竹内淳
自宅のマンションから水戸駅まではまっすぐ、通称エキナン通りを15分歩く。
駅に近づくと時間帯がそうなんだろう、ほとんどが市内かその隣りの、よく見る制服の高校生たち。
階段を上がって、2階のロータリーから南口の駅の構内へ、だからと言って電車を使うわけでもなく、そのまま北口へと向かう。
他に道があるんだろうか、考えたこともないけど改札前は人いきれ、それを横目に階段を下がってバスの停留所に並ぶ。
バスの中は同じ高校に向かう生徒で占領され、前に後ろに気を付けながら吊り革に15分、体重を預ける。
たくさんの人、たくさんの音ーーその音の集合体はきっと、毎日違うだろうけど印象に残るものでもない。
◇◇◇
「あああぁぁぁあああぁぁぁあああ……」
「葉山、授業中だぞ」
「え、あ、すいません」
クスクス、アハハ、クラスのみんなに笑われた。クソデカため息、思い出すだけで疲れる、なら思い出さなければいいんじゃね? いやいや印象が強すぎてさすがに無理ゲー、特に今朝のヒラヒラのあれ。
「葉山のクソデカため息、マジで笑った」
「かぶった」
「なにが?」
「いや……」
お昼だしバッグの中の弁当を取り出す。
「で、どうかした?」
「聞いてくれよ、実はさ」
昨日から愛内麻美と一緒に暮らし始めて……分かるよね……あはははは……言えるかあ!
「……なんでもない」
「まあいいけど。てか葉山、弁当?」
「うん、変?」
「変じゃないけど葉山が昼メシ食べんの見たことない。手作り? そうかとうとう葉山にも春が、てことはまさか童貞……」
「ちげーよ」
「じゃあだれが作ってくれたの?」
《お弁当作りなんて久しぶりで頑張っちゃった。美味しく出来てると嬉しいんだけど》
ワカルヨネ?
アハハハハ?
「……親?」
「お前に親いねーだろ」
「いや今いろいろ大変でさ、そういうことにしといてもらえると助かる」
ねえ葉山くんなんて須藤さんが近付いてきた。昨日、いろいろあったけどあれ昨日だよな。フツーに話しかけてくる須藤さん、フツーじゃないんだろうけど話しかけてくれてよかったなって思った。
「なんの話し?」
割って入る竹内に、死んだ魚の目を向ける須藤さん。
「竹内くんって葉山くんの唯一の汚点だよね」
「いきなりヒドくね?」
両親が事故で亡くなったとき、かなり大きな事故で小学校中に広まった。マンションの最上階、15階を防音に改装できる程の資産家で、顔も広く噂もあっという間に伝播した。
小学校の友だちはみんな優しくて人当たりもよく、おれに気遣って接してくれた記憶がある。
けれどおれが拒絶したーー。
特にイジメとかはなかったけど、友だちからの誘いを全て断り、元々が活発な子どもじゃなかったけれど、そういう態度を取れば教室から、輪から、カンタンに孤立する。
いつも家でピアノ弾いてるらしい。
多分みんな、おれとどう接していいのか分からなかったんだと思う。拒絶しといてすごく勝手な言い分で、たまにだけど、どうしようもなくだれかと接したい時がある。
そんな時、必ず竹内がいた。
小学、中学、高校、付かず離れず、近からず遠からず、どう言ったらいいんだろう、必要なときに必ずいるのが竹内だった。なにかするってわけじゃなくて、2言3言話すだけ。
そんなに頭の回転がいいやつじゃないとは思うけど、なぜか必要な時に近くにいる存在。おかげで少しずつ少しずつ、今ですら友だちは多い方じゃないけれど、いわゆるフツーに話せるようになってきた。
女癖が悪いくらいじゃ、自分のせいだし別にたいしたことはない。
「竹内はそんなにワルイやつじゃないと思うよ」
「でも女たらしは死んでも治らないって」
「確かに」
「葉山、お前フォローするつもりある?」
◇◇◇
帰りに本屋に寄った。愛内さんが載ってる本あるかなって女性用ファッション誌のコーナーに向かう。けっこう人がいて、なんか気恥ずかしいなあなんて思ったけど、表紙にいた雑誌を手に取りすぐに離れる。
「愛ちゃん可愛い」「ねえ」背後から聞こえるその会話に心の中で深く頷く。
表紙、探す手間が省けたなんて思いつつ、やっぱこの人すごいんだなって思う。まあ、会う前からすごいってのは知ってるけど身近になるとまたこうさ。
LiLi
少し離れてページをめくる。高校生向けとか大人向けとか、そういうのは分からないけど、ペラペラと何ページにも彼女はいて、笑ったり澄ましてたりしてる。
やっぱり芸能人なんだなあって当たり前の感想、それ以外の特集とか、夏に向けて、とかには興味がないけど。
おれが知ってる愛内さんの方が50倍可愛い!
1冊買ったらいくら愛内さんに入るんだろう、難しいことは分からないけど、でもそれをレジに持って行く。
保管場所どうしよう、本人には見られたくない、ベッドの下とかエロ本みたいでそういう扱いはなんかやだ。




