食とリズム
契約があ、保証人があ、司法書士があ、遠いところで大人が大人の話しをしてる。
協会があ、金額があ、未処理分があ、があがあ鳴いてエサ探してる。
おれ、家、ないの? そりゃ両親の残してくれたお金使えばなんとかなるだろうけどまだ未成年だし、マジでいろいろ大変なんだよ。大人相手にしてくれないし。
「分かった?」
分からない、分かりたくもない。
「ルンルン!」
そもそもの元凶は、鼻歌混じりになんかキッチンで踊ってる。ルンルンって何の歌詞? ルンルン? おれ多分生きてる間にルンルンなんて言ったことないと思う。
けど、日本の歌姫が家のキッチンで、鼻歌歌いながら料理をしているという事実ーーでもとりあえず今はどうでもいい。
「そういうわけでお金いっぱい使っちゃったから、葉山くん頑張ってね期待してるよ」
お金? そうだ、この人だって大人だし。
「あの、お金払えば元に……」
「ああ確か葉山くん、2億円くらい持ってるんだよね?」
よし行ける!
「ううん、足りないな。原因はあの人だからね」
そう言って指差す先、見なくても分かる。
「仕事いくつか飛ばしちゃった、あはははは」
この人一体なにしてくれとんねん!
「それともし公になってもいいように、こういうことしてるし、かと言ってわざわざ言う必要もないのは分かるよね」
優しく母笑みかけてくる表情が怖い。分かった、この人サイコパスだ。笑顔のまま無言でアイスピックで刺して、海の藻屑にしちゃう人だ。
「分かるよね?」
「はい」
もう疲れた、考えるのがイヤになった。もういい、流れる川に浮かぶ葉っぱになろう。
「古川さんもご飯食べてく?」
「食べずに帰るよ、妻が待ってるしね」
「さすが愛妻家。葉山くんはこれから毎日、わたしと一緒にご飯食べること」
「はい」
もうなんでもいい。
「お風呂の順番どうしようか、まあひとつづつ決めていこうか」
「はい」
どうでもいい。
「部屋、勝手に私物置いてるから」
「はい」
藻屑どころか藻になってもいい。
「ピアノの練習は夜の0時までね」
「はい、は? ちょっと少し話し合いません?」
大事なことは食生活と生活リズム、今まで全く気にしてなかったことからの改善、それよりも、生活環境をどうにかしてもらえないんだろうか。
古川さんの帰り間際に、最終手段で懇願してみた。
「お腹が空いてるライオンがいる半径5メートルの檻の中に、無理やり放り込まれたと思って諦めてね」
◇◇◇
全然、もう全然集中できなくて、鍵盤叩いてるけどただ叩いてるだけで、でも音は耳に入るし修正できないまでもズレは気づく。
《時間が削られるのが不安? じゃあイメージトレーニングしてみたら?》
《水泳選手がやるやつですか?》
《ハハ、水泳選手がやってるかどうかは分からないけどね》
古川さんとの会話を思い出す。
そういえば、普通に話せる大人がおれの周りにはいなかった。白髪の支部長はおじいちゃんだし、教師は教師だし、あとは愛内さん、きっとなんか違う。
「11時35分」
「……」
「ちゃんと見てるからね」
お風呂上がりのスッピン? スッピン? 眉間にシワ寄っちゃってるけど、パジャマ姿もなんて可愛いいんだとろう思う、しゃべらなければ。
役得だよな、だれもが羨むはずだよな、愛内麻美だもんな、毎日この姿を見れるんだよな、しゃべらなければみんな好きになると思う、しゃべらなければ。
◇◇◇
「おはよー」
「あ、お、おはようございます」
朝日の逆光に照らされた眩しい笑顔に、一瞬で目が覚めて後退り、6時間も寝た体の中の血液が波打つよう。
「朝ごはん出来てるから」
「はい」
え、天使、昨日心の中で罵倒したおれを殴りたい。ごめんなさいってモグラみたいに土掘るくらい穴掘って土下座したい。
おかげさまで眠けなんてなく、気持ちよくリビングに向かった。
「え、これ……」
「うん? 洗って干しといた」
おれのパンツ、だよね。確か洗濯機に入れといた。恥ずかしいけどそれはいい、まだ。
問題は、一緒に挟んで並んでるの愛内さんの上下セットのやつだよね、カラフルになんかいっぱい!
「あの、下着ですよね」
「そうだけど、下着は部屋干し派」
「なんか聞いた覚えありますけど」
「え、じゃあいいぢゃん」
「いやいや、そういう問題じゃなくて……」
「ん?」
「ですから……」




