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巡リ愛テ  作者: ロスキー
胡鳥嵐
8/8

〈7〉風声鶴唳

『君に協力させてくれ。想いが伝わる、その日まで』


 今でも時折思い出す。あの日、先生に言われた言葉を。翌日から僕は家事を叩き込まれ、ご近所さん以上の関係として共に暮らしてきた。

 掃除・洗濯に料理を教わる中で、稀に舞ちゃんの近況を話してくれる先生。それは年上の女性とのほぼ同居じみた生活。まるで僕が浮気でもしているかのような状況だが、僕と先生に限ってはそんなことはありえないと断言できる。

 僕の心は舞ちゃんだけを向いているのは言わずもがな、先生だって僕を見ている様で僕を見ていない。だから僕たちは先生と弟子であってそれ以外の何物でもなく……

 ……じくじくと言い訳を続ける女々しさは、やはり僕自身も思うところがあったのだろう。会ったらなんて言おうか、やっぱり昔のことを謝るべきか。そもそも再会は大学を予定していたから、何を話すかなんて考えてもいなかった。頭の中ではルナとアズマと先生がぐるぐると回っている。この3年で僕と関係を持ったのはこの3人だけ、ルナとアズマはたった3ヶ月なのによくもここまで僕と付き合ったものだ。さて、ではこれまでの会話……特に初対面に何かヒントはないだろうか?


『わーー!サクラちゃん?サクラちゃんだ!!』

『そこの愉快な……そう君達、何をそんなに騒いでいるんだい?』

『おっと、いきなり敵意をぶつけるのは良くないぜボーイフレンド』


 却下。まるで参考になりやしない、誰も彼も破綻者であったことを失念していた。ついでに言えば、ルミちゃん自身が接触禁止令を僕に命じていたことも失念していた。と、今更ながらに漸く気づく。そも、何故ルミちゃんは僕にリクエストをしているのか?

 たった二日とは言え、明日明後日は会わないようにと言われたばかりのはずだ。その当人が僕を呼び出すかと言うと、そんな訳が無いだろう。となると疑問はルミちゃんではなく先生に向かう。つまり、先生は僕たちの約束を知らない可能性だ。要望を聞いて、買い出し当番の僕に連絡しただけ。ルミちゃんは先生と一緒に食べることを想定していて、まさか僕が来るなんて夢にも思ってもいないだろう。


「すれ違ってるよ、先生……!」


 もう挨拶どころの話ではない。来るなと伝えた相手が当日中に会いに来ては信頼を損なうばかりだ。しかしこのまま足踏みしていても食材が悪くなる。幸いにも僕の家はすぐ隣、一旦そっちに避難しよう……。そう思って踏み出した、直後のことだった。


「ト〜オ〜ル〜」


「ひぃっ」


 ガチャリと音が鳴ることもなく、静かに開くドアからは青白い手だけが伸びていた。高いんだか低いんだか分からない声は僕の名を呼び、このまま逃げることを許さない。


「知ってるかなぁ、人の家の前でうろうろすると怪しまれるんだけどぉ」


 うじうじと悩んでいた僕を非難し、ゆっくりとその人は顔を出す。揺れる白髪は肩の長さまで伸び、毛先がくるくると巻いている。右目は隠し左をかき上げた特徴的な前髪は、否が応でも記憶に残る。


「いや、近所だし顔見知りに通報なん」


「黙らっしゃい」


「うぐぅ」


 白い肌に似合わぬ深い隈を浮かべ、灰の目でじとりと睨んで僕の口を封じる。弱みを握られている訳でもないのに従ってしまうのは、この人の放つ圧のせいだろうか。大体なんで僕がいるってわかったのか、防犯砂利もまさか道路まで敷かれている訳でもないのに。


「私も舞も君の帰りを待っていたんだよ? それをこんな、直前まで来て尚迷うとはねぇ」


「緊張するに決まってるじゃん!? そもそも3年後の予定だったじゃないですか!」


 呆れを隠さない姿勢に対し、僕は強く反抗した。元の計画から大きく逸れたこの現状は一体どういうことなのか。運が悪かったとか、そういう話じゃない。


 どうしてあなたは、立てた計画を崩すような真似をしたのか?

 と、少年は己の師──先生の行動に憤った。


「そこを突かれると私も弱いんだよねぇ……だからこそ、言い訳は用意してあるとも」


 ピンと指を天に立て、先生は説明する。


「私はね、鶴見夫妻に雇われているんだ」


「…………??」


 先生はおじさんとおばさんに雇われて家を維持している、それは僕も知っている。……だから何だというのか? 家政婦(居候)というのが先生の立ち位置であり、その権利を濫用して僕と暮らしている。────いや、まさか。そんな。


「おぉ、気づいたかな? いいや、君なら予想していただろうよ」


 どうやら僕の表情ははちゃめちゃにわかりやすいようだ。今度アズマにポーカーフェイスを教えて貰おう。いやそうではなく。この人は、この人はつまり、


「そう、つまり私は君を育てると同時に、ルミとも協力していたのだよ!」


 自信満々に夕日を指した、よくわからない決めポーズが繰り出された。白髪が夕日に染まると、なんだか姉のような雰囲気を醸し出すことに気づいた。いや、僕は一人っ子なのだけども。………まて、今、なんて言った? 謎のポーズに気圧されて思考もズレたが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


 大学に向けて頑張る僕、時々舞ちゃんのことを教えてくれた先生。恐らくこの計画を立てた舞ちゃん、それを知っておきながら僕には黙っていた先生。確かに予想はしていた、どうせ関わっているのではないかと疑っていた。だとしても、受け入れられないこともある。


「……ルミって、そう呼んだよね?」


 それは、聞き捨てならない言葉だ。舞ちゃんが新しくやり直そうと、そう考えていたのなら問題じゃない。それなら先生に伝えていてもおかしくないからだ。だけど、ルミと名付けたのはルナだ。あの鼻高々なムカつく態度は間違いない。先生がいつ知ったのかは定かではないが、恐らくは昔の僕にしたように今日のことを洗いざらい吐かせているのだろう。


「…………可愛い渾名だねぇ」


 しまった、と顔に出ているからこの推測は多分当たりだ。

 と、なると、面会謝絶の件も知っていなければならないはず。それなのに僕をいつも通り呼びつけ、知らない振りをして会わせようとしている? いや、そんなことをしたらルミちゃんからの信頼を失うだけだ。だとしたら一体何のために、どうして、なんで、何故…………


「はぁ……全く、目敏いのはあんまりかわいくないぞ?」


 半目で僕をじぃっと睨み、しかし諦めたように首をふるふると振る。再び目を開いた時には先ほどまでの挑発の色は消え、温かなものが挿していた。

 いや、騙しておいて今更何のつもりだと言いたいのだが、確かに慈愛のそれを向けられている。


「負けだ負け、私の負けだよ。その袋を置いて帰りなさい」


 企みを見破られたというのに悔しげな表情を一切見せない。その姿に不信感を覚えつつも、僕は言われた通りに材料を渡す。……ただのパシリじゃないか。

 まぁそれはいい。今回、ルミちゃんの意思を無視してまで僕と会わせようとした理由はわからない。だけど、一つだけはっきりしていることがある。


「先生」


 荷物を受け取り、


「なんだい?」

 

「舞ちゃんを泣かせたら、先生でも許さない」


 和やかに戻りかけた雰囲気など知ったことかと、僕は改めて宣誓する。僕と先生の最終目標は一致しているが、先生は自身の娯楽を優先する癖がある。それで僕が玩具にされるのは構わない。けれど、舞ちゃんにまでその魔の手が伸びるのは別の話だ。

 ある種宣戦布告とも取れる僕の言葉に対し、先生は特に反応を見せない。ただ一つだけ、


「あぁ、わかっているよ」


 その返事を最後に、扉が閉じた。


 久々の一人きりでの夕食、さて家の冷蔵庫には何があったかと考え、何かを感じて上を見る。鶴見邸二階の窓、カーテンが半分空いたそこには誰もいない。きっと気の所為だ、そう自分を納得させ、僕は家へと帰る。決して、振り返らずに、帰った。




〜〜〜〜〜〜〜




 充てがわれた部屋でルミが教科書類を眺めていた時、下から話し声が聞こえた。恐る恐る窓から覗けば、そこには少年の姿がある。死角になって見えないが、風花と話しているのだろう。

 随分と気安い関係のようだが、ルミには少年と風花の関係性はわからない。故に、胸の奥が痛む音が聞こえたような気がした。全く以て嫌になる、何故自分が苦しまなければならないのか。この痛みは私のものじゃないのに。少女は内心で毒づきながらも、下の会話から意識を離せない。

 話を切り上げたかと思ったその時、少年の顔つきが鋭くなったのはどうしてだろう。そのまま少年は荷物を渡して門を出て、そして、


「────ッ」


 見た、見られた、気づかれた。

 音なんて出していない。光を当ててもいない。何もしていないのに、彼は私に気づいた。これ以上はやめよう、と、思っているのに。体が、勝手に窓へと近寄っていく。


「もう、少しだけ」


 二度目はない。やめるべきだ。そう思えども、私の眼はサクラを映さずにはいられない。夕日と同じ朱い髪、抱きしめ易そうな小さな背中、先に見せた凛々しい顔。全てを愛おしく感じ、しかし至福の時間は長く続かない。当然だ、彼の家はすぐ隣。幸運にも二度とこちらを見ることはなかったが、瞬く間に彼の姿は隣家に消えた。

 落胆を胸に抱き、数分間の行動を自覚した途端にえずくような苦しみを覚える。気分が悪い訳では無い。ただ、胸の奥の全てをこの身から吐き出してしまいたい。けれども概念を物質として追い出すことなど出来るはずもなく、ただ床を汚すのみに終わる。


「ぉえっ……唾、拭かなきゃ…………」


 胃の中のモノがまき散らされることは無かったが、フローリングに垂れた唾液は泡を立てている。ティッシュを二枚取って己の醜態を拭き取り、通学鞄の外ポケットからウェットティッシュを取り出す。同時に手に取った除菌スプレーを吹きかけ、少女は心中を言葉にする。


「…………気持ち悪いね、私」


 悪態を向ける相手も区別出来ぬままに苛立ちをぶつける、その仕草こそが自分なのだと思い知らされている気がした。

些細なことに怯える姿は鬱陶しく、されど人らしい悩みでもあります。

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