楽園
「全くもう、律子おばちゃんいるとだいたいこんなだし」
「すっごく楽しかったよ?」
律子おばさんが帰ってテーブルきれいにして、2人でソファーに座った。
「ところでさ、ニライカナイってなに?」
「ん? ああ。古い言い伝えで、海のはるか向こうにある楽園。沖縄って島だからさ」
「なんかステキだね」
「そうかな。子どものころはさ、いつかそこに行くんだって、大人になって来たのは東京だけどねえ」
どこか遠くを見る麻美の横顔が、夢を見る少女のよう。
「ちなみにさ、もう僕のこと旦那って言ってるの?」
「あはは、なんかもう既成事実っていうか、なんかバレてる」
「麻美はそういうの隠すの下手だもんね」
「そ、そんなこと……」
「全部が可愛いく見えちゃってるけどね」
そう言って抱き寄せてキスをした。
「え、もうするの?」
「それはあとで。ていうかさ、プレゼント、笑わない?」
「うん、笑わない笑わない」
「あのさ、曲、作ってみた……」
「曲? わたしのために?」
「うん。なんかさ、高級そうなのは全部持ってそうだし、センスとかは麻美の方が上だし、何にすればいいんだろうって考えちゃってさ……」
「すっごく嬉しい!」
「そう言ってくれてよかった。聞いてくれる?」
「うん!」
立ち上がってピアノに向かう。蓋を開けて鍵盤に指を置く。
「がっつりクラシック系の曲なんだ」
「そうなの?」
「じゃあ弾くね」
ちょっと真顔になった麻美を目で捉えて演奏を開始した。ドミソ、レファラ、いわゆる和音を中心とした構成で、僕なりに考えた、麻美にとてもよく似合う音階だと思う。
優しさ、たまに見せる厳しさ、頑張り屋さん、意地っ張り、なのに寂しがり屋さん。指が鍵盤をひとつひとつ弾く度に、麻美の笑顔が脳に溢れてくる。
愛とか、きっとそうーー。
僕を支えてくれてる麻美を支えたい、頑張れなんて言ったら無理してすごく頑張っちゃいそうだから、言わないで疲れた麻美を包んであげたい。
麻美は真剣な顔で僕の曲を聴いてくれてる。届けって、麻美に届けって、ただそう願ってる。
たった2分11秒の曲、数100しか叩かない鍵盤の、音全てに全力で僕の想いを、最後の音の余韻が消えて空気に混ざるまでーー。
「どうだった?」
麻美は夢中に、何度も拍手してくれた。
「今の曲さ、そんなに難しくないんだ。楽譜書いといたから練習すればきっと……」
勢いよく僕に抱きつく麻美。
「今のって、一志の全力、だよね」
「どうしたの? 当たり前ぢゃん」
鼻すすって泣いてる。
「クラシック系、だよね」
「そうだけど?」
言葉が震えてる。
「クラシックって言われて焦っちゃったけど、全然、全然怖くなかったよ。一志の愛が、わたしの心にさ、全然、怖いとか、そんなの全然なかったから!」
もう泣くことを隠してない。
「一志のこと、異常とか、バケモノとかさ、そんなの、みんな勝手にさ、知らないのにさ、ホントは一志はすごく優しいのに、こんなに優しいのに……」
麻美をぎゅうってして背中さすってあげて、涙で化粧が僕の服についちゃいそうだけどそんなのどうでよくて、麻美がいてくれればそれだけでいいって……。
僕まで泣きそうで、必死に唇噛んどいた。
「実際さ、なんで怖くなかったんだろ……」
「一志の愛だと思うよ?」
「それはそうだけど、僕がクラシック弾き終わると拍手してくれるの麻美だけっていうか」
「心が通じ合ってる、もしくは安心できる相手って感じ?」
「そうなのかな……」
「ねえ、今の曲、題名はなに?」
「ごめん、実は思いついてない」
「そうなんだ。じゃあ、ニライカナイにしちゃおっか。頑張ってる人だれもが癒される楽園、そんな曲だった」
「商売にしようとしてるでしょ?」
「あは、みんなにも聴いてもらいたいだけだよ、まあわたしだけっていうのもいいんだけどねえ」
たくさん見た笑顔の、今日一番の麻美の笑顔。
「今の曲、練習すれば……」
「それだけは絶対にイヤ!」




