僕は嘘のスケジュールを教えた。@柿本英治
「その、さ。英治くんはさ、その…倦怠期って知ってる?」
夏休みを目前に控えたある日の放課後、そんな事を花咲さんは聞いてきた。
すかさず僕はとぼけようと考えた。
だって、倦怠期なんてない。
もう終わってるしね。
あとは早く自然に終わんないかなとずっと待っている。
僕は刺激を求めるような男ではない。
基本的にソフト一本しか僕の古いハードには挿さらない。
でも、彼女は二本挿さるらしい。もしかしたら何本でも。ビョーキが怖いから僕は一度もそんな事はしていない。
あ、本彼氏くんとの話かも知れない。
私の友達の話なんだけど、の逆かもしれない。
なら、きちんと答えないと花咲さんが可哀想だ。
「気持ちの不一致、ってやつ?」
「…そうそう」
「うーん。相手が楽しくないなら自分も楽しくないしね。楽しいならそんな事はないんじゃないかな。僕はさくらと一緒で、毎日嬉しいし楽しい」
それは事実だ。嬉しくて、楽しくて仕方がない。だけど、君は? なんて尋ねて困らせたくない。
曇った笑顔は見たくない。
だから聞き返さない。
彼女にとって僕は遊び。いつか忘れ去られて消去されるアプリみたいなもの。だからいつか別れないといけない。
でも好きな子に別れを告げる勇気は僕には無い。
「そ、そうなんだ…ならいいの! ごめんね! わたしも毎日が嬉しいし楽しいよ!」
「変なさくらだね。じゃあね」
「あ、もうちょっと一緒にいない? ダメ?」
「いいよ」
放課後、偶にこんな風に誘われる事がある。多分安全の確約された、彼女の憩いの時間なのだろう。
この時ばかりは周りにビクビクせずに楽しくお喋りしているし、僕もソワソワせずに済む。
この時間は好きだった。
「英治くんはどこ行きたい?」
「ん〜さくらと一緒ならどこだって楽しいよ」
「もー、いっつもそれ〜偶には考えてよ〜嬉しいけど! しょーがないなー。じゃあ英治くんの予定教えて?」
もうすぐ夏休みだからいろいろと辻褄合わせをしておきたいのかもしれない。
花咲さんの誕生日もある。
夏祭りも。
狙い目かもしれない。
そろそろ本命の彼氏くんが積極的に動きだすだろうし、これでやっと別れを告げてくれる。
だから。
だから僕は嘘のスケジュールを教えた。