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巡リ愛テ  作者: ロスキー
胡鳥嵐
2/8

〈1〉捕風捉影

 下ばかり見ていた目は前を向き、たどたどしく、けれど力強く告げられた。


「それで……桜ちゃん、その、付き合ってくれませんか」


 校舎裏、二人きり、トドメとばかりにこの言葉。罰ゲームかと疑うけれど、相手の目に嘘はなさそうだ。……まぁ、目を見ただけで真偽の判別なんてできないけど。

 ただ、本当なら。自分のことを好きになってくれる人がいるなら、これ以上に嬉しいことはない。

 答えは一つしかなかった。




「ありがとう、でもごめん。好きな人がいるんだ」


「………………っぱダメか―!変なこと聞いちゃってごめ、ん、ねぇ」


 どうやら真剣な告白だったらしい。明るく振舞おうとしているみたいだけど、次第に言葉が詰まり、涙声になっていく。……泣きたいのはこっちだ。勝手に告白して、勝手に傷ついて。これで周りに言いふらされたら()の評判が落ちるかもしれないのに。なんて、絶対に口にしてはいけないことはわかっている。


「じゃあ、私帰るね」


 いやに湿った言葉を残して去った彼女に、こう思ってしまう。



 そもそも──










「にしてもサクラちゃあん、君ってば罪な男だねぇ。あんなにバッサリ振っちゃうなんて」


「酷いじゃないか、こんなお面……重い話があるのに教えてくれないだなんてさぁ。(ルナ)くんばかり贔屓しないでくれよぉ」


 ターゲットが校門から出て少しした辺りで、揃って揶揄いに行く。現場を見損ねてしまったことが悔やまれるが、今ここで問いただせるので問題ない。むしろ良かったとさえ言えるだろう。


「……なんで知ってんのさ、誰にも言ってないんだけど」


 ターゲット・桜田(サクラダ)(トオル)が睨みつけてきた。赤い髪が揺れる程に肩を震わせ、翠の目を大きく開くのは威嚇のつもりなのだろう。が、この程度で怯むと思っている辺りに本人の性格が滲んでいる。例えるならそう、ミナミコアリクイのような愛らしさで……


「サクラちゃんのことは何でも知っているのだ!わはは!」


「一応言っておくけど、僕は(ルナ)くんから聞いただけだよ」


 彼の嫌悪の視線も意に介さず、ストーカー女は誇らしげに笑う。これと一緒にされては堪らないので、即座に訂正を入れておく。僕はこんなのとは違う。君で遊ぶのが好きなだけだ。ほら目が線になるほどのにっこり笑顔。


「そこ、お前も大概だからな」


 駄目だったらしい。

 しかしそこはお人よしのサクラくん。薄目を開いた時には、既に諦めたように首を振っていた。

 ここまで流されやすいと悪人に利用されそうで心配だ。

 そんな僕の懸念を他所に、サクラくんは話題を切り替えた。


「あぁルナ、見てたんなら一つ聞くんだけどさ」


「ん、なになに?」


 



「そもそも──あの人って、誰?」


 おおう、嘘だろ君。


「……ぉう」


「」


 声が漏れた僕とは違い、彼女はフリーズしていた。流石にこれはルナくんにとっても予想外だったのだろう。


「えっと、本当に何も覚えていないのかい?」


「うーん……うん、ないね。一切。友達?」


 あくまで純粋に疑問符を浮かべている彼には悪意はない。記憶喪失を疑いたくなるが、まさかそんな訳もない。これは彼の抱える問題なのだろう。

 軽く問いかけを繰り返すうち、ようやくルナくんの硬直が解けた。


「友達、って程じゃないかもだけど……サクラちゃん、シノちゃんはクラスメイトだよ」


 硬直中にも話は聞いていたのか、信じられないものを見る目から哀れみの眼差しへと変化している。あのルナくんにここまで常識的な反応をさせるのは彼くらいだろう。

 しかしそれでも困り顔が崩れないサクラ君。流石だ、流石だけどこのままじゃルナくんも困り果ててしまうので助け船を出さなければ。うちのクラスで彼女がシノと呼ぶのは一人だけだから、予想が外れることは無いだろう。まぁ間違っていてもルナくんが訂正してくれるだろうし問題は無い。


「桜くん、シノは苗字の方だよ。僕らと同じだ」


「同じ、ってことは苗字の一部……ナガシノ、いやシノサキ……?」


 なんとか思い出そうとしているのか、黙りこんでしまった。

 うん、これは酷い。目移りしないのは良いことだけど、だからと言って眼中に無いのは大問題だ。

 暫く唸っているが、


「ん-、うーーーん…………あ!!(シノ)原さんか!へー、あの人僕のこと好きだったんだ」


「正解!あとそれほんっっっっとに直して!女の敵だよ!」


 謎は解けたと晴れやかな顔のサクラくんに、両手で大きく丸を作るルナくん。……そのまま✕印へと変わったジェスチャーと強く響く言葉からは、それなりの怒りと呆れが滲み出ている。今回ばかりは彼女が正しいので、僕から何か言うことはないだろう。鞭ばかりではよくない、飴とのバランスこそが重要だ。


「アズマ君も!サクラちゃんを!甘やかさないで!!!」


(ルナ)くんの方が余程甘いような気がするのだけど……」


 あなたが甘やかすのが悪い、お前が厳しいのが悪い。さながら教育方針で揉める親の様な会話だと思ったのは僕だけではなかったらしい。同意見、つまり心と心が通じ合ったその人は僕等を睨みつけてくるが、やはりそこには愛らしさが詰まっている。ペットが何しても可愛いと思ってしまう気持ちがよくわかった。


「なんて反抗的な目……!パパもなんとか言ってやって!」


「無理だよ母さん、この子はもうダメだ」


「うるさい黙れ!特にアズマ!」


 遂に怒ったサクラくんは、何故か名指しで僕への不満を顕わにする。おかしい、先に母親ぶり出したのはルナくんだというのに。……あぁ、子ども扱いが気に食わなかったのか。確かに彼は身長が些か控えめだし、コンプレックスなのかもしれない。それなら僕も態度を改めるべきだ。


「そうだよね、桜くん……」


「何がそうだよね、だ。僕の何が駄目なんだよ全く……」


「さっきの流れで答えは出てると思うよサクラちゃん」


 想い人以外への関心がおざなりなサクラくん。

 サクラくんへの好奇心が強すぎるルナくん。

 二人と過ごす日々を大事にする僕。


 その日常は騒がしくも緩やかで、穏やかなままに煩くて。

いつまでも続けばいいと、思ってしまうほどに。




「い──おい、聞いてるのかアズマ」


「……いや、すまない。もう一度言ってくれるかな?」


 いけない、会話中だというのに意識が沈んでいた。少し勿体ないことをしてしまった……。気を取り直して彼の言葉に耳を傾ける。さて何を聞かれたのだろうか。


「好きな人だよ、お前の。いるのか?」


 ……まさかの、恋バナ。いや、サクラくんが他人の色恋沙汰に興味が無いのはわかりきっている。それも僕のこととなれば尚更だろう。となれば……ははん、先の告白を弄られたことの仕返しという訳か。サクラくんらしい単純さだ。であればこう返そう。一応嘘ではないし、誠実とも言えるはずだ。


「……あぁ、いるとも」


「え"」


「そんな驚くことじゃないでしょ。で、誰?」


 どうやら余程言わせたいらしい。知ったところで何の反応もされないとわかっていても、嬉しく思ってしまうのは性なのか。せっかくなので少しくらい溜めてみようか。


「それはもちろん…………、さく」


「また明日」


「ばいば~い」


「……」


 …………。


「凄かったね、"さ"が聞こえた辺りでもう動いてたよ」


「桜くんは運動神経は鈍かったはずだが……うぅん、まさか己の限界を超える程に嫌だったとは」


 小柄な体からは想像できない歩幅で帰って行ったサクラくん。彼が振り返ることは、なかった。


「しょうがないよ、今のはアズマがキモいし」


「やはり駄目か。子供と話すの苦手だったって言い訳しても」


「良いわけないでしょ!……もう、二人してコミュ障なんだから」


 僕は女子人気が、桜君は人類人気が高いというのに失礼な話だ。


「アズマくんは猫被り、サクラちゃんはペット扱い。人気があるのとコミュ力はイコールじゃないよ?」


「一緒にしないでくれるかな。僕のはそう、好きな子に構って欲しくてちょっかいをかける男の子みたいな感じのやつだからさ」


「サクラちゃんはほんとに可哀そうだね」


 感情の消えた表情から放たれる毒であろうと、僕は絶対に屈しない。彼女は少しだけ僕に当たりが強いだけ、仲がいいからこそ仲が悪くなる典型的な……いや、仲が悪くなっては駄目だな。もしかしたら嫌われているのかもしれない。少し悲しくなるも、「でも」と控えめに続ける彼女の声がした。


「さっきのも本当なんでしょ? それならまぁ、いいけど」


 どうやら少しは認められているらしい。この想いにも気づいているのか、だとしたら……

 しかし、さっきとなると気になることもある。


「……ちなみに、君の好みとやらはどうなんだい?」


 先の問答は僕に矛先が向いたから起こったこと。サクラくんの考えに倣うなら、彼女も話さねば不公平というものだ。とは言え、大体想像は出来るのだが。毎日飽きもせずに僕達……明確にはサクラくんにちょっかいをかけているのだ。


「ふふん、そんなのサクラちゃんに決まってる!……って言いたいけど、ちょっと違うのだ」


「彼が片思いしてるから諦める、という訳でも無さそうだね」


 サクラくんのことは恐らく好きだがサクラくんではない、となるとあどけなさの残る人だろうか? もしくは一途な人、それとも努力家か。


「あたしはサクラちゃんも好きだけど、それじゃ足りない」


 その眼は遠く、サクラくんの背を────その横を見つめている。当然彼の隣には誰もいないし、彼女に霊感がある訳でもないだろう。ならばそれは、彼の横にいるべき人を幻視しているのか。いるべき人、あぁ、そうか。そんなの一人しかいないじゃないか。名前なら知っている。散々聞かされたせいか、性格さえ覚えてしまったくらいだ。

 二人を知るルナくんがここまで言うのだから、これ以上ないくらいお似合いなのだろう。そう思って尚否定したくて、女々しい確認の声が零れていた。


「…………()()()()()、だったかな」


「うん、サクラちゃんがずっと、ずっと追いかけてる子だよ」




 僕の友人には、想い人がいる。


 それも、幼馴染というやつだ。

風を捕まえることはできず、影もまた捉えられません。

転じて、見込みがないことの例えとされます。

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