閉塞感とのたたかい
謁見が終わってから一週間、私たちの日々はつつがなく過ぎ去っていった。一人に一室ホテルの部屋が割り当てられ、生活に必要なものは全て用意されていた。だから何不自由なく生きていられたのだけれど、強いて言えば情報の入手先がホテル備え付けのテレビしかなく、加えてこの国独自のチャンネルしか合わせられない点は少しストレスに感じた。でもまあ見たくなければ見なければいい話だし、それは私にとっては大して気になることではなかった。自分の住んでる国のこともろくに知らないからね、仕方ない。戦争の話も、魔法狩りの話も、そのため少しも新しい情報が入ってこないので、まさか冗談じゃなかろうなと疑ってしまうくらいだ。ノワにしても、あれから私たち以外とは話をしていないみたいだし、そうすると外部との接触もほとんどなく、外出先も近くのビーチに行くくらいのもので、端的に言えばだいぶ閉塞感がある。事態が進展するまでこのまま大人しく生活、これを生活と言っていいものかどうか分からないくらい舗装されているけれど、を送るしかないのだろうか。私は日に日に焦りを感じてきている。自分の考え方や発言を含めて、このままでいいのだろうか、と。ただ、どうしようもない。私の魔法は何の役にも立たなそうだし、他のみんなにしても、戦争ということになれば、変身さんが潜入工作で活躍しそうなくらいだ。それだけで何をどうしろというのか。まさか軍に志願して自分たちも戦うなんてことはしたくない。その可能性をなぜか今の今まで考えなかったけれど、戦局次第ではそういうこともあるのかもしれない。ノワの庇護にあずかっているばかりじゃなくて、自分たちも何かの役に立たなければならないときが来るのかもしれない。でも、そんなこと想像もできない。できればこの国からもさっさとあの気球でおさらばしたいところだ。いや、本当にそうしてもいいんじゃなかろうか。燃料は火を噴く魔法さん、改名ファイヤーさんがいれば心配ないし、もっと待遇と情勢のいい国に行くのも悪くないのではなかろうか。ただ地理的にそれが可能かどうかも、追っ手や追撃に遭わないかどうかも、行った先で何が待っているかも分からない。分からないことが多すぎる。本当につくづく自分は無力だと思わされる。じゃあもうこのままでいいか、頭も痛くなってきたし。考えるだけ無意味かもしれない。たかが自分のような一般市民に何ができよう。と、考えが堂々巡りしている気がする。そろそろこの閉塞感に参ってきたかもしれない。気分転換が必要だ。みんなのところへ遊びに行こう。
変身さんの部屋の前にやってきた。チャイムを鳴らして私ですーと言うと、ややあって扉が開かれる。
「Sさん、どうしましたか」
「遊びにきました、入っていいですか?」
「ええ、どうぞ、散らかってますが」
そういう定型分ね、と思ったら本当に部屋の中が散らかってた。何というか身の回りの生活に必要なものが空き巣にでも入られた後かのように散乱していた。
「どうしたんですかこれ」
「いやあ、お恥ずかしい。どうにも片付けるのが苦手でして」
「苦手の範疇超えてますよこれ、心配だなあ、一緒に片付けましょう」
「ありがたい、お願いします」
そんなこんなで変身さんと部屋の片付けに勤しんだ。片付けが終わって一息ついた頃、変身さんはこんなことを言っていた。
「ノワさんを探しに行こうと気球に乗った時は最高にワクワクしたんだけどなあ」
お爺さんの部屋の前にやってきた。チャイムを鳴らして私ですーと言うと、ややあって扉が開かれる。
「何じゃ若造、わしは忙しいんじゃが」
「うそー、何してるんですか?」
「見せてやろう、入りなさい」
「えー、お邪魔しまーす」
「なんでちょっと嫌そうなんじゃ、お主の方からきたというのに」
「なんか得意げそうなので」
「なんで得意げそうだと嫌なんじゃ」
と、軽口を交わしながら部屋に入ると、あちらこちらに紙が散らばっていた。
「何ですかこれ、原稿用紙?」
「そうじゃ、反魔法的思想に対する批判を書いておる」
「へえ、じゃあ、お邪魔しました」
「こら若造、もっと中身に興味をもたんかい」
「つ、疲れちゃいそうなので、また今度ゆっくり……」
「まったく、最近の娘は骨がないのう」
「骨だけみたいな人に言われても……」
「何じゃとっ」
「うわあ、すみませんごめんなさいお邪魔しましたー!」
花せるさんの部屋の前にやってきた。チャイムを鳴らして私ですーと言うと、ややあって扉が開かれる。
「やあSさん、どうされました」
「ちょっと暇で、みんなのところに伺ってるんです」
「そうなんですか、あ、どうぞ、入ってください」
「お邪魔しまーす」
部屋に入るとやっぱりここも散らかっていた。主に植物で。
「すごい、なんか緑が濃いですね」
「私も暇だったんです。話し相手になっていただいてました」
「それにしても賑やかですね」
「そうですね、そうでもないと気が滅入っちゃいますから」
過去さんの部屋の前にやってきた。チャイムを鳴らして私ですーと言うと、ややあって扉が開かれる。
「Sさん、いらっしゃい、どうぞ」
「すみません、お邪魔します」
「ごめんなさいね、散らかってて」
その言葉にやや構えてしまったけれど、なんてことはない普通に片付けられた部屋だった。
「安心しました」
「ん、何が?」
「いえ、過去さんはやっぱり素敵な女性だなって」
「まあ、ありがとう」
笑って喜んでくれる過去さんにまた肩を揉まれる。好きになるう。
祈りさんの部屋の前にやってきた。チャイムを鳴らして私ですーと言うと、ややあって扉が開かれる。
「Sさん、何しにきたの」
「祈りさんとお祈りしにきました」
「変なの。まあ上がって」
「ありがとうございます、お邪魔します」
「ん、散らかってるけど」
「皆さん同じことおっしゃりますね」
「そういうもの?」
「そういうものかもしれませんね」
「何を祈るの?」
「何を祈りましょうか」
「何を祈ればいいのか、祈ろうか?」
「それいいですね、なんか幸せそうです」
そう言うと祈りさんはクスッと笑って、
「変なの」と言った。
最後にノワの部屋の前にきた。ファイヤーさんはというとこの国の火力発電所で働いているのでいなかった。ファイヤーさんは仕事人らしい。自分の魔法に誇りを持って働いている。すごい、見習いたい。ていうかじゃあなんでついてきたんだろう。説得はパンプがしたって変身さんは言っていたけれども。まあそれはともかくチャイムを鳴らして私ですーと言うと、ややあって扉が開かれたのだった。
「待ってましたよ、Sさん、上がってください」
「あれ、何で?」
「さっき変身さんと過去さんに会って、Sさんがみんなのところを回っているって聞いたんです」
「ありゃ、バレちゃいましたか」
「バレちゃいましたね」
「お邪魔してもいいですか」
「どうぞどうぞ、散らかってますが」
「さてノワはどっちでしょうか」
「ん? 何がですか?」
「あ、いえ、こっちの話です」
首を傾げるノワに案内されて入った部屋は予想通り、しっかり片付けられた普通の部屋だった。
「男性陣がおかしいんですよ、ほんと」
「何がですか、教えてくださいよ」
楽しげに聞いてくるノワと少しおしゃべりをして、お茶とお菓子をいただいて、そろそろいい時間になったのでお暇することにした。その帰り際、
「Sさん、私たちはどうしたら良かったんでしょうか」
「何が、って、色々ですよね」
「はい」
分からない。この一週間の間、何度それを考えたことだろう。結局答えは出なかったから、みんなのところに来たのだった。閉塞感、大きな物語にがんじがらめにされているこの感覚。私たちは決して物語のキーパーソンなどではなく、ただの近所の仲のいい集まりでしかなかった。だからこれはきっと、当然の結末なのかもしれない。
ノワの部屋を後にして自室に戻った私はベッドに倒れ込んで考える。どうしたら良かったも何も、身の安全を最優先にした結果だ。誰のことも責められはしない。それでも私はこうして退屈してしまっている。何をしたらいいのか、途端にわからなくなってしまっている。居場所を追われるって、こういうことなのかな、と少し分かった気がした。私たちには軸がない。行き当たりばったりの、その日暮らし集団だった。それでも何かルーティンのようなものはあって、私たちは少しずつそれに慣れていこうとしていたところだったのに。何が足りなかったんだろう。そもそも私は何がしたかったんだろう。
考えても考えても答えの出ない問いに、私は頭を悩ませ続けたのだった。




