第二話 取引の内容
ーー2ヶ月前
「これにより、被告に5年の実刑判決を下す」
終わったな。
人を刺したのだ。
こんなものだろう。
実家は田舎なので、すぐに噂が広がるだろう。
両親は肩身がせまいだろうな。
そこは申し訳ない。
しかし、これで判決は終わらなかった。
弁護士が心神喪失のため、責任能力はないと言い始めたのだ。
残念だが、私は正気だ。
人を刺すような人間を、何をもって正気と呼べるのかは分からないが、、私は正気なのだ。
もう、罪も受け入れるつもりでいる。
しかし、精神鑑定をうけることになった。
だが、鑑定はすでに受けているはずだ。
あのとき、たしかに精神衰弱は認められた。
その分、罪も減刑もされていると思う。
だから、今さら、どうなるものでもないと思っていた。
だが、結果は違った。
「ふぁーふぁっふぁっ、あなたは精神病にかかってますね。不安障害、あと幻覚と幻聴ですか? これで正気と思ってるんですか?」
「人を刺すことが悪いことだと分かっている。分かっていて刺したんだ」
「取り調べのときには、通りすがりの男に突然殴りかかられたので、もっていたナイフで応戦した。正当防衛だ! 、、なんて言ってませんでしたか?」
「当時は幻覚が激しくてな。
実際はただ肩がぶつかっただけのオッサンを刺したらしい」
「正当防衛であれば無罪です。
そもそも幻覚が見えるのは正気ですか? 」
「......」
「あなたの家からは、度々、奇声が聞こえると警察に通報があったようです。もう、2年も前からです」
「精神衰弱という意味での減刑はされているさ」
「私はあなたを無罪にできますよ?」
「無罪? 殴ってきた相手だとしてもナイフで何度も刺したんだぞ?」
「あなたが非力なもので、たいして刺さってなくて、相手の男は自力で救急車をよんで、助かってます」
「まぁ、聞いてください。私はね、犯人を捕まえたいんです」
「犯人? 目の前にいるだろ?」
男は少し黙ったあと、しゃべりだした。
「私はあるとき推理小説を読みました。物語にでてくる探偵は名推理で次々に犯人を捕まえていくんです。すごいですよね? 頭のいい人って憧れちゃいますよね?」
「それがどうしたんだ?」
「すごく面白い小説だったんですけどね。読み進めていくとある残念なことに気がつくんです。第一話の犯人からずっと、犯人達の裏には、共通の黒幕がいるんです。でもね、名探偵さんは、その黒幕は物語が終わるまで見向きもしないんです」
「だから、それがどうしたんだ?」
「だからね......私はくやしかったんですよ。ちょっと視野を広くして見るとね? この黒幕とやらが真犯人で、実行犯は実は真犯人を捕まえるための手がかりなんじゃないかってね? で、私が最初に名探偵と思っていたのはただのボンクラだったわけです。悪くもない人を捕まえて、毎回毎回、真犯人を逃してしまうんですから」
「さっきから何を伝えたいのか分からないんだが、、犯人が悪くないなんてことあるのか?」
「例えばです。彼には飼い猫がいました。大好きでいつも一緒にいました。でもね? ある日いじめっこが彼の飼い猫を殺してしまうんです。でね? 彼はなかなか帰らない猫を探して外にでるんです。そしたら家の玄関に彼の飼い猫の死体があるんです。で、それに気がついて悲しむ彼を笑ってる連中に気づくんです。
、、、もし、包丁があったなら彼はその連中を刺し殺しますよね?」
「かもな?」
「でもね、名探偵さんは殺人犯である彼を捕まえて事件解決な訳です」
「残念じゃぁありませんか?」
「俺は猫なんて殺されてないぞ?」
「あなたは犯人です。だから、黒幕を捕まえるてがかりになると思うんですよ!
いきなり多くは求めません! あなたは実験第1号なので、感覚さえつかめればよしとします!」
ワケがわからなかった。
だけど、ワケがわからな過ぎたので、興味が湧いた。
「、、やれやれ。どんな実験なんだ?」
ーー現在にもどる
「ってことがあったんです! 覚えてます?」
「覚えてない。俺は何をすればいい?」
「日記です! いつの日記でも構いませんので、書いて下さい。犯行した辺りの日記なら嬉しいかもですが、、」
オッサンは、何か期待しているような感じだ。
「ムリだと思う。俺にはここ最近の記憶がないみたいなんだ」
記憶がないと告げても、オッサンにひるむ様子はない。
「断片的なことでもいいんです。
とりあえず、30日分くらいあると助かります」
「さっき書いてあったことでもいいか?
3日分くらいは書いてあったと思う」
せっかく読んだので聞いてみた。
他人の日記だが、30日分も思いだせそうにないのだ。
「かまいませんよ! むしろ歓迎です! どんな内容だったんでしょう?」
俺はさっき読んだことを話した。
「ふぉふぉふぉ! いいですね! 期待していた感じの内容です」
オッサンは、聞きながら、ノートにメモしていた。
医者だけあって早いものだ。
「ーーなぜ途中で読む気をなくしたんですか?」
「何か支離滅裂なんだ。
もうしにたいって言ってるみたいな暗い表現があったりするし」
「気にせず読めばいいじゃないですか!
デタラメに見えても気持ちがこもっている部分だけは妙に正確に書いてあったりするものです。
それに人を殺そうとした人が、むしろ死にたいと思っていたなんて私は少し安心ですよ」
「いや、これは俺の日記じゃ、、」
「そうでしたね! では、あと27日分の日記をお願いします。私はさっきの3日からでも何か手がかりをつかめないか調べてみます」
そう言ってオッサンは、どこかに行った。
なぜかウキウキしていた。変なオッサンだ。
残りの日記か、、また勝手に浮かんでくるといいだが。