これからの話
そんなこんなでホテルの部屋に到着した私たち。ホテルは市街地の外れにある十階建ての真新しいビルで、その最上階の一室に私たちは案内された。今はみんなで窓のそばのソファに座って向かい合っている。
「こんな綺麗なところにいいんですか? お高いところなんじゃ」
「料金はすでに支払っているから大丈夫ですよ」
「ノワ、お金は持ってないって言ってませんでしたっけ」
「えっと、それは魔法でちょちょいのちょいです」
「なるほど、それでこの国はノワを手厚くもてなしているってわけですね」
「そうですね、魔法があってよかったって初めて思ったかもしれません」
「魔法がなければ逃げなくてもよかったんですけどね、」
「そう言う話、わしがいないところでしてくれんかの」
「ああ、お爺さん、違うんです、私そういうつもりじゃ」
苦笑いのお爺さんにノワがあわあわする。
「冗談じゃ、感謝しておるからの、あのままでは死んでも死にきれん」
それもそうだ。お爺さんは反魔法的思想の煽りを受けて亡くなったんだから、今のあの国の状況に当事者として並々ならぬ思いを抱えているはずだ。それは、そうなんだけど。
魔法を使ってしまった人という意味での魔法使いとして私は正直のところどうにでもなれと思っている。もちろんあの部屋とあの日常に帰りたい気持ちはあるけれど、逮捕されるよりはこの国でノワの傘の下庇護してもらっていた方がいいし、政治的思想も格差も何もかもが自分の安全より優先されることではない。そんな風なことをもう少しオブラートに包んでみんなに話すと、お爺さんはうむうむと頷いた。
「若造は正直でいいの。確かに未来ある若者を、わざわざあんな血生臭い場所に連れて行くことはできん。だからお前さんらはここにおったらいい。家族のことはわしに任せておけ、できる限りのことはする」
と、お爺さんは帰国する意思があることを告げた。それに私たちの家族のことまで気遣ってくれて、何だか頼もしい。でも、このお爺さん一人に何ができるんだろう、って率直に思ってしまう自分が憎らしい。私たちはヒーローではない。魔法が使えたり、魔法を使ってしまった過去があったり、それだけの一般市民だ。ノワがいなければそのうち捕まっていただけの存在だ。その先のことは想像したくないけれど、おそらく教科書で習ったような惨たらしい人体実験とか不自由な研究材料として供されるのも想像に難くない。何も悪いことはしていないのに、この身に魔法が宿ってしまっただけでその自由を奪われる。そんな国でこれからも生活することは考えられないし、そういう現状をどうにかして住みやすくしようとも思わない。ただ、自分とは相反する場所だったのだと納得するほかない。そうじゃないと命がいくつ合っても足りない闘争に巻き込まれてしまうだけなんじゃないかと思う。戦いは戦える人が戦いたい人同士で戦えばいい。私は戦えないし戦いたくない。
「それはそうじゃがな、若造。ことはそう単純にもいかないんじゃ。そうじゃろうノワ」
「はい、お爺さんの言う通りです。Sさんの言うことはごもっともで、できれば私もその方がいいと思います。皆さんの無事が最優先です。しかし、この国にいられるのも、そう長くはないかもしれません」
「それはどういう意味ですか?」
訊いたのは火力発電所の職員に変身したきりの変身さんだった。
「戦争が、始まるそうなんです。この国と、私たちの住んでいた国で」
「そんな」
「それは確かなんですかノワ」
ショックを受けて黙った変身さんに代わって花せるさんが訊く。それに視線を落としたノワが頷く。
「はい。私と聞かせるさんは旧知の仲です。本人からそのことを先ほど知らされました。冗談などではないと思います」
「だったら、尚更帰国するなんて無謀じゃないですかお爺さん。事態が落ち着くのを待ちましょう」
「ううむ、まさか戦争までするとは、落ちぶれたもんじゃ」
今さっきわけ知り顔で勇ましかったお爺さんの顔が曇ってしまった。命の取り合いだ。主義主張のぶつかりあいだけじゃない。勝っても負けても失うものが多過ぎる。戦争とはそう言うものだと私は授業で習った。習っただけの知識しかないからよくは知らない。それでもそんな状態の国に行こうとはさすがに思えないし、お爺さんを行かせるわけにもいかない。まあお爺さんはゾンビなわけだけど。ん? そういえばゾンビって死ぬのか? いや、死んでるからゾンビなわけだけど。
「私のゾンビは死にません。ただ、切り落とされたり破壊された部位は復活しません」
ほっ。
「そうなんですね。なんか安心しちゃいました」
私がそう言うとノワは少し笑って、
「そうですね、ゾンビを無力化することも可能だということです」
あ、そういえばノワもゾンビだった。すっかり忘れてた。お顔色白で綺麗だな、とか、手が冷たくて気持ちよかったな、とかしか思ってなかったから。ノワはゾンビになったのが死んですぐだったのか、見た目はほとんど普通の人間と変わらない。それはゾンビになって時間が経っている今でもそうなので、魔法の理不尽さには驚くばかりだ。
「それで、ノワはどうするつもりなの」
今度は過去さんが訊く。ライダースーツがとってもよく似合っていて、まるでどこかのエージェントみたいだ。エージェントよく知らないけど。
「私は、ここで負傷者の手当てをすることになっています。それが私と皆さんの無事を確保するための条件でした」
「そんな、それじゃあノワは自由を奪われているも同然じゃないですか」
ノワ一人ならそんなことにはならなかったかもしれないのに。変身さんはそういう意味も含めてそう言ったのかもしれなかった。それでもノワは、
「私は皆さんと過ごす毎日がとても楽しくて大切だったので後悔はありません。でもこれから何人もの人をゾンビにしてしまうとなると少し、いえ、かなり後ろ暗い気持ちではあります」
少し間を開けてノワは続けた。
「すみません。こんなことしか、できないんです」
そんなノワの言葉に私たちは黙り込んでしまう。そもそもどうして戦争なんかになったんだろう、そのことをノワに聞こうとしたとき、部屋の扉がノックされて一人の男がやってきた。
「皆さん、お話の途中すみません。王陛下がお呼びです。あ、王陛下というのは彼がそう呼べというので便宜上そう呼んでいるだけですので、特にお気になさらず。彼はそういう身分というわけでもありませんし」
「そう、なんですか」
頭にハテナを浮かべたみんなとともに、私たちは男の後について部屋を後にした。




