☆ 運んだ荷の確認を
いい天気であった。
帝都から出て小さな町や村の孤児院を巡る旅も、ルエナという街に着くことでやっと終わりを迎える事になる。
コナリがほっとしながら決められた場所に馬車を移動していくと、前方から若い男が二人走ってきた。
「旦那様!」
「お待ちしておりました!」
コナリの部下であるナインとグースが笑顔で走り寄る。
この二人は妻のタルカと同じ出自であり、その縁で雇った部下であった。若いが、商会の中で確実に信用が置ける人財である。
「おお!お前たちも元気そうで何より…で、どうだった?」
「バッチリですよ。二人で二往復しました。…ギリギリでしたけれど」
そう報告する二人の頭に、御者台から降りたコナリのげんこつが落ちた。
「…った!」
「うぉ…」
「無理はするなと言ったよな?…俺もタルカも、一回分の儲けより、お前たちの方が大切だって言ってるよな?」
「……すみません」
頭を素直に下げる二人は、雇い入れてから三年にもなっていない。
色々と任されるようになって面白くなって来たところだと、自分も通ってきた道故に、コナリも理解していた。
「まあ、分からんでもないが…死んでしまっては儲けた後の楽しさを味わえないんだぞ?いいな?」
「はい」
「はい」
「…それで、どうだった?」
指図した商売の方へと水を向けると、二人の顔は得意げに振り仰いだ。
「独占商品でライバルも無くて、凄かったです」
「そうか」
あの、花の道。
今年は利用できるギリギリではあったが、まだ使えるとコナリは見ていた。
しかし、普通の荷を運んだだけでは危険なだけで旨味は無い。
そこで選んだのが、傷みが早くて輸送に向かない果物であった。
コナリは二人に、ゼント国特産の『トレキモ』という果物を大量に買いに走らせ、帝国へ運ぶように指示しておいたのだ。
ゼントでは良くある果物で、とても甘くて旨いのだが、柔らかく衝撃に弱いため、輸送に向かないのだ。傷んだところから腐敗するのも早く、五日も掛けていたら荷が全滅に近くなるため、商人は殆ど取り扱わない。
それを防ぐ為に、別に買い付けた綿でくるみ、工夫して木箱に収納したものを、帝国での商業ギルドで売りさばけと指示していたのだ。
渡された商業ギルドの書類には、意外なほどの金額が記されてあった。
「あと、言いつけ通り、満遍なく種も撒いてきました」
急に潜められた声音に、コナリも低く笑った。
いつかは誰かにばれるだろうが、道の本当の秘密がバレない限り、新たに道を作ってしまえば良いだけだと後日気付いたのだ。
「…よくやった。じゃあ後一仕事だ。この中の荷物を運び出してくれ」
幌を開けた荷台の中へと、三人は乗り込んでいった。
やがて全ての荷下ろしを終えて軽くなった馬車は、返却の約束を守るために帝都へ向けて去っていく。
それを見送った後、コナリは下ろした荷物の一つを抱えて、歩き出した。
「えーっと、あ…あれですね、旦那様」
ナインが少し先に立ち、案内するように歩き出す。
「そうだな」
一番端の遠い場所が、平民専用の桟橋である。
今そこに、そこそこ大きな乗合船が停泊していた。
船を持たない中小の商人が多く利用するそれを、コナリも良く利用している。
中でも一番利用している船は、船員は少々荒っぽくもあるが、船主の意向か、客に対しては当たりが柔らかい乗合船であった。
それが証拠に女性客が多く、金さえ出せば区切られた船室を使わせて貰えるため、子供を連れている今回は二部屋押さえていた。
「コナリ商会のコナリ・ノガールだ。後ろの二人はうちの従業員だ」
乗船口の係員にそう言い、身分証を見せる。
後ろの二人もそれに倣うと、程なく乗船許可が下りた。
そのまま案内を受け、荷物を持ったまま部屋へと向かう。
「タルカ」
ノックと共に声をかけると、すぐさま扉が開く。
こちらの顔を見るなり吸い込むように息を呑んだタルカは、三人の抱えた荷物をひったくるように取り上げて、室内に引き入れた。
「……ネイサン、ルイン、今日の勉強は良いわ。今から母様と遊びましょ。先生も少しお休みになって」
「ほんと!?」
「ほんとに?」
間を開けず、勉強部屋と割り振った続き部屋から、双子が飛び出して来る。その子供たちが、驚いた顔をした。
「お父様だ!おかえりなさい!」
「おかえりなさい、お父様!…と……だあれ?」
ナインの横に立つ知らない男性に、二人の足が止まる。
「ペギー先生のお父様よ。二人だけにしてあげましょうね」
「そうなんだ。こんにちは」
「こんにちは、ペギー先生のお父様」
かわいい挨拶をするうち、奥の部屋から片付けを終えた家庭教師が顔を出す。
そして、目の前に立つ人物に気が付くと、信じられないとばかりに目を見開いた。そして、両手で頬を抑えてガタガタと震えだす。
「え…?え……」
商人夫妻と子供二人と使用人は、それを見て急いで部屋を出た。
「…ほんとう?に、お、とう…さ…」
暗色の地味なドレスにひっつめた髪型。化粧も薄くしているだけの、見知った普段の装いとは全く違う姿。
でもそれは間違いなく、心配し続けた娘の無事な姿であった。
「………ああ、ああ、そうだ。逢いた、かった…リオ…」
商会の使用人のお仕着せは、使い古されて草臥れかけたシャツとズボンの組み合わせ。かの人が身に纏うはずの無いそれであったが、目深に被っていた帽子を跳ねのけた顔と声は、リオリーヌがずっとずっと安心を求めて欲していたそれであった。
「…お、おとうさまああ!」
名を呼び合う声。呻くような、押し殺すような苦し気な嗚咽が、急いで閉めた扉越しに響いてくる。
部屋を出た一行は、急いで甲板まで足を進めた。
「ほっとしたわ…お疲れさまでした、あなた。心配してたわ」
家族全員でリオリーヌと共に移動する予定だったのだが、急な変更に正直神経をすり減らしていたタルカだった。
そして今、辺境伯自身が夫と来るなんて思ってもみなかったのだ。
「済まなかった。俺のわがままだったからな…でも、それで良かったみたいだ」
コナリが説明するこれまでの状況に、タルカは言葉を失った。
辺境伯が貴族ではなくなり、戦争の火種になりかねないとして、帝都から大っぴらに出ることが出来なくなったため、急遽この計画を立てたのだと。
辺境伯自身は平民になっているため、平民としての身分証がいる。
ここまでの旅の間に、彼の名が知られていない田舎の商業ギルドでそれを作り、うちの従業員としてここまで来たのだと聞いて、タルカは大きく目を見開いてため息をついた。
「ここへ来るまでは辺境伯邸のお仕着せで来て、馬車の中で着替えて貰ったんだ。体形の似ているグースと入れ替わらせた。誰かが追ってきてるかも分からなかったから、馬車を返す体にしないとやばそうでさ。で、辺境伯様にはこっちのを着て貰って…って事だ」
「大きく動いたわねえ……まあそれは良かったけど、でも、領の人達は大丈夫何だろうか…?」
故郷でもあるあの場所が心配である。
無意識に甲板でナインと遊ぶ子供たちを見て、タルカは呟いた。
「王国に繋がりがある奥様が居るから、そっちは心配ないそうだ。今頃引っ越しも何もかも済んで、私との離縁も済んでいるんじゃないだろうかと、笑っていらっしゃったよ」
馬車旅の間に、コナリとコンネルは気安く話す間柄になっていた。
そうするうちに、コナリは辺境伯の色々な内情を、王国との関わりを知っていく事になったのだ。
「あー、メドロア奥様なら、心配しなくても大丈夫か」
少し軽くなった気持ちが、タルカの顔を海の方へ向けさせる。
その目の前を、大きくて豪華な帆船がゆっくりと通り過ぎていった。
「あ!お船だ!」
「大きいね!」
遊んでいた子供たちが、二人の立つ手すりに駆け寄ってくる。
「ほう。貴族専用の船か」
ここルエナは、帝国の北西に位置する、ヘイユル男爵領の港である。
しかし、貴族用の大きい船が寄港できるほどの設備は無く、観光できるような場所がある訳でも無いここは、魔獣から身を守れない小商いの商人が使う、せいぜいが中型船が出入りするだけの、小さな港であった。
貴族は王国までの船旅を楽しむためには、ここより南に位置する直轄領のクーレンから乗船して、そのまま王国入りをするのである。
通り過ぎていく帆船の船足は早かった。甲板には貴族の姿がちらほらと見える。
港の見学も物見遊山の一つなのか、おもしろそうにこちらを見ているのが分かるほどの距離だ。
「おーい」
「おーい」
怖いもの知らずの子供たちが手を振る。
向こうの貴族はただ笑って見ているが、一人だけ、日よけの傘を差した女性が手を振り返してくれた。
それを見て子供たちがもっと大きく手を振り出す。
そうすると、他の貴族も笑いながら手を振る人たちが増えた。
「…!……よし、ルインおいで」
コナリは急いで娘を高く抱き上げると、一度ぎゅっと抱き締めた。そして大きく手を振るように言った。
父親の腕の中で、ルインは両手を大きく振った。
「よし、次はネイサン」
同じように抱き上げて手を振らせる。
その間にも通り過ぎていく。どんどん離れていく。
それを惜しむように、日傘をさした女性は急いで傘を閉じると、それを手に持って大きく振り返してきた。
「あー…もう行っちゃった」
「でも、楽しかったねー」
遠ざかる帆船を見送りつつ、子供たちは笑っている。
それを聞きながら、コナリとタルカは顔を見合わせていた。
「……通じたと思うか?」
「あの傘はその返事でしょ。あの子、本当に賢いっていうか…勉強は確かに出来るけど、それ以上に…賢い、いや、聡いって言うのかなあ…たまにビックリさせられるんだよね」
タルカの言いたいことをコナリは察していた。
地図の一点を躊躇いなく指した白い指を思い出す。
恐らく今の邂逅さえ、計算づくに思える。
帆船で手を振っていた貴族の女性は、クルニだった。
「あの船に乗っているって事は、男爵籍に入ったままか…それさえわざとかもな」
「何で?」
「あの船は船足が早いんだ。天気さえ崩れなければ、俺らの船よりかなり先にイルダムに着く。だとしたら……貴族の令嬢の立場で、奥様か奥様の実家に連絡を入れてくれるのでは無いかと」
港町のイルダムは王国の北西に位置している。メドロアの実家の侯爵領は真反対の南東の位置であった。
しかし、書簡を急がせて、侯爵側が人員を走らせれば、迎えが間に合う可能性があるのだ。
「…ああ。あの子なら考え着きそうだわ。でも、それなら直ぐに二人を保護して貰える」
計画は未だ綱渡りを続けている。
それを忘れないようにしようと思っていた中、差し伸べられた安心感のようなもの。
はっきりするのは船が到着しなければ分からないのだと言いつつも、先に行く味方の姿に、少し肩が軽くなった二人であった。




