第30話 いろんな思惑-②
「いえ……私こそ先輩たちの忠告をちゃんと聞かずに突っぱねましたから……」
なんだろう。レベッカ先輩に比べると、トウリ先輩はちょっと笑顔が胡散臭い。
「余計な口出しをしすぎたってレベッカが反省してた。便乗して君に注意しようとしてた俺も、一緒に反省しようって言われたよ」
「はあ……」
「確かに昨日は頭に血が上ってたな。君とアンリのことは俺も見守らせてもらう。レベッカの言う通り、何かあれば力になるから」
「あ、ありがとうございます」
この人はおそらく、レベッカ先輩のことが特別に大切なんだと思う。
そしてなんとなくだけど、レベッカ先輩がアンリを特別に想っていると誤解しているような気がちらっとしなくもない。昨日の短い会話から感じ取った限りでは。
「トウリ先輩って、レベッカ先輩のことをすごく大事に思っていますよね」
「昨日もだけど、俺達のことをやけにセットで語るよね。そこまで言うほど、べったりしてるつもりはないんだけどな……」
「生徒会の活動中とか、信頼し合っている感じがするんです」
「ふうん、そう見えるんだ」
トウリ先輩は不思議そうだ。
彼の言う通り、二人は昔からの友人らしい気安さはあれど、べったりはしてない。
別にどう接するかは先輩達次第だ。でもそのあっさりした態度に、誤解を解くきっかけが訪れない原因があるんじゃないかなあ。なんてことも思う。
だけど、いきなり第三者がわかったようなアドバイスをしたところで効き目はないんだよね。経験上知ってる。
下手に首を突っ込んでも余計なお世話だし、そもそもレベッカ先輩側の気持ちは知らないし……。
「何か言いたげな顔をしているね」
「い、いえ。頼れる相手が二人も増えてよかったなと思っているだけです」
「そう? ならいいけど」
私にできるのは、これからの二人が変にこじれずにうまくいくといいな、と心の中で願うことだけ。
もどかしい気もするけれど、それしかないな。
そんなこんなで昼休みは終わり、午後の授業も終わって、放課後――。
「私がリサ先輩にいじめられてるって噂が流れているみたいなんです。知ってます……?」
貴族寮に帰ろうと校舎を出たところで、ミリアが私を引き止めて尋ねてきた。
「その件ね。ええ、知ってる……実際に耳にしたもの」
「先輩の前で言う人までいるんだ! もう、酷いです!」
腰に手を当てて、ミリアは頬を膨らませて怒る。
「先輩もそう思いません? 『神様』のアンリ様の近くにいる人を、とにかく悪く言いたい人達がいるんですよ、きっと」
「そうね……。酷いというか、ここまでくると呆れてしまうかも」
「先輩は自分が光魔法を使えることを公表しないんですか? すれば、噂もおさまるかもしれませんよ」
「公表する気はないわ。それにそういうのは……悲しくない?」
「悲しい、ですか?」
おうむ返しに聞かれて、私は頷く。
「アンリが『神様』で、私はただの生徒で、ミリアが光魔法使いの『聖女』。でも私が光魔法を使えたらきっとその図が変わるんでしょ? そういうもので態度を極端に変えられるのを見るのは、ちょっと悲しい気がする」
そう。エドモンド絡みで何度か思った。
あんまり偉そうなことは言えないんだけどね。私もそういう社会のルールに従って生きているし。
「そうですね。悲しい」
静かにミリアも頷く。
ただの同意じゃなくて、実感がこもっている気がした。
前に、エドモンド達が私やミリアについてあれこれ言っていたとき、その場に居合わせてしまったときのことを思い出す。
光魔法が使えるとわかる前、ミリアは身寄りがいないせいで街の人たちにあまりいい感情を向けられなかったって言ってた。学園に来たら庶民の出だからってあれこれ言われたり。
同じ境遇ではないから、彼女の気持ちが理解できるだなんて言えないけど……悲しいって部分は同じでいいのかな。
ああでも私の場合、身分とか魔法を使えるとか使えないとかで、まったく態度を変えないかって言われたら自信ない。アンリのことだって、「学園の神様」で別世界の人だって見ていたりしたし……。
はあ……。
「本当、面白いですよね」
急にミリアが「ふふっ」と笑った。
「え?」
「だって、滑稽だもん。でもみんな、そのことに気づいてないの! 滑稽でかわいそう。先輩はそう思いません?」
「そこまでは……私にもみんなと同じところがあると思うから、何とも言えない……」
「あれ? そうなんだ!」
「う、うん……」
ミリアの急な感情の変化に、私はちょっとたじろいでしまった。
確か前も彼女は面白いって笑ってたんだった。そして実は私はその雰囲気に、前に見た事件の――い、いやいやいや! 何を考えているの、私。
「やっぱり先輩は思った通りの人。優しい人ですね。アンリ様のケーキに毒を盛った犯人に対しても言ってましたよね。きっと悲しい気持ちでやったんだって」
「え? えー……まあ、うん……」
あれは魔法で知った感情だから、そういう風に言われるとちょっと後ろめたいかも。
「そういえば、リサ先輩は夏の予定は決まっているんですか?」
「どうしたの、急に」
「急にじゃないです。ずっと気になってたんです。ほら、温室の件が解決したらアンリ様がパトロンになるって言ってたじゃないですか」
そういえば、アンリにパトロンになってもらって演奏旅行に行く話は、ミリアも知っているんだった。
「行っちゃうんですか、演奏旅行?」
「アンリとは、その話はまだしていないの。でも行くことは変わらないわ」
アンリと疎遠になる気はないけれど、同じ場所に留まり続けることにはやはり不安がある。彼もパトロンになってくれる気は変わらないと思うし、演奏旅行自体を止める気はない。
彼から離れたくなくて行きたくないなんて思ってたけど、昨日互いの気持ちを確認したら少し余裕ができてきた。……我ながら現金だ。
ふと、アンリが貸してくれたあの楽譜が思い浮かぶ。
予定通り演奏旅行に出たら、あの楽譜の曲を歌ってもいいだろうか。
あっ、でもその前に、アンリに盛られた毒の犯人についてはっきりさせないと。
キャサリンが犯人でいいのか、私はどうしても気になっている。
この件が解決しない限りは出発はしたくないな。彼を狙う相手が学園にいるままなんて絶対に嫌だもの。
「アンリ様、リサ先輩にくっついて演奏旅行に行くって言い出しそうだな~」
「ええ?」
「そう思いません?」
そんなことない――とは言えなかった。
そういえば冗談として流していたけど、ついていこうかなってこのあいだ言ってた!
毒を盛った犯人が見つからないままなら、アンリ自身が学園を出てしまえばいいとかなんとか……。
「ああっ、その様子だともう言われましたね?」
「う、ううん。言われてない」
さすがに学園の神様が学校をやめるかもなんて話は軽々しくできない。だから否定するけど、ミリアは信じていなさそうだ。
「楽しそうだな、先輩と一緒に旅行するの。でも本当にいいんですか? 相手がアンリ様で」
「どうして?」
「だってあんなに特別な人なだもの! 前に言ったように、もしかしたら先輩を魅了するような魔法をかけて、惑わしてしまっているかもしれない……なんて不安になっちゃったりしませんか?」
「もう、ミリアは心配しすぎよ」
「そうかなあ。私、いまだにちょこっとだけ疑っているんですけど」
アンリが闇魔法を使う可能性。
前もミリアに言われたけど、彼が魔法を使って他人を魅了するとは考えられない。
彼のことをよく知った今は特に。彼はむしろ、必要以上に人に敬われたり注目されるのを嫌がってるところがある。
というか、誰かを闇魔法の使い手かもと言うなんてミリアは結構大胆よね。他の魔法ならまだしも、闇魔法が使えるって一般的にネガティブな意味を含むのに。
「彼はそんな魔法は使わないわ」
「ふふっ、信頼してるなあ。すっかりアンリ様と仲良しですね。でも旅行するだけなら私……」
急に言葉を切ってミリアが黙り込む。
「どうかした?」
尋ねると、ミリアはふるふると首を振った。
「いいえ、なんでも。それより明日のパーティー、成功させましょうね!」




