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少しずつ日常へ

 白河さんは支部長から副支部長に降格になった。これで葉山をもっとより見てやれると、本人は喜んでいるらしい。だからってマネージャーは今までの五十嵐さんで変わらないけど。


 なんかめんどくさそう……。


 ニューヨークに行くメンバーで英会話を出来ないのは僕だけだった。まさかの麻美もそれなりに話せるらしい。

 たまたま事務所にいたマリさんが、葉山くんはフランス語を勉強してみたらって簡単に言ってきた。


「一志それいい! 優勝したら記者会見とかあるだろうし、絶対カッコイイよ!」

「英語の授業もままならないのに?」


 授業と会話は違うし、半年あれば小学生くらいにはなれるって、でもマリさんカッコよかったなって、口車に乗せられてちょっとやってみることにした。


 ……自信ない。


 学校は、ある程度の成績を確保すれば、最低限の出席日数でいいということ。進級も出来る。それさえ難しいなら、成績次第で休学することも可能だそう。

 有名な進学校じゃないけどそこそこの偏差値、授業を聞いてるだけで家じゃなにもしてなくて上の下、まあなんとかなるだろう。


「葉山、放課後の予定は?」

「ごめん、ちょっと行くところが……」




◇◇◇




ひたちなか市足崎ーー




 本籍に書いてあった住所は車で30分の場所だった。国営ひたち海浜公園の近くの林、その林の一画に木が伐採されて家が立ってただろう空き地があった。

 草だらけで特になにもない。家があった形跡も見つからない。


 多分、父さんの実家があった場所で、父さんとその家族が住んでたんだって考えたら、なんか他人の家を覗いてるような気がして、寂しいっていうより多分、そこに突っ立ってただ眺めてる僕は、きっとみじめなんだと思う。


 僕に血縁関係はいない。


 そんなこと知ってたけど、沖縄で麻美の家族に行会ったせいか、もしかしたらなんて、そんな期待は期待のままにしておけばよかった。


「……来なきゃよかった」

「え、なにか言いました?」

「いいえ、わざわざ遠回りすいません。帰りましょ」




◇◇◇




「ただいま」

「おかえり。やっと帰ってきた!」


 麻美の笑みに癒される。


「やっとって学校行ってただけだよ?」

「だってさ、あんなにうるさい家にいたんだよ? 急に1人になったら寂しいぢゃん」

「まあねえ。でも仕事あるんでしょ? スーツケースもまだそのままだし」

「ちょっと慣れるまでリハビリ」


 それは少し分かる。


「麻美とずっと一緒にいたはずなのに、2人だけって寝る時だけだったよね」

「そうなの! ねえちょっと聞いて!」

「いつも聞いてるよ?」


 麻美のちょっと聞いては律子おばちゃんとの会話の内容で、どうだった、どこに行った、どんな話しをしたってたくさんしゃべって盛り上がったらしい。


「でね、あ、美味しそうなショコラのタルト買って来てたんだった。確かスーツケースの中に……」


 麻美がパンパンに膨れたスーツケースのフックを外すと、同時に散乱した紙がヒラヒラと、大量にフローリングを埋めた。


「ちょ、なにこ、ウギャーー!」


 写真?


 テキトーに落ちてるやつを数枚ひったくる。


「見ちゃダメ!」

「見たいんだけど」

「絶対イヤ。鈴姉と亜希でしょ、もう絶対家に帰らない!」

「ははは……」


 麻美に手に持っていた写真は全て没収された。でも1枚だけポケットに入れたのは気付かれなかった。

 眼帯の女の子が笑顔で、家族みんなと撮った写真は、僕の宝物になった。




◇◇◇




「ところでさ、ソフィア・ギャリックが麻美を指名したってどういうことなんだろうね」


 2週間後のニューヨーク、向かうのは僕と麻美、五十嵐さんと古川さん、それに日本支社の鹿島さんの5人。

 シャネルは僕とソフィア・ギャリックの映像を撮りたいはず、けれどソフィア・ギャリックは愛内麻美の同席を指定した。


「絶対に裏あるよね」

「やっぱり?」

「行ってみないと分かんないけど」

「そうかもね」

「まあ、わたしを指名するってことは、十中八九、歌ってことでしょ。いつでもかかって来なさい!」

「うん、とりあえず仲良くすることから始めようか」


 年末にかけて忙しくなるからそんなに来れなくなるかもしれない、久しぶりだから、理由はなんでもよくて、2人で自然と一緒のベッドに入った。

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