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私と魔法の話  作者: Chiot(シオ)
私と魔法と日常の話
8/25

祈るということ

 祈ることは難しい。祈りさんのいる教会に通うようになってから気づいたことだ。いつもなんとなくあれがしたいこれが欲しいという欲求は持っているけれど、祈りとなると、祈りさんだけじゃなく持っていないという人も案外多いんじゃないかと思う。私なんか確かに言われてみれば何も祈っていることがないような気がする。それはつまりどういう意味だろうか。幸せという意味だろうか。だって祈るというと何かしらの逆境に立たされている人がする行為な気がする。いわゆる神頼みと呼ばれるような行為はやはり幸せな人とは対極にあるような気がする。そうしたら私にも祈りの一つや二つあるだろうと考えるわけだけれど、お金がほしいとか就職したいとか、そういうのは違うと思う。就職にいたってはよくお祈りされる方だけども。

 まあともかく、普通の欲求とは一味も二味も違う特別な願い、そういうのを祈りと呼ぶならば、私は何かそういう願いを持っているだろうか、と、祈りさんのお悩みを聞いてから考える機会が増えたのだった。教会に行った時は必ず祈るのだけれど、これがまあ数をこなしても何かコツを掴めるだとか降りてくるだとかしないわけで、やはり祈ることは難しい。私たちは祈りさんがいるから、本人が気づいていない無意識の祈りをキャッチしてくれるけれど、祈りさんはそうはいかない。だから祈りさんの悩みは結構深刻だ。他人の祈りは痛いほど聞こえるのに、自分の祈りは痛いほど聞こえない。祈りさんはそう言っていた。それがどういう感覚が、魔法の使えない私には容易に知り得ないけれど、きっととても辛いはずだ。本人の口癖である、聞こえない、を聞くたびに胸がキュッとしてしまう。何か自分にできないだろうか。一緒にお出かけでもしてまずは親睦を深めるのがいいだろうか。

「祈りさん、今日お出かけしませんか?」

「いいよ、お使いも済ませられるから」

 そうして私と祈りさんはお出かけすることにした。

 とりあえず街に出てきた私たち。まずは商店街をぶらぶらすることにした。右見て左見て私見ておっけいしつつ店を冷やかして、祈りさんが頼まれたお使いを済ませるのを見守った。祈りさんは小動物めいたところがあるので、セコセコと歩いている姿は実になごましかった。

「次は何を見ましょうか」

 私がウキウキな口調で尋ねると、祈りさんはつれなく、もう帰る、と言う。いや、そうか、こんなに人の多いところだとうるさいのかもしれない、喧騒だけじゃなく、祈りが。痛いくらい聞こえると言っていたし。

「……帰りましょう、これ、使ってください」

 私は普段持ち歩いているヘッドフォンを祈りさんに手渡した。多分関係ないけれど、あれば喧騒だけは多少静かになる。

「ありがとう、Sさん」

 それでも祈りさんはお礼を言って受け取ってくれる。こんなことでいいならいくらでも。そう思いながら私たちは短いみじかいお出かけを楽しんで家路についた。


「ああでもない、こうでもない」

 私は今日も教会にあらわれて言葉通り祈っている。近頃体調が優れないこともあって、祈りさんのもとに来ることが多くなった。何せ祈りを聞いてくれるので、いちいち言葉にしなくてもこちらの意を汲んで話してくれるから。もうめっちゃ助かってる。おかげさまで少し復調傾向にある私は、祈りさんのお悩みを一から紐解いてみることにした。

 まず、祈りとは何か、をはっきりさせてみるべきだと思う。私は今まで単なる欲求とは違う、特別な願いのこと、と祈りを解釈していたけれど、それは少し主観的すぎるのかもしれない。より客観的に言えば、祈りとは自分の手の届かない領分にある何かに、ああでもない、こうでもない、と思いを捧げることなのではないかと思い始めた。

 そのきっかけは母親との会話だった。ご飯を食べさせてもらっている現状、私にとってご飯を食べたいと思うのは単なる欲求とは違って、祈りに近い。食べさせてくれるように祈っている。反対に母親にとっては子供にご飯を食べさせることが祈りに近い。自分自身の腹が膨れるわけではないのに。より良い明日になるようにと思ってくれているんだそうだ。

 ただそれは本能とも呼べるもので、結局のところその線引きはどうしても主観的で、かつ多面的になるのかもしれない。そういうわけで、さっきの解釈の話に繋がる。

 大事なのは思いを捧げるということだと思う。自分自身の思い通りになることではなく、自分自身の手の届かないところにある、何かより良いもののために思いを預ける、託すことを、人は祈りと呼ぶのではないかと思うのだ。そういうのは無理に探したりするのではなく、生きていれば自然と身につくものだ。祈りさんは、祈りは痛いほど聞こえると言っていた。だから祈りはそれほど特別なことではなく、もっと身近にあるのではないかと思う。身近にあるのなら無理して探そうとしたり、聞こえないと思い悩むものでもなく、ただそこに、共にあるものと思うのがいい付き合い方なんじゃないかと思う。   

 そういうまとまりのない、文脈のあやふやな話を、私は祈りさんにささげた。これが今のところ私の祈りさんの悩みに対する精一杯の回答なのだった。

「なんとなく、分かった」

 祈りさんは私の話を聞いてそう言ってくれた。なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、私は嬉しかった。

「飴ちゃん食べる?」

「食べる」

「すみません、持ってないです」

「じゃあなんで言ったの」

「ごめんなさい」

 そんな他愛のないやり取りをしつつ、私と祈りさんは今日も祈った。

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