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☆ 真相を知る者


 卒業の諸々が終わったら、間を置かずに婚儀の準備を本格的に始めなければならない。

 愛する娘のために、そしてコンネル領の未来を託すラクアスのためにと、トルカナ・コンネル辺境伯夫妻は、領地でその膨大な準備に追われていた。

 忙しく神経を使うも祝賀のムードが漂う中に、そのあまりにも酷い報せが届いたのは、リオリーヌが処されて三日目の事であった。


 帝都から辺境までは馬車で七日ばかり掛かるその時間を縮めたのは、帝都の邸を管理させている家令の機転であった。

 若い使用人に金を渡し、街道沿いで馬を借り受けながら走れと命じたのだ。


 それでも、三日。


 報せを受けて母親のメドロア夫人は倒れ、辺境伯は単身馬で帝都に向かった。

 辺境の騎士として鳴らした辺境伯には造作もない事であったが、馬を変えつつもやはり帝都に辿り着くまでに三日。

 時の流れに絶望しそうになりながらも、帝都の邸に着いた辺境伯は、家令によって既に出されていた捜索隊を倍の人数に増やして送り込んだ。

 同時に皇帝に謁見の申請をするものの、後四日は皇帝夫妻は戻らない。

 その間、情報を集め、周囲から話を聞けば聞くほどに、トルカナ・コンネル辺境伯は苛立ちと怒りをつのらせていた。


「そこまで愚かな奴だったとはな!」


 血の気が多そうな皇子だと見ていた。その位でなければ、辺境の警護を任せられないと思っていた。

 皇帝から命じられた縁組の裏…辺境領が持っている力を削ぎたいのも解っていた。

 勿論、謀反を起こす気など無い。戦争で膨れ上がった力は、今は頻繁に姿を見せる魔獣に向けられている。

 悲しいかな、戦争においての死体の山は、魔獣達の腹を満たしていたのだと分かったからだ。


「リオリーヌ……」


 その状態は、どの国も同じだろう。

 だからこその絶望が、辺境伯を包み込んでいた。


「娘との結婚が嫌だからと言って、ここまでするか?」


 何度目かの問いに答える相手はいない。

 大きな絶望を怒りというエネルギーに変えて、辺境伯はやっとの思いで顔を上げた。

 情報を集める中で知る事となった、帝国第三皇子ラクアス・ゴーレ・ターズが発したという言葉は、在り得ないものであった。

 己が継ぐ物を貶し、嘲笑い、問題の無い婚約者を手酷く罵り、挙句国の裏切り者だと正義を振りかざし、その処罰として着の身着のままで国外追放…………

 今まで長い間、帝国の盾として仕えてきたコンネル領を、貶めまくってくれたのだ。


「くそ…」


 今城に行った所で、向こうは逃げるだろう。

 言い分けをするならしてみろ。言い逃れなど出来ない位の証拠を集めてやる。


 そして、時間が経つうちに、帝都内に辺境伯自身の酷い噂も流布していた。

 あの場所に、平民の学生が多数居たのが災いしたのだ。

 帝都から遠い領地を持つ貴族が何をしているかも知らず、皇子の大きい声のみでそれを真実と思い込んでしまった子供の群れが。

 噂は風のように早く、皇子の立場と思惑を支持するものとして広がり、今では低俗な新聞が書き殴った酷い記事が受けて、かなりの部数を増やしている。


「…これを…信じたら、良かったのか」


 懐から出したのは、思わず持ってきた手紙だった。


 まさかと思っていた。

 不確実で証拠も無い、あまりにも不明瞭で不吉な報せ。

 それがそのまま実行されたという。…それも、娘の命も尊厳も、ゴミのように軽く。


「旦那様!」


 ノックもせずに飛び込んできた家令の顔色に、辺境伯は返事もせずに飛び出した。

 邸の入り口は大きく開け放たれ、そこに薄汚れて疲れ切った男たちが沈痛な面持ちで立ち竦んでいる。


「辺境伯…様…申し訳…あ…」


 肩を震わせて、両手に乗るほどの汚れた布包を差し出す男は、ぼろぼろと涙を流している。


「これ…これだけ、しか」

「…………」


 震える手でそれを受け取り、辺境伯は包みを開いた。


「……う」


 知らないと言いたかった。

 見たことが無いと言いたかった。

 けれど、それは…とても見知った物だった。


「リ…リオ…」


 片方だけの靴、布の切れ端、破れたリボンとレース…全て地の色は緑色だ。そして、引き千切られたエメラルドのネックレス。

 それらは全て赤黒い液体を浴びたように染まっていた。

 そして、包みの隅にあった小さな紙包みには、血に塗れて固まった髪が入っていた。

 茶色の、長い、髪。


「なぜ…なぜなんだ?…」


 一礼して男たちが下がるのにも気付かないまま、辺境伯はそれを押し頂き、全く動かなかった。

 胸の内で黒い何かが、膨れ上がっていた。






 男たちが言葉なく影のように去った…その開けたままの扉から、人の気持ちの隙を付くように一人の娘が飛び込んできた。

 蹲る辺境伯に気が付くと、少しためらった後で歩み寄る。

 リオリーヌの学友だと分かる学園の制服姿で、ゆっくりと膝をついて辺境伯に声を掛けた。


「……コンネル辺境伯爵様」


 しかし、今の辺境伯に声は届いていないのだろう、蹲ったまま身じろぎもしない。

 主の様子に、自らのショックから先に抜け出した家令が、慌てて娘を押し留めた。


「ご令嬢、今は…ご遠慮を…」

「私、あの卒業パーティーに出席しておりました」


 小さいがしっかりした声音に、辺境伯はゆっくりと真っ青な貌を上げた。


「あの時の事を、どうしても直接お話がしたいのです」


 コンネル辺境伯の瞳に微かな光が戻る。そして震える指をやっと持ち上げると、正体も分からない娘に伸ばした。


「…話を、頼む」


 真実が知りたい。擦れた声に、娘は大きく頷いた。









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