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『ボクの罪とキミの罰』

 五十嵐さんの車で家に着いたのはお昼前。五十嵐さんにも迷惑かけちゃったけど、「全然気にしなくていいですよ」って笑ってくれた。


《普通に弾くことさえできれば、世界大会の優勝は一志だと思うよ》


 そう言っていた麻美はだれよりもキレイで魅力的で、それは日本中のだれも知らない僕だけの秘密。


 ピアノの音を確かめるように、鍵盤を一つずつ叩く。昨日一日、練習しなかっただけで音が違って聞こえる気がする。

 でもさ、それよりも大事なことってあると思うんだ。ピアノって言ったって楽器だし、別に弾かなくても生きていけるし。


 罪を犯したら罰を受けるのは当然で、僕が罪を犯したら罰を受けるのは、麻美じゃなくて僕の方。


 ……罪?


 まあ、実は麻美と付き合ってますって隠してるのも罪は罪だよね。麻美は成人してるから罰を受けるのは麻美の方? でも真剣なんだし別によくない? 将来、結婚を考えてるんだし許してくれるんじゃない?


 グリーズマン、お前の話しじゃないからな!


 心地いい音階が時間を忘れてくれる。楽譜なんて全部だいたいは覚えてるけど、確認するようにゆっくり目で追う。

 今、この時、麻美は泣いてるんだろうか、悲しんでるんだろうか。古川さんが言ってたように、笑顔じゃない麻美なんだろうか。


 いつの間にか時計は15時を回ってたーー。


 10年って言ったって、麻美と出会うまでは世界大会が終わったら死ぬつもりだったし、1年が10年に伸びたし、まあ50歳が27歳に減ったって、それはそれでしょうがないと思う。


《律子おばちゃんが酢豚作って、冷蔵庫に入れておいてくれたって。律子おばちゃんの酢豚、すっごく美味しいんだよ!》


 お腹すいたって冷蔵庫開けたら、律子おばさんが昨日作ってくれたっていうそれが入ってた。レンジであっためたら強い酢の匂いが漂った。


 酸っぱい!


 酢豚っていうくらいだし、酢入ってるんだし、そうなんなだろうけどなんか違う。酸っぱくてなんか甘い。ハシで豚肉をひっくり返したらやっぱりいましたよ、黄色い扇型のやつ!


《ヤバ、美味しい! パイナップル合う!》


 ピザだけじゃなくて酢豚にも入れるの? 沖縄じゃこれが普通なの? 映画の価値観は合ったけど、これどうなの?

 竹内は人間の食べ物じゃないって言ってたっけ。そこまでは言わないけどさ、リンゴをあっためてパイにしたって、食べたいって思わないけど?


 はは、こういうことがずっと、10年続くんだろうね。


 ……え?


 あれ?


「10年? たったそれだけ?」


 ずっとって10年のこと?

 遊園地で感じた永遠って10年ってこと?

 麻美のご飯食べれるの、10年だけってこと?


 麻美の笑顔見れるのも、麻美と演奏できるのも、隣りで眠れるのも、抱きしめて体温感じれるのも、一緒にいれるのも。


 ……たった?


 手足が震える。


 まだ旅行とか行ってないよ? 結婚もしてないよ? 時間が全然足りなくない? 一緒にやりたいこといっぱいあるよ?


 首の脈の音が聞こえる。


 僕死ぬんだよね、10年で死ぬんだよね、この世界からいなくなるってことだよね、それってさ、またひとりぼっちに、麻美と一緒にいられなくなるってことだよね。


《愛だよ》


 じゃあどうすればいいんだよ、そんなんじゃなくてもっと具体的に言ってくれよ、医者なんだろ? 特効薬なんだろ? 


「やだよ、麻美、死にたくないよ……」


 家で1人で泣くことに慣れてたって思ってた。しょうがないって、だれもいないからって。何度泣いたって、どんなに涙で鼻すすったって、何も変わらないって。


《愛、忘れないでね》




◇◇◇




 心が落ち着いたのは夜の22時。両親は資産家で、マンションのこの部屋には必要がない、太い梁を飾りとして取り付けた。

 そういうものだって思ってた僕は、いつかそれが両親の趣味やこだわりだって分かった。


 普通はないその梁に、僕は昔、首吊り用のロープをかけていたーー。


 余命宣告された人が、なんなら自分で死を選ぶって、それが正しいか正しくないかって、だれに何を言われても関係ない、怖いから逃げるって、こんなの怖いに決まってる。


 心は落ち着いてる、でも僕の心は。


「練習しないと、曲も作らないと……」


 『ボクの罪とキミの罰』どう考えても、どう作っても曲にならない。想像でこうしたらってやってみたところで、軽くてチンプで、それっぽく並べただけのただのニセモノ。


 3時。


 明日にしようって、明日出来るかなって、もう今日だなって、ずっと、僕は冷静に混乱してるーー。

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