変身の魔法
今日も今日とて街を徘徊していた私は、駅前のロータリーで出社ごっこをしていた時に自分そっくりの後ろ姿を見つけて追いかけることにした。しばらくストーカーして飽きてきた頃に回り込んで顔を覗き込んでみると、多分それは自分と全く同じ顔をした生き物だった。その生き物も私に気づいて大変驚いていた。驚いた瞬間にその生き物が背の高い女の人に瞬きの間に変身していた、としか思えないほどの変化がそこに現れたので、とりあえず私は「私じゃない!?」と叫んで反応を見るに、その生き物が面白いほど肩を跳ねさせた。2日続けて魔法に遭遇した奇跡に感謝するほかない。昨日はあの無限階段のほかにはかぼちゃ頭の猫とあの群青色の髪の少女。少女に至っては魔法使いなのにものすごく後ろ向きで、けれど確かな信念のある素敵な少女ということしか分からなかった。なんで知ってるかというと勝手に日記を読んだのと彼女から少し人生に対する相談を受けたからだ。これも何かの縁ということで。相談したいのはこっちの方なんだが、と何度も思ったけれど、どう見たって年下の、それも魔法使いなんかに相談したって仕方なく、親切仮面になりきって有る事無い事吹き込んでおいた。私は意外と見ず知らずの人間から信頼を受けやすいらしい、初めて知った。内容については忘れた。私は口が硬い。気にしても仕方ないことは忘れる、自分以外のことは大して気にならないのでほとんどのことは忘れるという理由で。
「す、すみません!」
と、完全に目の前の超常現象から意識が遠ざかっていたら、謎の変身生き物が急に頭を下げて謝ってきた。ということはつまり、
「私になりすましてたんですかっ」
許せない。何が何だか分からないけれど、自分そっくりの人間が。まあおそらくこれはつまり変身する魔法なのだろう。想像にたやすい範疇の魔法なのであまり驚きはない。驚きはないけれどなんで自分に変身しているのかは分からないから困惑している。
「どうして自分に変身しているんですか」
「すみません!」
「どうして自分に変身しているんですか」
「すみません!」
埒があかない、どうしようと思って目線を外したら変身の魔法さん、魔法がかけられている人間は魔法さんと呼ばれるのが通常、これも立派な差別だね、が尻尾を巻いて逃げ出してしまった。ああどこへ行こうというのだね。
「待って!」
「すみません!」
次すみませんって言ったらもう絶対に許さない、そう心に決めて、私は変身の魔法さんを追いかけることにした。理由はもちろん。この世で私でいていい人間は一人だけだから。
「またここ!?」
変身の魔法さんを追いかけてやってきたのはまたしてもあの鉄塔だった。しかも脱兎の如く階段を昇っていく変身さんを私は息を切らして見送ることしかできず、これではどうしようもない。困った困った。でも自分に変身できる存在を見つけて野放しになんてできるわけがないし、困った困った。と思っていたら、
「ニャア」
「……ニャア!」
猫流の挨拶を交わしたのは昨日のかぼちゃ頭の黒猫、パンプちゃん、もしくはパンプくんだった。いつの間にか足元に擦り寄っていたパンプに連れられて、私は公園の中に入っていき、土管の中へ案内された。その中にはなんとびっくり昨日の魔法使いさんがいた。
「わっ」
今日もまた可愛い悲鳴をあげてくれたこの子の名前はノワ。昨日聞いて今思い出した、セーフ。
「こんにちはノワ、今日は折り入って相談があって来ました、今いいかな」
というかこの子はこんなところで何をしていたのだろう。体育座りで土管の中に入り込んですることってなんだろう。そう思っていると、
「ここお気に入りの場所なんです、秘密にしていただけたらご相談を承ります」
と、めちゃくちゃ真剣な顔、かなり可愛い、で言われてしまったので承諾。彼女もほっと一息ついて、
「ご相談とはなんでしょう。魔法についてですか?」
話の早い娘だこと。
「そうです、今日もまた困った時にパンプが案内してくれました」
「ああ、あの子はいつも誰かを連れてくるので……。逆にあの子が連れてくる人以外誰も私とは関わりたがりませんが……」
ノワさんが何やらダークモードに入りかけてしまったので、
「とりあえずこっちにきてもらえませんか、いるんです」
「いる?」
「はい、それは見てのお楽しみということで、こちらにどうぞ」
「はい……」
気だるそうに立ち上がるノワ、今日も学生服にローブを羽織っている。昨日と同じ格好だ、お風呂入ったのかな、というかここに住んでるってことないよな、家あるよな、ちょっと心配になりつつ彼女を鉄塔の前に案内すると、
「あれは……変身の魔法さんですね……」
「なんで知ってるんですか!?」
「うわあっ」
「あ、すみません大きな声出しちゃいました」
「いえ、いいんです、驚いたことでしょう」
無理もないとばかりに困ったような笑み、昨日よくしていた表情だ、を見せる。
「彼女、いえ、彼、いえ、変身の魔法さんは……」
やっぱりそう呼ばれてるのか。魔法にかかっている人はその状態の特殊さゆえに代名詞で呼びにくい場合が多い。なので魔法さんと呼ぶことは珍しくない。
「本当の自分を探している最中なんです」
なんて深遠な哲学的テーマなんだ、と思ったのを見越してか、ノワは続けて言った。
「変身さん、双子の兄と一緒にお腹の中にいるときに魔法をかけられたので……その……」
なんて深遠な哲学的テーマなんだ、ってやっぱり間違ってなかった。
「それってもしかして、産まれた時からだったり?」
半ば思い付きで言ってみると、
「そうみたいなんです」
当たってしまった。いや、それはなんて数奇な運命なんだ。そんな人いたのか。でもそれとこれとは話が別だ。
「とりあえず私に変身するの禁止にさせます、話はそれからにしましょう」
「わ、わかりました…………変身さーん、降りてきてくださーい」
ノワが変身さんに呼びかける。ちなみにこの鉄塔の全ての部品は元々人間だったものらしい。それと一人が見張り台に上がると、それ以外の人は階段で無限地獄に陥るようになっているらしい。だからここに昇られると追い付けなくなる、知る人ぞ知る魔法スポットだったらしい。昨日ノワさんから聞いた。私はこの鉄塔に何回も昇っているけれど全然知らなかった。まあここ関係者以外立ち入り禁止って書いてあるし。それはともかく、
「変身さん、降りてきてください、一度話をしましょう、ノワさんから話は聞きましたから!」
「すみません!」
かくして変身さんは鉄塔から降りてきて、ノワに連れられて三人土管の中に四つん這いで入って行ったのだった。
「それでは話し合いを始めましょう」
各々土管の中で好きな体勢になってノワから粗茶がどこからともなく出されて一息ついてから話し合いが始まった。土管の中なので一々声が反響して頭がぐわんぐわんするが仕方ない。外に出ようとするとノワが大変寂しそうな顔をするので出るに出れなかった。ともかく話し合いが始まる。
「私から言いたいのは一つだけです。私に変身するのはやめてくださいということと、どうして私に変身できるのかということです、あ、二つありましたすみません」
私が開口一番自分の主張を口にすると、変身の魔法さん、今は背の高い女性、ロングヘアに控えめそうな優しそうな顔立ち、服装は白のブラウスに黒のロングスカート、黒のハイヒールという出で立ちである、がびくんと肩を跳ねさせて反応した。
「すみません!」
「それはもういいですから……」
もう絶対に許さない。
「そうですよ、変身さん。質問に答えてあげてください」
ノワが優しい口調で諭すと、変身さんは少し落ち着きを取り戻し、やや吃りながら語り始めた。
「あ、あっあなたに変身できるのは、き、昨日あなたをここでお見かけしたからです。私の魔法は長時間、正確に何時間かはわっ分かりませんが、変身したいものを見続ける必要があります。だから昨日ここに、この変身の魔法を解くためのお手伝いをしてもらえないか、ノワに打診しに来た際に、あなたをみ、見かけて、つい……」
なるほど、じゃあ昨日のノワとのやりとりも遠目からこの人は見ていたわけか。いや、だったら無限階段に陥った時に助けてほしかったな。まあいいけど。つい、で勝手に他人に変身しないでもらいたいな。
「ノワさんが噂の無限階段の魔法を解除した時、私はすごく感動して、今日はウキウキで、何にでもなれるような気分で、あなたの姿で街を散策していました。すびま、すみません……」
「変身さん、そのことなんですけど……」
とても晴れやかそうな顔をしている変身さんと、とても申し訳なさそうな顔をしているノワ。二人の間に挟まれた私は知っている。ノワは無限階段の魔法は一時的に解除できるが、変身さんの魔法は解除できない。昨日の人生相談の中で、彼女はそう言っていた。
ノワは四歳の頃、ある日突然魔法が使えるようになった。理由はそのほかの人々と同じく全くの不明で、どうしたら魔法を使えるのかも最初は分からなかったらしい。試行錯誤、という言い方が正しければ、その果てに、ノワは魔法を扱えるようになったというが、それも因果関係を明らかにしたというよりは疑似相関を見出してたまたま扱えるようになったという方が正しく、これもまたほかの人々も同じだった。魔法は人間にとって都合の良い奇跡などではなく、ただの法則であり、それも一人一人、あるいは一つ一つの魔法で異なるものだった。それゆえに魔法を解くということは、その法則を明らかにし、間接的な方法、例えば地球において手を叩いたら音が出るのが魔法だとすれば、宇宙へ行って真空状態で手を叩けば音は出ないのと同じような方法で解くということになる。それか手を叩かないでいられるように過ごすしかない。ただ魔法の発生条件が一つだけとも限らないので、完全に解くとなるとほとんど不可能に近い。というのが魔法を解くということに対する一般的な味方だ。だから昨日ノワが無限階段にしたのは本人曰く一時的な間接的な方法であり、効果はすぐになくなって元の魔法になってしまうらしい。らしいというのはその方法は極秘だというので教えてくれなかった。どうやらお気に入りの場所らしく、何人にも侵されたくないのだという。ずるい。
「そういうわけで、ノワさんは魔法を解くことができるわけではないです」
本人が言いづらそうだったので、大まかに変身さんの誤解を解いてあげると、見るからに落胆した表情になって俯いてしまった。
「そうですか……」
しばらく沈黙が流れて、土管の中は静寂に包まれる。わずかな音も反響するこの場所で、私のお茶を啜る音だけがズビビと響き渡っていた。というかノワさん、なんでお茶出せたんだろう、というかノワさん、やっぱりここいらに住んでらっしゃるのではなかろうか、などと私の頭の中は変身さんの落ち込みよりノワに対する疑問で埋まりそうになりつつ、なんとか変身さんの話を続けるために切り出す。
「三人寄れば文殊の知恵ですよ、変身さん。まずは知っていることを話してください。私も協力します。魔法に困っているのは一人じゃありません。ノワさんのような魔法使いもいることですし、前向きにいきましょう」
「そうですよ、変身さん、私は魔法を解くためならどんなことだってするつもりです。一緒に頑張りましょう」
ノワが身を乗り出して励ます。ほとんど体が密着している形だが彼女はそれを意に介さず変身さんを気遣っている。私もこの献身的な態度を見習わなければならない柔らかくていい匂いがする。
「お二人とも……すみません、ありがとうございます」
変身さんが朗らかに笑う。意識していなかったけれど、とてもいいお顔をしている。優しそうに、柔らかく笑う人だった。まあ変身の魔法使いなのでこれは素顔ではなく、どこかにいる別人のものなのだろうけれど。そう考えると、この変身さんはどんな役でもこなせてしまうのではないかと思う。役者にでもなればいいんじゃないか。というか今何歳なんだ。いろんなことをまだ知らない。俄然興味が湧いてきた私は、変身さんに色々とお聞きすることにした。
変身さんは生まれつきの魔法だった。彼の母親が魔法使いに変身の魔法をかけられたと思ったら、その時お腹の中にいた双子の片割れ、変身さんに魔法がかかってしまったらしい。魔法はその対象をコントロールすることも容易ではなく、手当たり次第に魔法をかけるとこのように悲惨なこと、と言い切ることもできないけれど、まあ困ったことになってしまう。二十年以上前、そう言ったことが世界中で次々と起こったことで、世界は混乱の渦に包まれたのだった。
生まれたばかりの頃は双子ということで瓜二つの見た目を誰も不思議に思わなかった。けれど成長するにつれ、あまりにも身体的特徴が似ていることを疑問に思った母親は、自分にかけてもらうはずだった変身の魔法がどちらか、あるいは両方にかかっていることを悟ったという。結果から言うと変身さんの兄は普通の人間だった。魔法は変身さんにだけかかっていた。変身さんは生まれた時から兄の体を真似た体で生きてきた。その心境は当人にしか分からないけれど、本当の自分を探しているという彼の動機はとてもよく理解できた。
変身の魔法は長時間相手を見続けることで発動すると変身さんは言ったけれど、その実態はもっと複雑で、たとえ相手を長時間見続けたとしても発動しないことがあるのだという。ただ最低条件として相手のことを長時間見続ける必要があるので、やけにずっと見られていると思ったら、それは変身さんの視線かもしれません、ほら、あなたの後ろにもきゃー。などとおふざけもかましつつ、土管の中で三人、どうしたら変身の魔法が解けるのか、あるいは元の自分に変身できるのか考えていた。
「とりあえず、お兄さんの姿に戻らせてもらうことはできないのでしょうか」
そう提案した私に、変身さんは表情を曇らせて言った。
「兄は十年前から行方不明でして……」
「り、理由とかって」
「わかりません、ある日突然いなくなってしまって、生きてるのかも……」
黙り込んでしまう私とノワ。とりあえず似姿に戻れれば納得するのではないかとたかを括っていた私はじゃあやっぱり魔法を解くしかないのかと思っていると、ノワは何やら神妙な面持ちで言った。
「探してみませんか」
「兄を、ですか?」
「もちろんお兄さんも探すつもりです、でもそれよりも」
何を、誰を探すのかと思っていると、ノワは気持ち声を張り上げてこう言った。
「変身さんを探しましょう」
変身さんはここにいるじゃないか。
「私はここにいますが……」
「それでも探すんです。本当の変身さんがどこかにいるかもしれません。変身さんがこれは自分だと思う姿がどこかにいるかもしれません」
「ノワさん……」
何やら哲学的な話になっていやしないだろうか、それだと本当の自分を見つけるというよりは、こういう風でありたい自分しか見つからないのではないだろうか、私なんかはそう思うのだけれど、本人はやけに感銘を受けた様子で、
「お願いします、ノワさん、一緒に私を見つけてください」
「はい、承りました。頑張りましょう。打倒魔法です」
本人たちがやる気なら、まあいいのか。私には分からない何かがそこにはあるのだろう。
そう言うわけで、三人の土管の妖精は変身さんを探すことになった。




