ニューヨーク
「Welcome!」
ベタ付けされたリムジンは、以前に六本木から銀座へ行ったそれの2倍くらい長い。
鹿島さんに先導されてそれへ、ここからはきっと富豪の世界、一歩引いて薄目で見とく。
「麻美、古川さん、お酒飲まないでくださいね」
「さすがに、ね」
「仕事中だしね」
ジョン・F・ケネディ国際空港から海か川沿いを車で1時間半、本物の自由の女神とマンハッタンを通り過ぎてセントラルパークに面する5thアベニュー、その先にあるセントラルビル52階、そこがソフィア・ギャリックの自宅らしい。
ずうっと大騒ぎしてたのは五十嵐さん、麻美だってニューヨークは2回目らしく、けっこう楽しそう。
「一志見て! でっかい渋谷って感じでしょ?」
「確かに渋谷ってごちゃってしてるもんね」
「一志は意外と落ち着いてるよね」
「展開が凄すぎて追いつけてない」
「あは、それ分かるかも」
11月だっていうのに、筋肉すごそうな人がタンクトップで歩いてるし、横断歩道がWALKとDONT WALKだし、タクシー黄色いし、ビル見上げてもてっぺん見えないし。
16時間飛行機乗って、ビーフかチキンって言うんだよなって思ってたらスチュワーデスさん日本人で普通に話せて、サイトシーンって言って空港通れたって喜んで、今ここ。
へえ、自由の女神って島にあって船で行くんだ。
どこでどんなに飾っても、僕は僕なわけで、こんにちは、一般庶民です。
セントラルビルの地下駐車場、そこに車は到着した。
「I've been waiting for you」
リスニング、一応頑張ってみたけどごめんなさい。コンシェルジュさんがお待ちしてましたとさ。
だいたいコンシェルジュってなんだ? 家政婦か? スーツ着た家政婦か!
エレベーターはまっすぐ52階へ。鹿島さんの前情報では、ソフィア・ギャリックは少し日本語が話せるらしい。
「ねえ麻美」
「ん?」
「52階に住んでるって、ちょっと買い物行く時とか不便だよね?」
「ちょっと笑わせないでよ」
エレベーターから見える景色がすごい。セントラルパークの後ろに乱立するビル群、その先の海か川、掛かる橋、さらに奥の霞む景色、古川さんでさえ見入ってる。
チーン……。
エレベーターが到着する時のチーン、知ってるかい? 富豪の世界ではこのチーンですら荘厳さを感じる。
スーツを着た家政婦さんが開けたドア、その先にいる女性。17歳のその女性は、世界のプリンセスと言われればそうだろう、ブロンドの髪が白いドレスと似合ってて、透き通った肌に瞳はダイヤモンドのように輝いてる。
「ごきげんよう」
口から発せられる声も通って、心臓の真ん中まで届くよう。ソフィア・ギャリック、ドレスの端を指先でちょっと上げて、お辞儀する目の前にいる彼女がお姫様だとしたら、きっとだれもが納得する。
未来の世界のプリンセス、未来の歌姫ーー。
僕でもそう、だれが見てもそう、その将来性を、それを信じて疑わない。
「お前とお前、会いたかったゾ」
は? 口悪!
「日本語お上手ですね」と鹿島さん。
「ワタシは、栃木県に、行きました。次は、群馬県にイクマスデス」
栃木県? もっとこうあるだろ! 隣りに住んでるけど1回も行ったことないわ。魅力度ランキングでうちと最下位競ってるとこだぞ!
「長旅、ゴシュウショウ様です。スルメ、ゆっくりしてください」
今スルメって言った? なんだこのポンコツは! だれだこれに日本語教えたやつは!
まあとりあえず無言ってのもあれなので、はじめましてと日本語で挨拶した。
「カズシハヤマ、お前を気に入ったゾ。シャネルは、こ、こ、tonight、オペラへ招待した」
「オペラ?」
「ガブリエウに勝つ、そのためのソーイだゾ」
笑った顔は本当にお姫様のよう。
「それとお前」
麻美を指差す。
「ワタシと勝負しろシテクダサイ。ワタシ勝ったら、カズシハヤマ、もらう」
「んん?」
埒が明かなくて鹿島さんが家政婦さんと英会話。リコルルは僕がガブリエウに勝つためにオペラを聞かそうとしてること、ソフィアは僕のピアノを気に入ってくれたようで、ぜひ一緒にやりたいということ。
なので、ユニット組んでる麻美と勝負だそう。
明日ソフィアの別荘にて、僕のピアノで2人がそれぞれ歌い、ソフィアが勝ったら僕をもらう、もし麻美が勝ったら今回の映像に麻美の出演を許可する。
えっと、僕の意思は?
「なるほどねえ。ソフィアちゃん、まずは日本語から教えてあげようか」
麻美の笑顔が怖い。
「1回、タワシ? ワタシ、歌う」
もはや1周回って好きになってきたわ。ソフィアはそう言うと、目を閉じアカペラで歌い始めた。それを聴いた麻美の感想は……。
「あはは、ソフィアちゃんスゴイ! これわたし敵わないわ」
日本の歌姫がものの数分で降参した。




