王子様
「君と葉山くんの場合は、奇をてらうより王道がいいだろうという話しだね」
「わたしが姫だからちょうどいいんじゃない?」
王子様、なにがちょうどいいんだろう。
「あの、頑張ろうとは思ってますけど、人間出来ることと出来ないことがあるっていうか……王子様?」
「そんなに気を払わなくて大丈夫だよ」
なにが大丈夫なんだろう。
「2億で国買えと?」
「ハハ、国って2億で買えないんじゃないかな」
全く分からない。
「じゃあ葉山くん、クラシックでコンサートをやるとしたら、年齢層はどんなお客さんが中心に来るかな?」
どんなお客さんが来るんだろう、でも来るとしたら。
「40代から50代の男性と女性……」
「割合は?」
「7対3くらい、かなと」
「きっとそのくらいだろうね。で、今回君がターゲットとするのは女子中学生と女子高校生、比率は女性10割、その彼女たちが求めるような王子様を目指せばいいってこと」
できる気がしない。
「葉山くんが思い描く王子様ってだれかな?」
そんなこと急に言われても。
「……織田信長」
「黒船の人だよね?」
「それは幕末の話しですよね?」
「葉山くん来年受験でしょ、大丈夫?」
「おれの方が合ってると思いますけど」
「なにそれ、高学歴マウントってやつ?」
「おれ高校の2年生なんですが……」
「じゃあ卒業してるからわたしの勝ち!」
「……なんの話しですか」
女子中高生が求める王子様ーーそんなの出来るんだろうか。それ以前に、ただのお手伝いでそこまでするんだろうか。画面に映ったとしてもピアノ演奏してるだけだろうし。
「いくつか挙げてみようか?」
1.一人称は僕
2.女性を君と自然に呼ぶ
3.スマートな姿勢
4.一般人よりランクが上の存在感
5.爽やかな笑顔と清潔感
6.高貴な佇まい
「ひとつも当てはまってないんですけど……」
「常にそうしろってわけじゃないくて、人前ではそうしようっていう話し。あ、今から自分のことおれって言ったら1回につき練習時間10分マイナスね。愛内さんちゃんと見張っててね」
「はーい」
「いやあのおれ……」
「はい10分」
「……」
なんかよくよく考えてたら、古川さんの中指の上でマイムマイム踊らされてるような気がしないでもないでも。
「葉山くん高校生から出世したぢゃーん」
「愛内さん出世って……」
「次は天使と神様でも目指しちゃおっか!」
何言ってんだこの人と思いつつケラケラと、くったくなく笑うあなたは、おれ、僕の中では出会った時から既に天使ですけど。僕、なんかかゆい。
「参考資料はこっちで用意しとくよ」
参考資料? 歴史の教科書とかきっとそんなもんだろう。
「それと曲なんだけど、同じ曲をフルコーラスの他に3分の編集分を作ってほしい。番組の尺の問題でね」
「尺ってなんですか?」
「授業の時間割みたいなもの」
「なるほど……」
それから古川さんは身支度を整え玄関に向かった。話し方、姿勢、態度、きっとすごく立派な大人の人なんだと思うし、古川さんの方がよっぽど王子様に向いると思う。
「あ、そうそう。虻川社長が楽しみにしてるって。じゃあ土曜日」
土曜日の用事は聞いてないけど、あとで愛内さんに聞けば分かるだろう。
「愛内さん、虻川社長ってだれですか?」
「え? 社長だけど……」
「ああ、デラックスって虻川って名前なんですか」
「ん? デラックス?」
「いえなんでもないです」
「ねえねえデラックスってなに? 教えてよ教えてよ!」
ニヤニヤした顔に新しい玩具を与えてしまったと思うけど、逃げれる、これ?
「あははデラックスってヤバ、あはははは」
愛内さんがあまりにも笑うからつられて笑った。虻川みつき、みつき? で、どっち?
「であの、みつきって男性と女性……」
「やめてお腹いたい、あはははは」
「いや、マジメに聞いてるんですけど」
大笑いすると涙が出るって初めて知った。こんなことで、こんなにたくさん笑って。




