特別な存在
特別な存在になりたいわけじゃない。何か別の存在になりたい。私なんかはそう思うのだけれど、変身さんはその反対らしい。
「皆さんはいいですよね。世界にただ一人の自分という特別な存在なんですから。私なんかは常に誰かの模倣品。いつだって誰かの偽物なんですから」
「そう言われると変身さんのことが可哀想に思えてきましたよ」
「そうでしょう、変身の魔法に良いことなんてほとんどないんですよ。物語みたいに自由自在に魔法を解けるならまだしもですけど」
それは確かにそうだ。物語の魔法は解けるものという前提が多い気がするけれど、現実ではそうはいかなかった。だからこそ困ったことになった。
「そうですよね、解ければ話は簡単なんですよね」
春うららかな日差しを浴びながら三人、駅前のロータリーで有る事無い事話しながら変身さんを探している。ここならば人も多いし、移動するにも便利だということで。だけど今のところその成果は芳しくない。私はむしろ見つかるなんて思っていないので、変身さんに変身してもらいたい人探しを密かに実行中なわけだけれど、変身さんとノワは早くも弱音吐きびとになってしまった。
二人が言い出したんじゃん、責任取ってよね。
「じゃあもう変身さん探しはやめて、変身の魔法を解くことを頑張ってみましょうよ」
三日坊主になっちゃうけどしょうがないよ、いるわけないもの。いや、そこにいるんだけども。
「でも……」
指先をいじいじしながら俯くノワ。
「結構楽しいですよ、みんなで話しながら人の流れを見てるのも」
案外呑気な変身さん。ちょっと質問したくなる。
「そもそも変身さんはどうして変身の魔法を解きたくなったんですか?そりゃ普通の生活を送ることが難しいのは理解できますけど、どうして今になってというか」
どうしてそれを最初に聞かなかったのか不思議なほど重要な質問をしてみる。理由は大して問題じゃなかったのかもしれないけれど。今まで横一列になって人の流れを見て話していた変身さんがそれを聞いて私の方を向いて言った。
「さっきも言った通り、羨ましくなったからですよ。別にこの変身の魔法があれば生きていくことはどうにだってできそうですけれど。差別や迫害を直接受けにくい魔法でもあることですし」
口を閉じて苦笑いをして変身さんは続けた。
「それでも羨ましかったから……」
変身さんは自嘲気味に笑って、遠い目をした。それ以上聞くのは野暮な気がしたので私も黙って人の流れに目を戻した。
「って、いつまでやるんですかこれ」
かれこれ一週間、ロータリーの妖精と化している三人。私は進捗のない現状にいい加減痺れを切らして言ってしまう。
「ギブアップですか」
「なんですかその言い方……」
それじゃあ私が言い出しっぺみたいじゃん。
「いや、毎日本当に受け身に人の流れを見てるだけじゃないですか。もう少し積極的に何かしたほうがいい気がしません?」
「それはおっしゃる通りかもしれませんが……」
「すみません……」
もじもじしだすノワと変身さん。仕方ない。
「ノワ、誰か知り合いとかいないんですか? 変身さんの元の姿を知り得そうな魔法使いとか」
それこそ魔法みたいにノワの人脈、あるかどうか分からないが、を頼ると、ノワはうーんと考え込んで、そして、
「あの方なら元の姿を見せてくれるかもしれませんが……」
「どんな魔法使いなんですか?」
「過去を見せる魔法を使える、かもしれない人です」
「なんですかそれ、とりあえずお兄さんの姿に変身できるかもしれないじゃないですか」
それなら妥協として最高だ。生まれた時の姿に戻ることができるなら、変身さんも少しは納得してくれるかもしれない。魔法を解くことはできないけれど、一番最初に戻ることができるなら、また違った向き合い方ができるのかもしれない。そう思って変身さんを見ると、何やらすごく真剣な顔で何かを考えながらノワに詰め寄って、
「お願いします、その人のところに案内してください」
そう言って頭を下げた。ノワも真剣な顔でそれに応えた。
「ではお連れします。ちょうど電車で移動するので、ちょうどよかったですね」
いや、それはどうだったんだろう。とりあえず後で変身さんに変身してもらいたい人リストを渡しておこう。
電車に揺られて小一時間。海の近くの街にやってきた。海の見える丘の側にある気象台、の側にある小さなカフェが目的の人がいる場所だった。
「こんにちは、過去さん。メールで話したお二人です。今日はよろしくお願いします」
店内に入ってすぐのカウンター席に過去さんはいた。電車の中で聞いていた通り、過去さんは背の高い女性で白のブラウスに黒のロングスカート、ってどこかで見た気がする。いや、変身さんと瓜二つだ。
「こんにちは。私が二人いる……」
「すみません!」
「こんな偶然あるんだな、と思ってました」
「知ってたんなら教えといてくださいよノワ」
「私も最初は半信半疑だったんです。でもこうして見ると本当に同じですね、少し怖いくらい」
「この姿、気に入ってしまっていて。気に入っていると他の人に変身しにくいみたいなんです。だからすみませんっ」
「いいのよ、気にしなくて。事情は聞いているし、同じ魔法使いだもの。仲良くしましょう。ただ……」
優しく笑って変身さんを許す過去さん。誰かさんとはえらい違いだ。泥棒呼ばわりして追いかけ回した人はもう少し魔法使いに優しくしたほうがいいのかもしれない。
「こうしてこうしてこう」
過去さんは変身さんの背後に回って、綺麗な赤い横髪を三つ編みにした。
「これでとりあえず目印としましょうか」
「わあ、可愛いですね」
「ありがとうございます、過去さん」
「いいえ。なんだか変な感じだなあ」
自分と同じ顔の人が褒められ、自分と同じ顔の人にお礼を言われて……。
「まあいいか。それで、君はノワの助手ということだけど……」
そういえば電車の中で過去さんに対する紹介をどうしようか少し話し合ってそう決まったのだった。別にただの知り合いでもよかったと思うのだけど、なぜだかノワはそういうことにしたがっていたのでそれに乗った。私いま無職だし、経歴とか話したくないし、ちょうどよかった。
「はい、今日はよろしくお願いします」
ビシッと頭を下げて言った。ちょうどいい初対面の人への挨拶が分からない。
「はい、よろしくお願いされました」
それを見てからかうように笑って言う過去さん。なんだか大人の女性って感じだ。ドキドキしてきた。
「じゃあ三人とも、奥に上がって。ノワに案内してもらって。私はお茶を用意して行くから」
カウンターの中に入っていく過去さんを見送って、ノワが私と変身さんの手を取って、
「案内しますね」
と、なぜだか私の方をじっと見つめて言って、奥の部屋に連れて行った。
「天体望遠鏡?」
奥の部屋から階段を登って3階の部屋に連れられた私たちがまず目にしたのがそれだった。
「そうですよ、過去さんはこれを使って魔法を使うんです」
「ノワ、ネタバレしちゃダメ」
「わっ、早かったですね」
「準備してあったからね」
「あ、すみません」
変身さんが過去さんが持ってきてくれたお茶とお菓子のお盆を受け取って望遠鏡の側に置いてある丸い机に置いた。
「ありがとう。じゃあ早速始めましょうか」
過去さんが天体望遠鏡を覗き込んで、何やらレバーを引いたり回したりして調節しだす。赤い髪がサラサラと流れて、天窓から入ってくる日差しで輝いている。
「じゃあ変身さん、ここに来て覗いてみて」
「は、はい、失礼します」
おずおずと前に出る変身さん。そして恐る恐る望遠鏡のレンズを覗き込む。隣で妖しく笑う過去さん。心配そうに見守るノワ。お茶とお菓子が気になる私。それぞれの想いと共に時間が過ぎていき、3分くらい経った時だった。変身さんがバフっと姿を変えた。
「兄さん……」
そう呟いて変身さんが望遠鏡から離れる。その姿は気弱そうな青年の姿に変わっている。どうやら過去を見ることに成功したらしい。頬に涙が伝っている。
「お帰りなさい、お疲れ様でした。さあ、座って、お茶にしましょう」
過去さんがそんな変身さんの肩を優しく撫でて席に促す。変身さんはなすがままにストンと着席した。
「大丈夫ですか? これ使ってください」
ノワが変身さんにハンカチを手渡して、隣の席に座る。過去さんがその向かいに座り、私はその間に座った。正面に変身さんがいる。変身さんが落ち着くまで少し時間がかかりそうだ。そのためのティーセットか。なるほど気が利いている。さすが過去さんだ。まだよく知らないけど。
それから変身さんが落ち着くまでお茶とお菓子を堪能しながら少し世間話をして過ごしていると、ふいに変身さんがポツリぽつり語り始めた。
「兄さん、兄はとても優しい人でした。こんな僕を嫌な顔ひとつせず受け入れてくれて、一緒に変身の魔法について調べてくれました。少し変わった人だったかもしれません。穏やかで、いつも少し遠い目をしている不思議な雰囲気を持っている人だと言われていました」
「そうだったんですね」
過去さんが優しい声音で相槌を打つ。
「十年前、兄さんが行方不明になってから僕は兄さんの姿で過ごしていましたが、初恋の人をずっと見ていたらその人に変身してしまって以来、いろんな人に変身してしまっています。コントロールできることは稀で、僕はずっとこの変身の魔法に振り回されて生きてきました」
「わかります。私たちは魔法使いだなんて呼ばれていますけど、その実使われているのは私たち自身ではないかと感じることのほうが多いですよね」
「そうですね……」
変身さんとノワがお互い苦笑いで頷きあう。過去さんも目を閉じて頷いている。私は魔法使いではないので蚊帳の外な感じだ。ふんっ。
その後、変身さんがお茶とお菓子をいただくのを待って、今日のところは過去さんのお店からお暇することにした。これから過去さんはお店の準備があるらしい。帰り際、私は過去さんから連絡先を頂いた。曰く、何かあったらいつでも連絡して、とのこと。うん、絶対に連絡しよう、今日中にお礼の連絡をしよう。そして明日の朝も改めてお礼とおはようのメールを……。などと考えているうちに私たちのホームタウンに着く。
「これでよかったんですかね……」
鉄塔と土管がある公園に向かっている最中、変身さんが言った。
「何がですか?」
私は率直に質問する。
「いえ、本当に久しぶりに兄の姿を見て、兄の姿に戻ることができて嬉しいのですが、なんていうか、その……」
変身さんが口ごもってしまうと、代わりにノワが答える。
「本当の自分、ですか?」
「はい……」
なるほど。そういえばそう言う話だった。本当の自分。変身の魔法にかかる前の、本来の自分に戻りたい。
「でも、それならやはり魔法を解くしかないですよね、どうしたらいいんでしょう?」
「どこにも変身さんの元の姿を知っている人はいないですもんね……」
「無理な相談をしてしまってすみません」
「それはもう今さらですよ、それにもう友達みたいなもんなんですから、遠慮しないでくださいよ」
変身さんがやけに他人行儀に言うので、私は何気なく思っていることを口にした。すると変身さんはやけに感動したような顔で私の手を取り、友達!と興奮して連呼し始めてちょっと引いた。
その日はそのまま公園に戻って今後のことを話して解散になった。魔法を解くにはどうしたらいいのか。そもそも魔法とはなんなのか。いろんなことを話していくつもりだ。それから私は帰ってもすることがなかったので、夕闇迫る河川敷を徘徊することにしたら、案の定友人に出くわした。
「やあ、また会ったね、僕の友人」
「会えると思っていたよ、友人」
またどこにも気配がないなか急に現れた友人に挨拶する。
「友人は魔法を解くにはどうしたらいいと思う?」
「どうしたの急に。魔法を解くなんてできっこないのに」
その通り、そういう風に学校でも教わっているし、魔法を解いたことのある人は聞いたことがないから、できっこない。
「それでもどうにかできたらいいなと思って」
「どうにかしたいってどういうこと?」
「いや、変身さんが納得するってことかな。あ、これは秘密ね」
「うーん、それなら、誰かがその人になってほしい姿を教えてあげればいいんじゃないかな。それでその人もその姿が気に入れば完璧だと思うけど」
「え? あ、うん、そうかもしれないけど」
完璧の意味はよく分からないけれど、それなら妥協になるのかもしれない。
「いいこと聞いたよ、ありがとう」
「どういたしまして」
そしてどこともなく急に消える友人。私は変身さんのことよりあなたのことのほうが気になってきたよ。




