べたらもはや別人。
《麻美の声は、僕のピアノで完成する》
ぶち抜いてなんて言ってはみたものの、5ヶ月前の演奏なんてとっくにぶち抜いてて、それを追いかけるように僕のピアノも音の階段を駆け上がる。
いつの日かあなたに会える
その願いが届くまで
ずっと、ずっと、ずっと
わたしはあなたを想う
日々の、その時々の一瞬に疲れても
くじけてツラい時間が続いたとしても
明日、どんなに泣きたくなったとしても、それでも
僕と麻美の歌は未だに発展途上、今よりもさらにさらに上へと目指せる。
感性の天才ーー。
麻美は気づいてないだろうけど、今、僕は麻美の声に真剣に聞き入ってる。そうしないと負けちゃいそうで、でもこれが、2人が望んだ世界。
演奏中に麻美を見つめる余裕は、今の僕にはもうない。右耳で声と音を聴き、人前で歌うという緊張が引き金となって放たれた麻美の感性に、僕の技術と感情を乗せる。
演奏後の大拍手、麻美はまた世界記録を0.01秒更新した。
「アサミ、大好きです。ワタシと出演しましょう」
「え、いいの?」
「だから言ったでしょ?」
「やったあ! ホントはすっごく出たかったの!」




