遊園地
「遊園地に行きましょう」
夕方、いつもの公園の土管の中に集合した二人に、私は言った。
「遊園地ですか?」
「いいですけど、どうして?」
ノワと変身さん、まだお兄さんの姿のまま、が不思議そうに聞き返す。いいじゃん、遊びに行きたくなったんじゃん。
「いやあ、毎日この土管の中で過ごしているのも気が滅入るので、外で目一杯遊んで気分転換でもしたいな、親睦会も兼ねて、と思った次第です」
「毎日、気が滅入る……土管の中……」
ああ、思わぬ形でノワさんを曇らせてしまった。
「ま、まあ確かに三人だと少し窮屈ですもんね、わかります」
すかさず変身さんがフォローを入れてくれる。さすが友達、頼りになります。
落ち込むノワが立ち直るのを待って、私は具体的な場所と日時を打ち合わせて家路に着いた。でも忘れてた。みんなお金あるのかな。
「お金持ってないです」
「わ、私も……」
うわあ、本当にお金持ってなかったよ二人。どうやって生きてるんだ。
「なんで言ってくれなかったんですか」
「お金いらないところだと思って」
「そうそうないですよそんなところ」
変身さんの非常識さはともかく、ノワはどうしてもこうしてもおそらく、
「私はあの公園で自給自足の生活をしているので、俗世間の貨幣文化に疎く、申し訳ありません……」
「何も言えませんよ、そんなこと言われたら……」
とりあえず帰ったら二人に生活保護の申請を検討してもらって、ともかく今回だけ私がなけなしの貯金から二人分のチケットを買うことになった。嬉しそうにそれを受け取る二人を見て余分に持ってきておいてよかったなと思った。
「それじゃあ行きましょう。入場口はあっちです」
「はいっ」
「いえーい」
可愛い声で返事をしてくれるノワと浮かれている変身さんとともに遊園地の中に入って行った。
「まずはどうしましょうか」
「私、あれに乗ってみたいです」
「コーヒーカップですか、いいですね」
これがまた大変なチョイスをしてしまった。年頃、正確な年齢は不詳、のノワが回るコーヒーカップにきゃっきゃっしていたのはよかったけれど、回転に酔った変身さんが目を回して次々に私とノワに変身してしまった。回転が終わった時にはノワに変身していて、申し訳なさそうな顔をしたノワと、満足そうにしたノワ、こちらが本物の区別がつきづらくなってしまったので、私は変身さんの方のノワの横髪を過去さんがしてあげたみたいに三つ編みにしてあげた。
「うん、似合ってる、可愛いよ」
「ありがとう、ございます」
変身さんではなくノワがお礼を言った。まあ、いいか。照れちゃうけど。
「次はあれに乗ってみたいです」
「メリーゴーランドですか、外せないですね。どうぞ乗ってきてください」
「え、どうしてですか、一緒に乗りましょうよ」
「ノワ、これはそういう乗り物なんです」
「何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか、僕は行きますよ、せっかくだから」
「うるさいですよ変身さん、行ってらっしゃい」
そうしてノワと変身さんが楽しそうにメリーゴーランドしているのを眺めている私。一度やってみたかったんだ、これ。わかる人にはわかる気がする。ちょっと寂しそうな顔をして、でも二人に手を振るときは笑顔で……。何がしたいんだ私は。
「お次はあれに乗りましょう」
「自分で漕ぐタイプのコースターですね、楽しそうです」
「今度も見てるんですか?」
「あれは乗ります」
ノワ、私、変身さんの順番で乗り込んで、いざ出発、したものの、変身さんが高いところがダメだったらしく終始変身さんの絶叫が気になってあまり楽しめなかった私。ノワはこれまた満足そうにしていたので何より。一生懸命全力で漕いだ甲斐があった。変身さんごめんね。早く終わったほうがいいと思って。
「あ、僕あそこに入りたいです」
「お化け屋敷ですか、って大丈夫ですか変身さん、苦手そうだし、変身が……」
「大丈夫です、一度入ってみたかったんですよ僕、憧れてました」
「まあそこまで言うなら」
「わ、私は遠慮しておきますね、外で待ってます」
「えーそれは残念」
「ちょっと苦手というか、逆に興奮するというか」
「……?」
「なんでもありません!」
そういうわけで私と変身さんの二人でお化け屋敷に入ったわけだけど、心配していた通り、お化けに変身してお化けを怖がらせてしまった変身さんをそのまま外に出すわけにはいかず、お客さんの誰かに変身できるまで中で待機となった。だから言ったのに。
「変身さん、変身できたら連絡くれるそうですけど、それまでどうしましょうか」
外に出て事情を説明した私がそう言うと、ノワは空を指さして、
「最後にあれに乗りたいです」
「観覧車ですか、分かりました」
二人きりで観覧車?と思ったけれど、何やらノワは思い詰めているような面持ちだったのでそういうのじゃなかったらしい。
「それじゃあ行きましょうか」
「……はい」
少しだけ順番待ちをして観覧車に乗り込んで、ノワと向かい合って座った。観覧車はずんずん上昇していって、頂上付近になった時、ノワが外の景色を見ながら話し始めた。
「私、遊園地に来たのすごく久しぶりで、すごく楽しかったです。今日はありがとうございました」
「いえいえ、楽しんでいただけたのなら何よりです。私も楽しかった」
「よかったです。少し無理をしているような顔をしていたので……」
「まあ慣れないところなので多少は。私引きこもり気味なので」
「そうなんですか。それならいいんですが……」
「よくはない気がしますが、はい」
なんだかノワが観覧車みたいに中心を遠回りして話しているような気がしたので、ついこちらから聞いてしまう。
「ノワ、さっきからなんだか思い詰めているような感じがしますけど、大丈夫ですか? 私でよかったら話してみてください」
そう言うと、気づけば俯いていたノワが顔を持ち上げてこちらをじっと見つめる。照れちゃうじゃん。
「あの、間違っていたら、すみません」
「はい、なんでしょう」
「あの鉄塔に何度か来ていましたよね。すごく、なんていうか、くらい表情をして」
ああ、そのことか。
「はい。ノワも私のこと知っていたんですね。その通り、くらい気持ちであの鉄塔に昇っていました。ノワもそうでしょう」
「はい。やっぱりあなただったんですね。日記を持ってきてくれた時、本当はすごく嬉しくて、そのことをいつ話そうか悩んでて。今日はとてもいい日だったので、今日に決めました」
私も嬉しかった。いつも声をかけようかどうしようか悩んで、結局通り過ぎていた相手と話す口実ができたから。それはもしかしたらもう1人の自分を見ているような気持ちに近かったのかもしれないけれど。今日はいい日だったので、私も今の気持ちを率直に表現することにした。
「私も嬉しかったです。ノワとこうして遊びに来られるまでになって。本当に今日は楽しかったです。よかったらまたきましょう」
「はいっ」
最後に可愛い返事をいただいて、観覧車が地上に近づく。外を見るとそこには何やら人だかりができていて、
「すみません。すみません」
変身さんがお化けのまま、おそらくいつまでも変身できずに外に出て、衆目を集めていたのだった。
変身さんを過去さんのいるカフェに連れていき、またお兄さんの姿に戻してもらって、それぞれ家路についた。
さて、私は単に親睦会のためだけに遊園地に行ったわけではなかった。変身の魔法について理解を深めるためでもあったのだ。そのことを変身さんに伝えるといたく感動した様子で友達っと連呼してくれたけれど、特別何か収穫があったわけではなかった。コーヒーカップで変身したから三半規管が関係しているとか、お化け屋敷で変身したから心拍数が関係しているとか、単に見つめ続ける以外の何かしらの発動機序が掴めればよかったんだけれど、公園での再現実験「ぐるぐるバットと怖い話大会」でそれらの説は反証された。むしろ魔法に試されている、ノワは前にそう話していたけれど、なんとなくその意味がわかるような気がした。でもそれじゃあ変身さんの相談に対してできることがもうあまり残されていない。やはりあのリストを渡すべきなのか否か。友人は言っていた。なってほしい姿になってもらって、その中で変身さんが気に入った姿があれば完璧なのだと。お兄さんの姿を除けば、確かにそれはその通りなのかもしれない。本当の自分とはそういう風に納得してもいいのかもしれない。とりあえず、次はその方向でわちゃわちゃしてみることにした。




