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私と魔法の話  作者: Chiot(シオ)
私と魔法と日常の話
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魔女と日記

 あの子が魔法を使いはじめたのは四歳のころだった。病気で亡くなった飼い猫の墓から遺体を掘り出して、原形の留まっていない頭にかぼちゃを被せて呪文のような文言を唱えると、動かなくなったはずの飼い猫がふたたび動きはじめた。それが儀式による、形式による奇跡ではないことを知ったのは、あの子が五歳のころ。世界各地で同じような奇跡が頻発し話題になっていたころだった。

 拾った日記に書かれていたのは、昔世界中をパニックに陥れたできごとに対する一個人の視点だった。ある日突然、魔法……そう呼ぶほかない奇跡のこと……を使えるようになった人々による一連のできごとによって世界の在り方は大きく変わってしまった、らしい。私が生まれる前、二十年以上前の話。教科書に載っている話だけれど、そのどれもがおおよそ悲劇的で凄惨な結末を迎えている。その一番の理由が、どうして魔法を使えるのか分からなかったこと。魔法をかけることはできても、魔法を解くことはできなかったことだった。ある者は火を噴く魔法をかけられたばかりに、今も火力発電所で火を噴き続けるはめになった。またある者は、他人に自分のいうことをきかせる魔法を使ったばかりに、その者を崇拝する帝国を統治することになった……。いまこの世界に魔法はほとんど存在していない。魔法使いと呼ばれる存在はほとんど残っていない。魔法を使えるようになったのはごくわずかの人々であり、マイノリティであった。加えて魔法の仕組みは明らかにされず、いまではその研究は数奇者の道楽とまで言われるようになった。魔法は一部の人々にとっては奇跡の実現であっても、その他大勢の人々にとっては目障りであり、脅威でしかなかったのだ、と授業で先生が言っていたのを思い出す。もう何年も前の話だけれど。それにしても、

「誰のだろう?」

 日記を検めても名前や住所の特定につながる書き込みはなかった。私はこの日記を街を徘徊しているときに拾ったけれど、拾ったときに周囲を見渡すと、河川敷に向かう道の先にかぼちゃのような被り物をした猫を見かけた。

「これがあのまさか?」

 

 河川敷に向かうと、そこにかぼちゃ頭の猫がいた。やはりかぼちゃだった。猫にかぼちゃを被せてなんとするのだろう。いや、日記の通りなら、あの猫はすでに超常の存在なので気にしたらいけない気がする。私はとりあえず挨拶代わりにニャアと鳴き、プイッと無視されたのでその後ろ尻を追いかける事にした。

「どこに行くんだい子猫ちゃん?」などとおちゃらけていると、河川敷からほど近い公園の側の鉄塔に案内?された。そして上を見上げるので釣られて視線を上げると見張り台に一人の少女を見つけた。つまり彼女がこの日記の持ち主ということでよろしいですか?と尋ねると、かぼちゃ頭の猫はプイッと無視をして離れていった。いけずな子猫ちゃんだ。まあいい、とりあえず日記を返してあげに行こう。


 高いところ。高いところに行こうと思う。高いところに行けば何かが分かると思う。高いところに行けば怖いと思う。怖いと思えば何かが分かると思う。だから高いところ。高いところに行こうと思う。


 私は鉄塔を昇っている。狭くて小さくて少し錆び付いた階段を手すりに掴まりながらゆっくりと昇っている。河川敷に近い公園の傍、関係者以外立ち入り禁止の鉄塔に私は何度か昇っている。今日も昇っている。昇り続けて三十分は経っている。普通なら十回は昇り降りできる計算だ。でも、昇り続けている。なぜか一向に頂上に着かないし、降りようと思っても一向に地表に近付かないけれど、私は鉄塔を昇り続けている。どうしてかというと頂上にいる女の子に用があるから。学生服にローブのようなものを羽織って、群青色の髪を夕焼け空に靡かせている彼女に用があるから。

「あの! これどうなってるんですか!?」

 見張り台の柵の間から両足を投げ出してぶらぶらさせている彼女にかれこれ何度も呼びかけているが反応がない。

「そろそろ気が狂いそうなんですが!」

 必死の叫びも虚しく彼女は体を揺らしているだけ。もしかしたら頂上は風が強いとか音楽をイヤホンで聴いているだとか、わざと無視をしているわけではないかもしれないが、そろそろ気力体力共に限界を迎えつつある私は最後の力を振り絞って叫ぶ。

「日記! あなたの日記を拾った者です! このわけわからない階段どうにかしてもらえませんか!?」

 すると、ゆっくりと彼女がこちらに振り返って、ありえないものを見るように目を見開き、慌てて立ちあがろうとして柵に足が引っかかり、ずっこけた。

「いたっ」

 可愛いらしい悲鳴だった。予想より大分年若い感じに聞こえた。

「い、いまどうにかしますからっ」

 慌てて立ち上がる彼女を見上げながら、私は思った。見えちゃいけないものが見えている。言わないほうがいい、と。

「ち、ちちんぷいぷい!」

 彼女が素っ頓狂な呪文らしきものを唱えた瞬間、ずっと変わらなかった景色がようやく変わり始めて、私は心底安堵した。

「ごめんなさい! 気付かなくて!」

 頂上に向かう私に向かって何度も頭を下げる彼女。

「大丈夫です! それより危ないからもっと内側に寄っていてください! 落っこちちゃいますよ!」

 心配になるほど隅で頭を下げる彼女を宥めつつ、私はようやく頂上に到達した。彼女は俯いてこちらを見上げ、息を整えている私に向かって遠慮がちに言った。

「あの……日記を拾ってくださったとか」

 至近距離で見る彼女の顔はとても白かった。

「あ、はい、あの、拾った時にかぼちゃ?みたいなのを被った猫がこちらに歩いて行くのを見て、日記に書いてある猫と同じだったので、その……」

 疲労と緊張からかしどろもどろになってしまうが、彼女は優しく微笑んだ。

「ありがとうございます…………魔法は初めてですか?」

 少し後ろめたそうに言ったのが印象的だった。

「はい、あ、でも大丈夫です。私は魔法に対して何か思うところがあるわけではないので」

 今の時代、魔法は差別用語だと言われることもあるほど、魔法に対する世間の反応は冷たい。二十年以上前、それだけの混乱と悲劇があったのだ。

「そうですか、良かった……」

 鉄塔に昇り始めた頃は朱色だった空が、気づけば群青色に染まっていた。風が強く吹き抜けて、彼女が続けて言った言葉は聞こえなかったが、独り言かもしれなかったので聞き返さなかった。

「えっと、日記、お返しします」

 代わりに持ってきた日記を差し出すと、彼女はおずおずと手を伸ばしてそれを受け取った。

「ありがとうございます、とても大切なものだったので本当に助かりました」

 そう言って深々と頭を下げる彼女を両の手の平で制して、

「実を言うと、結構中身を読んでしまったんです、持ち主のこと以上に、何が書いてあるのか気になって、すみません……」

 白状すると彼女は少し不思議そうに首を傾けて、

「大丈夫ですよ、落とした私が悪いんですから、それに中身を読んだからパンプに気づいたんですよね」

「パンプ?」

「あ、かぼちゃ頭の猫です、私の使い魔なんです」

「パンプキン、だから?」

「あ、そうです、安直ですよね」

「いえいえ」

 照れ笑いを浮かべる彼女はやはり予想よりも年若く、日記の内容がいったい何年前の話なのか少し気になった。ただそれよりも、

「あの、今この階段にかけられていた魔法って、あなたの魔法ですか?」

 魔法と言うとエレメンツ的なものや超能力的なものを想像しがちだけれど、ほとんどの魔法はそのものの運命を上書きするほどの絶対的な変化を指してそう言う。例えばこの鉄塔の階段が元々は人間だったとしても私は驚かない。いや、驚くけれど不思議には思わない。魔法はそう言うものだ。

「いいえ、これは私の魔法ではありません。言えるのはそれだけです」

 彼女、学生服にローブを身に纏った年若い少女は毅然とそう答えた。

「そうなんですね、変なこと聞いちゃってすみません」

 本当に変なことを聞いちゃったので、次に何を話せばいいのか分からなくなってしまった私はそろそろお暇することにした。そもそもこんな狭くて高いところでいつまでも話しているべきじゃない。ただそれにしても彼女はここでいったい何をしていたのだろう。私の場合は人生に行き詰まった時、それはもはや常時その状態にあるのだけれど、そう言う時に登ってくるわけだけれど、彼女はどうなんだろう。街を一望できる、街外れた場所。

「あの、もう一つ変なこと聞いてしまうんですが、こんなところで何をしていたんですか?」

 それはおそらく自分自身が聞いて欲しかったことだったりするのかもしれなかった。彼女はすぐには答えずに、けれど戸惑うことなく答えてくれた。

「景色を見ていたんです、人生に疲れてしまったので……」

「人生に……」

 思っていたよりもストレートな回答に言葉を失ってしまった私は思った。魔法使いでもそうなってしまう世の中なのだな、と。

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