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巡リ愛テ  作者: ロスキー
胡鳥嵐
3/8

〈2〉人面桃花

 覚醒の瞬間はいろんなパターンがある。段々と意識がはっきりすることもあるし、瞬きの間に時間が経過していた……なんてこともある。後者なら起きてからすぐに行動できるが、前者の場合は頭も働かず体も動かない。簡潔に言えば、普段とはかけ離れた無防備な状態ということだ。


「んぇ、うぁー、ふわぁ……」


 しかしそれはほとんどが朝、起きたばかりの時だけだ。自室に他の人なんていないから、そんな情けないところは誰にも見られない。


「おはよう、桜くん」


「んー、おはようあずま」


 朝は嫌いだ。理由は……なんだったっけ? 思い出せないけど、とにかく嫌いだ。今日の時間割は何があったか、いや、それよりあいつらにどう対処す、るか────



 あれ、ここ学校?



「ぅあぁアズマぁ!?なんで!?!!?」


「なんで、というのはこちらが聞きたいんだが……君、急に気絶してしまったんだよ?」


 目が覚めると、ベッドの横には金髪ロン毛のイケメンがいた───なんて、寝起きドッキリか、もしくは薬でも盛られたのか。最初に思いつくのはその辺りだが、いつもの揶揄うような態度じゃない、心の底から疑問に思っていそうな顔を見て改める。この顔に騙されたことも数回あるが、今回こそは本当だろう。

 貧血……いや、朝はちゃんと食べてるから問題ない。だとしたら何故? 急病で早死になんて絶対嫌だけど、理由がわからない。そもそも直前の記憶もかなりおぼろげだ。というかここ保健室じゃないか、先生は……いないっぽいけど。


「わかんない、先生はなんか言ってた?」


「ん、あー、アー。『強い興奮状態みたいだけど、なにかしたの? クスリ?』だったかな」


 物真似する必要はあったのかと言いたくなるが、なんだかそれどころじゃ無い発言があった気がする。教師としてどうなんだそれは。けれども記憶がなければどうしようもないので、原因は解らずじまいだ。


「だから何も覚えてない、って……?」


「心配だねぇ。でもまぁ、大丈夫そうならそろそろ戻ろうか」


 差し出された手を振り払い、誰もいない保健室を後にする。僕らの教室までは他の教室は無いが、先に見える廊下には普段より多くの生徒が見える。スマホを見れば昼休み、思った以上に長く寝ていたようだけど……

 ……何かが引っ掛かる。そもそも僕が興奮することなんて有り得ない。だってそれは、今は関係ないことだ。仮にそうだとしても、()()が教えてくれるはず。

 じゃあ僕は何故倒れたのか、やはり病気なのでは……


 何が起きたのかはわからないし嫌な想像ばかりが膨らむ。そんな僕を見かねたのか、アズマはよくわからないことを言い始めた。


(サクラ)くん、せっかくのご対面なんだからしかめっ面は止めた方がいいんじゃないかな?」


「…………は、え? ご対、め、誰と?」


 何だ? こいつは何を言っている?

 ご対面? 僕と、誰が? 生活指導か? そんなわけがない、僕は教師に目を付けられるようなことはしてないはずだ。じゃあ他の可能性は? 今日は特に行事も無いし、これと言って誰かと会うこと、なん、て…………………………………いや、いや、いや。そんなわけがない。だって、知らない。伝わってない。そんなの、あり得ない。


「あぁ、言い忘れていたのか。これはすまないね」


 待って、まだ駄目だ。僕はまだ、準備ができていない。

 懇願するも、アズマの口は閉ざされない。いや、そもそも僕は何も言っていない。言えない、音にならない。そんな理不尽な要求は通るはずもなく、アズマは最後まで教えてくれる。


「転校生だよ。君のよく知る、ね」


 転校生、転校生。僕の知ってる転校生。

 そんなの一人しかいない。だって僕は見たんだ。

 なるほど、そういうことか。いないはずのあの子を見たんだ、一日気絶したって不思議じゃない。


「……(サクラ)くん? ちょっと、あぁ、そうか!全く君は……!」


 視界がぐらぐらしてくる。そういえば、さっきもこんな感じだったような気がしてきた。こう、ふらふらして、ぼやけて、誰かが支えてくれて────






~~~






「おはようサクラちゃん、気分は?」


「舞ちゃんどこ?」


「気分は?」


「最悪、早く解放して欲しい。今何時?」


 場所は変わらず保健室のベッド、しかし明らかに違う状況もある。何故か、何故か手足を拘束されているのだ。お陰で何もできやしない。傍らにいる人間も変わっており、黄色くてデカい男から紫のチビ女になっていた。


「まだ昼休み、倒れてからは……大体5分くらいだよ」


「そうなんだ、これ解いてよ」


「縛るの疲れたからやだ。せっかく頑張ったんだから」


 お前かルナ。いや、その短時間でここまで徹底的に……? 現在の僕は大の字に磔にされている。たったの5分、いや運ぶ時間を含めれば3分程度でこれをやったということになる。

 いくらなんでも女子一人の力で出来るとは思えない。つまりは最後に傍にいた人間、アズマが関わっているのだろう。こういうのは大体あいつの発案だ、まったくもって許せない。


「あ、アズマくんは最初に連れてきただけだよ。写真見る?」


 自信満々な様子を見るに、どうやらアズマは冤罪だったらしい。普段の素行がアレとは言え、決めつけるのは少し良くなかったかもしれない。一応反省しようと思うも、とりあえずは出されたスマホを見る。おぉ、僕がアズマに運ばれている。 …………お姫様抱っこで。


「???????」


 なんだ、なんで? なんでこうなった? 写真の中の僕は完全に気を失っており、それを憎々しい満面の笑みでアズマが抱えている。さっきのは冤罪だったけど、こっちはどう考えてもこいつの意志でやってる。本当に何してくれてんだ。

 羞恥と怒りに身を震わせる僕に対し、ルナはうんうんと頷きながら呑気に話しかけてくる。


「サクラちゃんはこうでなきゃだね、アズマくんも軽いから楽だって言ってたよ」


「誰に見られた? 今すぐそいつらも気絶させてやる、絶対に」


 なんという屈辱、なんという醜態。これでは築いてきた僕のイメージが崩れてしまう。入学から二か月、デキる男として振舞ってきた努力が台無しだ。なんとかして目撃者の記憶を消さなければならない。先ずは名前纏めて、そしたら何かの薬を沢山飲ませれば……下剤でいいか。

 具体的にどうすればいいかはわからなくとも、計画を立てようと考えている所でそれは告げられる。


「みんな見てたねぇ、もちろんマイちゃんも!」


 死のう。もう駄目だ。僕はここまでらしい。ごめんなさい、先生。期待に応えられない弟子でごめんなさい。


「あれ、サクラちゃん? おーい、サクラちゃんやーい」


「ねぇルナ、首吊りと飛び降りとどっちがいいかな」


 痛いのも苦しいのも嫌だし、なるべく楽な方法で逝きたい。いや、迷惑を掛けたくないなら海かな。

 他の案があるならそれもいいかもしれないし、判断する時は意見が多い方がいい。お前はどう思う?


「待って、待ってサクラちゃん!せっかくマイちゃんに会えるんだよ!?」


「舞ちゃんの傷になって死にたい…………」


「そういう気色悪いサクラちゃんも好きだよ、てかそんな余裕あるなら大丈夫でしょ!ほら立って!」


「…………動けないんだけど」


 立てと言われても、こちらは身動き一つ取れない状態だ。そもそも何故こんな扱いを受けなきゃいけないのか。


「あっそっか!いや、でも、う〜ん……」


「なに」


 なんで悩んでいるのだろうかこいつは。大体僕は力で抵抗しても敵わないんだし、わざわざ拘束する必要もないはずだ。それなのにどうしてこんなことになっているんだ?


「えっと、その……怒らないでね?」


「もう手遅れだよ」


 申し訳無さそうな、怯えるような態度のルナ。これ以上僕が怒ることなんて何もないだろうに、ゆっくりと話し始める。

 この拘束は多分、予想だにしない僕の反応を恐れてのことだ。となると舞ちゃんに関係することになるけど、一体何があったんだ? 彼氏を作ってたら僕は死ぬな、間違いない。あぁ、他の男子と仲良くしてたとかか? それは消さなきゃいけないかも。

 嫌な想像ばかりを膨らませていると、ようやくその内容を聞かされる。


「マイちゃんね、サクラちゃんと話すのは緊張するみたい」


 ……? それはまぁ、そうだろう。最後に会ったのは六年生の三学期だし、何を話せばいいのかわかんなくても当然だ。僕たちの場合はあんな別れ方だったし尚更のこと。


「それで、その……」


 歯切れの悪いやつだ。一体どんな


「暫くは、お話したくないかな、って……」











「そっか」


「……え、それだけ?」


「あくまで暫くなんでしょ? 準備が出来てないのは僕も同じだし」


 散々前置きをしていたルナは、僕の返答に拍子抜けしている。

 なんだ、僕が泣き喚くとでも思っていたのか? そもそもの話、今の僕じゃあの子には到底釣り合わない。そのための高校生活、そのための中学生活なんだ。予定が前倒しになっただけでやることは変わらない。

 あの子に相応しい男になる、その準備期間が半分無くなっただけで……やっぱり泣き喚きたくなってきた。

 それでもまだ、暫くは時間をくれるんだ。その間に少しでも人として成長する。それしかない。


「それで、暫くって大体どれくらいかな」


「聞いてみるね、マ〜イちゃ〜んは〜〜……いたいた」


 あーあー最悪だ。もう連絡先交換してるのか、自慢なのか? 僕に見せつけて満足か? ……まぁ、この期間が終われば僕だって交換するからいいけど。舞ちゃんを見つけ、ルナはスクロールの手を止めた。

 ともかく、当初の計画「学校行事で人付き合いを学ぼう」作戦は不可能となった。もはや人間性を高める時間は無い。だったら高めるんじゃなく、合わせる方向にしよう。すぐ近くに本人がいるんだ。可能な限り情報を集め、そこからどうすれば隣に立てるかを考えれば良い。


「お、既読も返信も早いや。マメだなぁ」


「で、いつまで?」


 あと1ヶ月半で夏休みに入るし、同じクラスなんだからあまり長くても意味がないはず。慎重なマイちゃんのことだ、大体2週間くらいの余裕を取るんじゃないか……?


「せっかちさんはモテないぞぅ? ん-とね、今週中だって」


 今週中か、えー、今日は水曜で、そうすると残り二日で、


「今週!??!??!」


 ちょっと、ちょっと待って。今週? 一週間じゃなくて今週!? あと二日で何をしろって言うんだ? いや、えぇ、何ができる……?


「結構早いねぇ、でもサクラちゃん的には嬉しかったり──しなそうだね」


「当たり前だろ僕まだこんなだしこんな僕見せられるわけ無いけど舞ちゃん何考えてるの!?」


 舞ちゃんは大胆な所もあったけど、今回は全くわからない。今にしてみれば、僕なんかと仲良くしてくれた理由もさっぱりだ。もしかして僕はただ単に舞ちゃんの近くで育っただけの無関係な人間なんじゃないか。

 きっとそうだだってそもそも久しぶりに会ったいや会えてはいないけど幼馴染じゃなかったただの昔の知人に面会禁止してそれがたったの二日で来週からは普通に会えてなんて訳の分からない要求が…………


「僕、舞ちゃんのこと全然知らなかった。勝手に勘違いしてたんだ」


「元気出して、あたしもちょっとびっくりしてるから」


 凡人が舞ちゃんの行動を推し量ろうとは烏滸がましいにも限度がある、そういうことなんだろう。勢いを失った僕を無害と判断したのか、縛る拘束はするすると解かれていく。


 それでも2日だ、2日の猶予は与えられたんだ。残りの授業中での周囲からの声、下校までの行動の把握。この2つは今日できることであり、数少ない情報を得る機会だ。下校時のストーキングはリスクから考えて論外だが、他人の声と校内での観察だけなら許されるはず。

 予定を組み立てたところで、僕の解放も丁度終わった。ルナはやりきった顔をしているが、縛ったものを解いただけだから自慢気にするのはどうかと思うなぁ。

 全てを話したルナは僕を見る。待望の幼馴染みに拒絶された僕に対してルナが告げる言葉は、一体どんな感情を宿しているのか。いや、そんなの考えるまでもないか。


「よし……で、どうする? マイちゃんはそんな感じだけど、諦める?」


 そこには心配なんて以ての外、真っすぐで力強い信頼しかない。訂正する、その信頼にはたっぷりの挑発が塗りたくられている。

 彼女とは高校に入ってからしか関わっていないのに、どうしてかルナは僕に期待をしている。僕の次に舞ちゃんと僕が両思いになることを望んでいるのはきっとルナだろう。

 まぁ、別にこいつの期待がなくても僕の思いが揺らぐことはないし、むしろいない方が楽になるけれど。そんな風に煽られて黙っていられる程、僕は大人じゃない。……大人になってから逢いたかったなぁ。


「な訳ない、昼休みギリギリまで作戦会議にする。もちろんルナは協力してくれるよね?」


 猫の手も借りたいとは当にこのこと、同性で話しやすいルナがいれば百人力だ。僕のお願いに対し、ルナは「もちろん」と二つ返事で引き受ける。それじゃあ早速始めよう。まずはルナと舞ちゃんの会話を録音してもらって……


「あ、ところでサクラちゃん」


「何? 早くしないと休み終わっちゃうよ」


 せっかく始めたんだから水を差さないでほしいんだけど。


「えっとね、一回目はなんで倒れたのかなって気になって」


 なんだ、そんなことか。いや、僕も記憶が定かではないから断言はできないけど、それでも大体はわかっているつもりだ。あの時僕は──


「廊下の奥から舞ちゃんの指が見えただけだよ」


 そう、僕はあの時、この目であの子を見ていた。それだけだ。僕は廊下の席だから、マイちゃんの指先が目に映ったんだと思う。

 思い返すだけでも口元が緩んでしまうほど綺麗な指だったなぁ。長くて細い上品な指だった、近くで見れば肌からも美しさが溢れているんだろうなぁ……


「…………」


 朧気な記憶に浸っていると、ルナの顔が険しくなっていることに気づく。無邪気に明るく稀に毒を吐く彼女だが、半目でいるところは見たことはあんまりない。

 今回のそれは嫌悪ではなく、侮蔑でもなく、しかしその両方を含んだような表情だ。


「サクラちゃん」


「なんだよ」


 こちらに声をかけた後も、口を閉ざすルナ。話しかけた癖に黙るとは、何を話すのかを忘れたのかな? 全く馬鹿だなぁとか思っていると、その予想は間違いだったことを思い知らされる。


「指で判断は、ちょっとキモいかな……」


 そうなんだ……


「それと、一つ伝え忘れてたんだけど……」


「うん」


 脱線しすぎだからいい加減作戦会議の時間にしたいけど、さっきよりも真面目な顔だ。一体なんだろう?


「マイちゃんのこと、マイちゃんって呼んじゃダメだからね」




 は


「い、?」

桃の木の下で美しい女性に惹かれた詩人がいました。

しかし、翌年同じ場所に足を運べども、二度と逢うことは叶わなかったそうです。

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