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第35話 そしてパーティーは……-②

「どういうことだ」

「私が細工したのが乾杯用のジュースだけだってどうして思うんですか? ふふっ、私が合図を出せばこの会場中に幻覚を見せる毒の煙が充満したりして」


 そう言って、ミリアは意味ありげに派手なハンカチを取り出す。ハンカチの角をつまんで垂らすように持った彼女は、すぐにその手をカーテンの外へと突き出した。


「これが広間に落ちたら……ふふっ」

「だがそれでは、君も巻き込まれる」


 言葉と裏腹にアンリが緊張したのを感じた。


「私はちゃんと対策してるに決まってるじゃないですか」

「そんな大がかりな方法で逃げるのか。もっと確実な手を用意しているかと思ったよ」

「んー、でもリサ先輩を傷つけずにここから連れ出すにはその方法が一番ですし」

「……私?」

「はい。だって毒を打ち消す魔法が使えるでしょう? 反動で倒れちゃうかもしれないけど安心してください。みんながフラフラになっている間に、先輩のことは私がちゃんと連れ出しますね」


 そんな……!


「ミリア。君が合図を出せば、その瞬間にこの剣が君の体を貫くだろう。リサは僕が連れて行く」

「じゃあ賭けですね。賞品はリサ先輩で。私がその剣を避けられなければアンリ様の勝ち。私を仕留める前にアンリ様が毒の煙にやられちゃえば私の勝ち……そのときは、アンリ様の命をもらってもいいですか?」

「乗るしかないんだろう?」

「やめて、そんな賭け!」


 無駄だとしても言わずにいられなかった。


「ふたりともやめて。ミリア、お願いだからもうこれ以上は――」

「先輩のお願いでも、これは聞けないな」

「止めても無駄だよ。ミリアは命を賭けに使えるほど君を気に入っているようだから」

「え……?」

「アンリ様も同じなくせに。ふふ、リサ先輩はあの温室のケーキに毒を盛った犯人は悲しんでるってわかってくれたから好きなの。あ。これで死んだとしても先輩のことは恨みません」


 あっけらかんと宣言される。そんなあっさりと死んでもいいなんて言うの!?

 私は否定するように首を振った。


「違うの、ミリア。私が犯人の気持ちを当てたのは、理解してたからじゃない!」

「リサ、言わなくていい――」

「どういうことですか?」


 アンリの言葉を遮るようにして、ミリアが低い声で尋ねてくる。


「それが私の魔法なの。私は毒を盛った人の感情を知ることができる。闇魔法よ。だからあなたの魅了の魔法も効かなかった」

「…………」

「魔法で知った感情なの……」


 しんとその場が静まり返る。

 だがすぐにミリアが「ふふふっ」と笑い始めた。


「なーんだ、そうだったんだ! すごいなあと思ったのに」

「ごめん……」

「えー、どうして謝るんですか? というかよく告白しましたね? 自分の身が心配じゃないんですか」

「え?」

「私が先輩を傷つけないのは、理解してくれたと思ってたからですよ。種明かししちゃったら、気が変わった私に何かされるって思いませんでした? アンリ様だって気付いて止めようとしてたでしょ」


 そうだ。少し前に、危険だから黙っておいたほうがいいよねって自分でも思ったばかりだったのに。


「でも誤解させたままにはできなかったから……」


 本当は命を賭けてもらうような、そこまでの存在じゃない。

 どうしても黙っていられなかった。


「私のためなんだ」

「それはよく受け取りすぎだわ」

「ふふっ、やっぱり先輩はいい人。優しい人ですね……」


 ミリアがカーテンの向こうに突き出していた腕を引っ込める。ハンカチは彼女の足元に落ちた。パーティの行われている広間ではなく。


「ミリア……?」


 どういうことなのかと思わず呼びかけるけど、そのとき廊下と繋がる扉の向こうから「確認済みました!」という声が聞こえてきた。

 アンリが「入れ!」と声をかければ、数人の武装した男性たちが踏み込んでくる。

 学園の警備の人間と、それから……警察?


「やだ、準備万端じゃないですか。どうしてすぐにこうしなかったんです」

「君の協力者が周囲に潜んで何か企んでいるかもしれないから。その確認と危険の排除が済むのを待っていた」

「わざと時間稼ぎしてたんだ。私の仕込みはお見通しだったてこと?」

「君なら、協力者を複数用意して保険のための策を立てるだろう。ちなみに君が逃走のために抱き込んでいた使用人は、僕がここに踏み込む前に拘束してある。彼からも他にも仲間がいると聞いていたんだ」

「やっぱり私たち似てません? だから私のやり方も予想できるんですよね」

「無駄話はもういい。君の言い方を借りれば、賭けは僕の勝ちだ」

「残念。負けちゃった。賞品欲しかったんだけど」


 警察の人間に両側から腕を拘束されながら、ミリアが私の方を見る。


「先輩、頑張ってくださいね。アンリ様みたいなのに好かれたら、なかなか逃げられませんよ」


 その視線を遮るようにしてアンリが間に立った。


「連れていけ」

「また会いましょうね、先輩!」


 アンリや警察の人間の体の隙間から私を見つめながら、ミリアが軽い感じで告げる。授業終わりに、また明日、と声をかけるような調子で。

 彼女を連れた男性たちはすぐに出て行き、残りの人間もアンリにいくつか短い指示を出されて部屋を出て行った。


「ごめん、後回しにして」


 ふたりきりになると、すぐにアンリが私の拘束されたままだった両手を解放してくれた。

 私は黙ってそれを眺める。ちょっと放心状態だった。


 事件に巻き込まれたことは多いけど、私が犯人に執着心を向けられたことはなかった。

 私、もしかしたらアンリとも二度と会えなかったかもしれない……んだよね?

 改めて思い返すと体が震えた。


 アンリはそんな私を抱きしめようと腕を伸ばしてくれた――ように感じたのに、途中で動きを止めてしまう。


「アンリ……?」

「最後にミリアが言っていたことは気にならない? 僕のような相手からは逃げられないと」


 私は彼の手を取る。


「気にしない」


 彼から向けられる感情は、私にとっては特別なもの。

 この話はもう、あの鐘塔でしたはずだ。


「彼女が僕と似ていると言ったことも……?」


 小声で尋ねるアンリに、彼が本当はそっちのほうを気にしているんだと気付く。

 でも二人は私にとってまったく別の存在だ。並べられても、比較はできない。


「アンリは……」


 はっきり言葉にするのは、少し恥ずかしいけど。


「私にとってアンリは特別だから」


 ようやくアンリが優しく抱きしめてくれる。その腕の中にいると、さっきまで感じていた怖さが薄れていく気がした。


「そういうことを言われると、また君を手放せなくなる」

「え? あ、そ、そうなの……」


 おかしいな。これまでの経験から余計なことは人より言わないはずなんだけど。


「どっちにしろ、逃さないけどね」


 これ以上なく甘く優しい声で囁かれる。

 これって喜んでいいのか、よくないのか。

 でも反射的に喜ぶようにどきどきしてしまったから、いいのかな。完全に抜け出せない何かにはまってしまった気分だけど……。


「おっと、邪魔した、ごめん…………」


 誰かが扉を開けてくる音とともに、そんな声が聞こえた。トウリ先輩だ。

 慌てて私はアンリから離れようとするけど、思いのほか回されている腕に力が入っていて動けなかった。


「どうかしたのか」

「いや……このあとのことを相談しようと思ったんだけど……、もう少ししてからでいいよ」


 ようやく頭だけ動かして、私はトウリ先輩を見る。


「トウリ先輩、何かあったんじゃないですか? 少し顔色が悪い気がします」

「いや、これは入ってきたときの……アンリの表情がインパクト強かったせい。めちゃくちゃ優しく笑ってるのに、なんだか同じくらい怖くも見えて――」


 先輩は途中で口を噤んだ。


「ああ、いや、なんでもない。今のは忘れて」

「……?」


 アンリのほうを見ながら言うから、私も気になって見上げてみるけど。

 見なくていいよっていうように、すぐに目元を手でふさがれてしまった……。


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