リコルル
六本木ーー
「はじめまして、リコルル日本支社で広報を担当してる鹿島と言います。本日はどうぞよろしくお願いします」
リコルル、ああリコルルね。バッグとか作ってるブランドだよね。鹿島さんはキレイでオシャレなスーツをビシッて着て、メイクとかもビシッてしててなんかこうさ……。
麻美と一緒にいるからってそういうの詳しくないし、でもさすがに語彙が貧弱。
「当社では今回、2種のルージュの販売を予定してまして、イメージモデル、いわゆる女神というイメージのアミューにと考えております」
ルージュってさすがは日本の歌姫へのオファー。麻美は隣りで機嫌良さそうにニコニコしてる。
「商品の、というよりは我が社の、イメージモデルという色合いが根強くすごくお似合いかと……」
愛内麻美とリコルル、うん、そういうハイブランドがすごく似合いそう。
「いかがでしょうか?」
「さすが愛内さんへのオファーはすごいですね」
「え?」
「……え?」
「一志へのオファーだけど?」
ん?
「あ、wfへのオファーってこと?」
「一志ちゃん、あなた個人へのオファーよ」
えっと僕個人へのオファー? ルージュって口紅だよね? さっき女神がどうって言ってなかった?
「あの、僕、男ですけど……」
「はい」
今回、リコルルが世界に発表するルージュ2種は、比較的若い世代に向けられた物で、同世代の将来有望な人材を起用することになった。
フランスの本社は各支社から男女を問わず情報を集め、結果5名が選ばれその内の1人、日本からは僕という人選。
「その5人の中でほかに男性は……」
「いません」
「人選、間違ってません?」
「特に問題はないと思います」
僕がリコルルのイメージモデル?
「僕以外はどんな方が……」
「葉山一志さんと同世代かちょっと上で、地元フランスの人気女優さん、アメリカの特権階級の令嬢、ノルウェーのフィギュアスケート金メダル候補、アルゼンチンのスーパーモデルって聞いてます」
なんか肩書きがすごそうな人ばっかり。いや、でもさすがにさ。
「どうして僕が?」
「日本という市場、ピアニストという将来性、日本での話題性、現在の実績、葉山さんが演奏された全日本、音楽祭、『全力の恋をしよう!』の3つの映像、そしてなにより葉山さんの人間性が評価されたと考えています」
「人間性?」
「はい。愛内麻美さんに対する恋愛観です」
ニコニコ笑顔の鹿島さんの隣りであははって笑う麻美。
「愛内さんどう思います?」
「一志がやってみたいって思うんならいいんじゃない?」
確かに興味はあるけれど。
「具体的にはなにをすればいいんでしょうか」
「CM及び広告用の撮影、促販イベントへの参加、ピアノの演奏が主になると思います。報酬も期待して頂いて構いません」
「期間は?」
「1年契約です」
「売り上げとか考えるとあまり自信が……」
「プロは全てこちらに揃ってますので問題ありません」
「五十嵐さん、協会的にはどう?」
「もう既に知ってる内容ですよ」
なるほど。じゃあ、あとは僕次第ってことか。断る理由もなく興味の方が大きい。
「僕でよければ」
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします。一応、葉山さんは未成年ですし、日本ピアノ協会の白河さんが窓口と聞いてますので、同意を取って進めて行こうと思います」
「よろしくお願いします」
「一志すごいぢゃん、頑張って!」
「大丈夫かな」
「ヘイキヘイキ。わたしも全力で応援するし」
自分のことのように喜んでくれる麻美。その笑顔は心強い。
「ではこちら契約書になりまして、一読してサインをお願いします」
小さな文字がびっしりと並ぶA4の用紙を手に取る。
「一番大事なやつだからよく読んでね」
「分かった」
難しい言葉の羅列に目が泳ぐ。多分、白河さんも読んでくれるだろうから大丈夫かな。
公序良俗に反する行為、または犯罪等が行われた場合には契約を解除し違約金が発生する、まあそれはそうだろうけど。
違約金。
「あの違約金って……」
「リコルルというブランドイメージを著しく落とすような行為をした場合に発生する、億単位のお金のことです。けれど普通にして頂いていれば問題はありません」
億単位、一瞬よぎる心の声に、でもそんなに気にすることもないと判断して僕の名前を記入した。
「葉山さん、これからどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
「では早速ですが、来週の土曜日、フランスの女優、パトリシア・ブリュネが映画『ドロシー』の宣伝で来日しますので、日曜日にご一緒に撮影をお願いします」
そう言うと鹿島さんは「こちら差し上げます」と小さな箱を取り出して、深々と頭を下げて帰っていった。箱の中にはさらに小さな2つの箱。
ーーー
Ricolulu・ピュア・グロス・ルージュ
Ricolulu・ディープ・グロス・ルージュ
ーーー
「見せて見せて、リコルルの新作。え、色すっごくキレイ! わたしも欲しいかも。一志が広告塔のルージュをわたしが使ってるのって、あは!」
「使う予定ないし、欲しければあげるよ」
「ダーメ、ちゃんと一志が持ってて」




