悪化
悠が所属する事務所が変わる、ドラマの話しは当然なくなる。
「あんなドラマ、ハゲって感じ」
「ハゲ?」
「そう。うるせー、ハゲー!」
レイラとおばさまがこっちを見る。
「僕うるさくないしハゲてないし……」
大声で笑う悠、つられて笑うレイラ、ほくそ笑むおばさま。
「さあて、引越しと転校の手続きと、あちらの事務所への挨拶と、すっごく忙しくなるから先に失礼するわね。明日迎えに来るから、悠ちゃんも準備しといてね」
笑顔で答える悠。
「そうそう、お昼すぎの報道、楽しみにしててね。それと葉山くん、大ファンなの。写真いいかしら」
ツーショットや4人、悠とレイラの2人、合計20枚くらい撮って帰って行った。
「ねえレイラ、いろいろありがとうなんだけど、さすがに手際が良すぎない?」
「聞いても教えてくれないんだけど、多分、昨日の夜におばさん愛内さんと電話してたみたいなんだよね」
麻美が……。
「そっか。やっぱり麻美のおかげか」
「え、麻美って?」
「愛内さんのことだけど?」
「じゃなくて、なんで、呼び捨てで、呼んでるのって、聞いてるの!」
……ヤバ!
さてと、自分のせいとは言え、こういうことは何回か経験して来たし、どうやって誤魔化そう。
「麗蘭、一志くん麻美お姉さまと付き合ってるの知らないの?」
あ、もう無理。
「へー、そうなんだ。あれ? 高校卒業してから告白するんじゃなかったのかな? カズシくん、日本中の女性を敵に回したってことでいい?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「じゃあどういうつもり? ネットで晒すよ?」
「悠、助けて」
「わたしの胸さわっといて」
「それは自分が……」
「悠の胸さわったってなに? 時間はいっぱいあるから全部、ちゃんと説明して!」
ーーー
芸能事務所が売春を斡旋!
ーーー
名前の知らない女優さんが、悠の所属していた芸能事務所を訴えた。その事務所は関係各所に、所属している若手の女優やモデルを売春目的で斡旋し、事務所に有利な情報や利益を得ていた。
芸能事務所は否定しているが、あまりいい評判はなかったらしく、今後の運営は未定だろうというテレビの解説者の話し。
「なんかスゴイね。悠、よくこんなとこにいたね」
「最初はみんな優しかったんだよ。でも少しずつ、そんな話しになって、断ってたら空気悪くなっちゃって……」
スゴイのはスゴイ。でも普通に考えて、一晩で、麻美はなにをどうしたらこんなこと出来るんだ。
身体を武器に? なんて一瞬考えたけど、麻美は絶対にそんなことしないだろう。
あとは、お金か……。
「多分なんだけど、麻美が頑張ってくれたんだと思う。ご飯作っといてあげたいんだけど、手伝ってくれないかな」
「カズシは彼女には優しいんだね!」
「だからごめんって……」
「わたしたち、2人ともフラレてるもんね。ねえ、麗蘭」
「ねえ、悠!」
「……分かったよ」
「冗談冗談。2人で作るからカズシはゆっくりしてて」
「いや、僕も……」
「バーベキューのにんじん、縦に切って串に刺したのだれ? 玉ねぎ、バラバラにしたの忘れた?」
「……すいませんでした」
レイラが来てくれていろいろ解決して、悠が元気になってくれたのはいい、いいんだけど、僕にもちょっとはさ……。
「リビングでピアノの練習でもしてるよ」
「泣いちゃって料理出来なくなっちゃうからやめて」
もう、寝ようかな。
◇◇◇
「やっと起きた」
目を開けると麻美の顔があった。
「おかえり」
「おはよう」
テーブルにはシチューが4つ、笑顔の悠とレイラの隣りでお皿から湯気を立ててる。香りが優しい。
「あ、麻美、レイラ来てる」
「一志、もう挨拶済んでるからね」
「寝ぼけてるカズシ、ちょっとおもしろい」
「一志くん、シチュー食べる前に顔でも洗ってきたら?」
「……ん、ああ、そうする」
頭がぼーっとする。今何時だろう。ソファーから立ち上がって見える窓の外は夕方っぽい。
「一志が寝てる間に白河さんから着信あったよ」
「珍しいな。ちょっと電話していい?」
返事も待たずに履歴から発信。悠とレイラは楽しそうに、麻美とキッチンでサラダとかなんか言ってる。
「葉山です。どうかしましたか」
「悪いな。一応話しとこうと思って」
せっかく立ったけど、長くなりそうでソファーに座り直す。
「お前に会いたいって言ってる人がいる」
「音楽関係の人ですか?」
「いや、違う。あまり言いたくないんだが」
「ん? だれです?」
「覚えてるだろ、杉浦、陽子さんだ」
1度外れたトリガーはカンタンに外れるーー。
わざわざ探すまでもない
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
今すぐ目の前に引きずり出せ
「おい!」
「なんだ?」
「おれの前で2度とその名前を口に出すな」
「葉山、どうし……」
「ごちゃごちゃうるせえな黙ってろ! きさまから先に殺すぞ」
通話を切る。
「一志!」
麻美の声が聞こえる。
「あれ? 僕、今、白河さんとなに話してたっけ?」




