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☆ 八方塞がり


 帝都の中心から北に広がる帝城に、その忌まわしい報せが届いたのは、例のパーティーから三日目の事であった。


「それを、そこに居た誰も止めなかったと?!」


 帝国第一皇子であり、皇太子のキルレ・ゴーレ・ターズは、チェックしていた書類を机に叩きつけ、報告を持ってきた近侍のヘンリーに詰め寄った。


「学園の卒業パーティーですから、その場で皇子に諫言出来る者など居なかったと思われます」

「胸が悪くなる嫌な話だが…本当なんだろうな」

「残念ながら」

「なぜ今まで報告が無かった?」

「ラクアス殿下がその場できつく緘口令を。どうやら陛下がご帰還なさるまで抑えたかったようです」

「小賢しい事を…」


 キルレは歯噛みしながら吐き捨てた。

 

「…今になって伝わったのは何故だ」

「近衛が、兵舎で見つけたこれですね」


 差し出されたそれは、平民の下層向けに発行されている新聞であった。何度も読み返されたのか破れかけてもいたが、その内容にキルレは目を見張った。


「何という…」


 卒業パーティーでの婚約破棄に断罪劇、それに伴う国外追放。令嬢を利用して皇族に取り入ろうとした親への謀反疑惑が、面白可笑しく書き連ねられている。

 そして…メインはそれを暴いた勇気ある皇子と、話題の美しき乙女に芽生えたラブロマンス……

 もちろん本名は隠してあるものの、誰か推測できる書き方をしてある。

 平民に向けて罰則無しの緘口令など、全くの無駄であった。それに伴い、今は表面に出ていないだけで、既に貴族階級にも伝わっているのは間違いない。

 今夜には出来るだけの対応をし終えた宰相が、青い顔をして来るだろうと思うと、頭が痛かった。


「それで、辺境伯のご令嬢はどうした?郊外の邸にでも連れていかれたのか?」


 それでもスキャンダルだが、国外追放なぞはさすがにパフォーマンスだろうとキルレは訊ねる。

 しかし、ヘンリーは首を横に振った。


「パーティー会場から連れ去られて以降、目撃者はおりません。調べましたが、自宅へ帰った気配も無いままです」

「何だと?」

「それと…追放に伴い、囚人用の護送馬車が使用されたのが分かりました。目撃者も多数おります」

「なっ…!」


 あまりの事にキルレは目を剥いた。

 ヘンリーの報告はまだ続く。


「もっと悪い事に、事前にそれを学園裏に準備していた事と…護送して帝都を出て行く帝国騎士が居た事も、です」

「バカな…」


 キルレの顔から血の気が引いていく。

 これでは、国が辺境伯令嬢を犯罪者だと宣言したようなものだ。


「そんな無体を命令したのは誰だ!?騎士団なら命令書で行く先を…」

「調べることが出来ませんでした」


 ヘンリーの即答に、キルレは厳しい目を向ける。


「彼らに下されているはずの命令書が、存在しておりませんでした」

「何だと?」


 何かあったら後追いできるよう、命令を下した責任者の所在を明らかにするのが規則であった。戦時真っただ中なら分らぬでもないが、平時のこの対応は明らかに異常である。


「さらにですが、護送馬車は確かに使用されておりました。が、共に帝都を出たという帝国騎士に、該当者がおりませんでした」

「は?」

「彼らは学園で接触した者たちに、『帝国騎士団・第六班所属』だと伝えていたようです」

「…何だ、それは」


 キルレは唖然とする。

 騎士団は第五班までしかないからだ。


「…だが」

「そうです。護送馬車は正規の手続きを経て使われているのです」

「…」


 これからの事を思うと、その気持ち悪さにキルレは唸った。


「全て、ラクアスの仕業か」

「恐らくは…間違いないと思われます。現在あの方の近侍候補二人は、軍務卿殿と騎士団総団長の三男ですから」

「ああ、そうか…そうだな。やろうと思えば、出来る、か」


 彼らのいい噂は聞かない。学園での成績も振るわないらしい。それでも皇子の近侍となれば、家の体面も保てると考えたか。


「とにかく、連れ出された令嬢を急いで探してくれ」

「キルレ様、恐らく…手遅れです」


 迷いなく返されたヘンリーの沈痛な面持ちと言葉に、キルレは背中に冷たいものが走るのを止められなかった。


「…まさか…まさか?本当に国外追放にしたというのか?!裁判も無く、その場で決定して、護送…本気だったと?」

「ラクアス殿下と近侍候補は、この数日、何事も無く自由に過ごされています…個人で使用できる館の類も所有されてはおりませんし、他に監禁するにしてもリスクが高すぎますので…そこまでは行かなくても、類似した状態では無いかと」


 がたりと椅子に腰を下ろしたキルレは、呆れたように周囲を見回した。


「……令嬢は、帝都から確実に放逐されているのだな」

「はい。騎士も馬車も未だに戻っておりません」

「つまりもう、彼らは自らが令嬢に構う必要も、生命の維持を気にする必要さえ無い場所に放逐した後という事か!?」


 そして、一つ思いついてハッとする。


「…いや、国外追放ならギリギリ間に合!…う…あ…」


 口に出してから、キルレはその可能性が全く無い事に気付いた。


「お気づきになられましたか…一般的な王国への追放ルートでは、辺境伯領の関を通るのです。向かわせたとは可能性は低いと思われます。とは言え…逆の南のゼント国国境まで、たった四人の騎士で抜けられるとは到底思えません」

「…森で魔獣に襲われるように狙った確率が高い。と?」

「その通りです。……そして護送しているという騎士団員達の素性も全く分かりませんので…その辺りの証拠を消されないように調べております」

「……」


 最悪、だ。とキルレは思った。

 皇帝に近い人間と場所から出てきた顛末にも、一気にキナ臭くなる未来にも。


「…辺境伯は?」

「既に帝都に向かわれている頃だと」

「そうだろうな」


 あそこの機動力は目を見張るものがある。報せはとうに届いているだろう。

 他領に迷惑を掛ける前に敵を殲滅するのが、コンネル領のやり方だ。そんな領兵を纏めている辺境伯は、その上を行く武人である。

 決して、敵に回してはならぬ人物であった。


 キルレは少し考えて、小さく頭を振った。


「既に令嬢の捜索と経緯の詳細を集めさせているだろう。こんなやり方が納得できるはずもない。多分…私では話にならぬと考えて、皇帝陛下の帰還待ちと見るが、どうか」


 ヘンリーもその意見に同意する。


「それでは、皇帝が戻られる前にこちらも証拠を集めます」

「頼む。……元凶のラクアスはどうしている?」


 思い出したようなキルレの問いに、ヘンリーは重い息を吐いた。


「本来なら辺境伯よりお仕事の引継ぎに入っているはずでしたが、空いた時間をお好きに過ごしておられます」

「これ以降、誰にも会わせるな。部屋からも出すな。直ぐに私が向かう」

「ご命令のままに」

「聖女からは?何も?」


 聖女の動きはどうなのかと思い、そう訊ねる。


「神殿側には今回の事、その日のうちに伝わっていたようです。あの場所に神官候補予定の学生が居たようで」

「ほう」


 こちらに連絡が無かったのは、神殿の立場を強固にする為か、事を素早く隠ぺいし、聖女の立場を守るためか。


「すぐに捜索隊が出されたようですが、恐らく王国ルートへ向かったのでしょう。…発見されていれば、動きがあったはずです」


 神殿のスキャンダルとしては、今回の事は大き過ぎる。

 何の罪も無い貴族の令嬢を、有無を言わさずに国から放り出したのだ。これに中心人物として関わった以上、何らかのアクションをしておかなければ、いくら聖女と言えど、泥にまみれる。


「そうか…」

「聖女は…大きくお触れがされたわけではありませんが、神殿で令嬢の無事を祈る祈祷をされているそうです」

「神殿側も取り繕うのに必死だな」

「追放のその前に止めて下されば、それこそ聖女だと評判も上がったでしょうに」

「…そうだな…」


 静かな空が窓の外に広がっている。


「ニーズを呼び戻した方が良いかも知れん…」


 王国に留学中の第二皇子を思い出し、キルレは指示を出した。


「あと、陛下にも出来るだけ直ぐにお戻りいただくように」

「了解いたしました。直ぐに早馬を」

「…ああ、なるべくそっと頼む」


 ニーズとラクアスは、キルレにとって同い年の弟だ。

 キルレとニーズは皇妃エメリアの子であったが、ラクアスは側妃ゼラの子供である。

 同じように育ち、同じ教育を受けて育ってきたが、大人になれば立場は変わってしまうものだ。

 ラクアスが、ほんの数日早く産まれたニーズに張り合っていたのは、城で関わる誰もが知っていた。しかし、剣の腕以外で抜きん出たものが無い側妃腹の彼は、どうしても周囲から一段軽く見られている節はあった。


 キルレ自身は、ラクアスを嫌っているわけでは無い。

 辺境伯の後継として婚姻するのも、彼にとっても国にとっても良い選択だと思っていたくらいだ。


 しかし、今回の事で露呈したのは、皇子と言う立場に伴う権力を振りかざした横暴さであった。国を治める者としての教育が全く御座なりだったと、あまりにも自分本位の計画がそれを知らしめている。


 切り捨てねばならんな…


 皇族なら何をしても良いわけでは無い。民の幸せを考え、真っ当な政治を行っていかなければ、いくら大国でも、すぐに他国か魔獣に飲み込まれる。

 なのに、民の上に立って指針とならねばならぬ立場の者が、個人の欲望を叶えるためだけに、戦争の可能性がある大きな火種を作ったのだ。


「とにかく、令嬢の捜索と調査を出来るだけ進めてくれ、頼む」


 一礼して去るヘンリーの背中を、キルレは苦く見送った。




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