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☆ 切り取られた青空の虜


 

 封筒を預けた騎士が開かれた門をくぐり、馬と共に走り去る気配が遠くなると、具合が悪いと蹲っていた文官が、周囲を伺った後、何事も無かったかのようにすっくと立ちあがった。

 そして、自分がそうした経緯と、この旅程に隠された真実を手短に、驚く仲間に語った。


「…嫌な役をやらせて済まなかったな」


 トリーゼンは、僅かな戸惑いを見せる文官たちに深く頭を下げた。


「…いえいえ。騎士様方に直接係われる事など、もう二度と無いでしょうし。それに良い物見遊山も出来ましたから」


 芝居を打った文官がそう言うと、横に居る文官たちも揃って苦笑した。

 城勤めの間は長期の旅行など出来ないだけに、その事については良かったのだろう。


「戦の可能性を探るためもありましたし…水面下の我らの仕事で、それが回避できるならとも思っておりましたが…」


 文官たちは本来そのために派遣されていたのだった。

 上の人たちが上手く動けるようにするための、事務方の水面下での折衝を、辺境伯と王国とを相手に、始める積りだったのだ。


「あー、その心配は要らぬよ。戦にはならない」


 すたすたと門番が近寄ってきて、はっきりとそう言った。


「この石壁は、戦のための砦じゃない。辺境から魔獣が他領へ入り込まないための壁だ。…俺はほっとけと言ったんだが、奥様が他領民が困るだろうと仰って、自ら御作りになられたんだ…」


 振り仰ぐ石壁はどこまでも分厚く高い。

 魔獣の数が増えている今、次の領主と討伐兵が来るまでの時間稼ぎのために作ったと説明される。


「…ここは辺境領で間違いないのですね…」


 聞いていた景色とのあまりの違いに、文官たちは改めて周囲を見回す。

 本当ならここは、建物など何もない、草原とも言えないただの荒れた土地だったからだ。


「何というか…お互いが知らないまま動いていた筈なのに、こうも嵌る物なのかと思うと…少し怖いですね」


 トリーゼンに向けて文官は困ったように言った。


「…私が今回の事を連絡した時には、既に出来上がっていたらしい」

「そうそう!後からこの門を作ったんだ」


 門番が自慢げにそう言うと、言われたトリーゼンは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。




 皇帝は結婚を許した第三皇子を、空席となった辺境領主とするように計画を立てた。

 恐らく、荒れ切った辺境にはまともな人員は残っていない。魔獣に襲われるのを見越したうえ、遺恨を残さぬように母子共々送り込むのは決定であった。

 それくらいしないと、今回起こしたの問題の大きさに見合わなかったのもある。


 そんな中、騎士団での不正が明るみに出た。

 皇太子の調査は実に見事な物であった。…が、問題になったのは、あまりにも関係者が多かったことだ。

 一斉に処分を下すことになれば、騎士団の機能が滞る事以上に、それ以外の国の仕事の信用が降下する事を恐れたのだ。


 皇帝と皇太子は、ラクアス皇子が命令に逆らえないのを利用することにした。

 結婚式直後から、不正をした騎士たちと視察という名目で他領を回らせ、辺境まで全員を連れて行き、任務と命令で縛る事にしたのだ。

 騎士団大団長には、息子が関係している事もあって話を通さなかった。


 代わりに指揮官として近衛の中から選ばれたのが、辺境領出身のトリーゼンである。

 ラクアスのしでかした事に怒りを覚えていたトリーゼンは、その話を受けた。

 自分の警護に見知った近衛が付くことを、ラクアスが了解してしまえば、後は楽なものであった。

 トリーゼンは旅程調整という表向きの仕事を与えられた文官の代表と話をして、今回の計画を立てたのだ。


 恐らくは、トリーゼン自身が刃を奮った所でお咎めは無いだろうと思っていた。けれどそれは後に取っておく積りだったのだ。

 何もない丘陵地が広がる辺境は、そこから逃げようと思えばいくらでも逃げられる。

 それを見つけて見咎めた後ならば、剣も振るいやすいと思っていたからだ。


 しかし。その考えは消すしかなかった。


 目の前の高い石壁は、中に入ったものを簡単に逃がしはしないだろう。

 こちらが全く意図しないままに作られていたその壁に、作った本当の目的以外の、何か別の意志を感じてしまったくらいだ。


 これは最初から、罪人を閉じ込めるために作られた檻なのでは無いか。と。




 文官たちを労い、指揮官のトリーゼンは彼らの馬車を帝都に返した。

 予定通りに運んだことで、ほっと溜息をつく。

 詳しい内情を知らせていたのは、気分が悪いと言っていた彼一人だ。彼らは仕事上口が堅いと解ってはいたが、その方が良いという彼に従ったのだ。

 おかげでここまで面倒ごとも無く、奴らだけを先に行かせることが出来たのは有難かった。


 その間にも、開いていた扉は既に下に降りきっていた。

 ズン、と響くその音が合図だったのだろう。

 不意に脇道から、汎用的な拵えの馬車が現れる。

 そこから落ち着いた様子で出てきた数人が、閉められた扉前に立った。

 彼らは懐から杖を出すと、一斉に大きく一振りする。


「おお…」


 せり上がる土と石が石壁に変化していく。そこにあった大きな扉を見る見る覆い隠し、周囲と見事に一体化するそれを見て、トリーゼンは思わず唸っていた。


「トリーゼン様」


 門番が馬に乗り、話しかけてきた。


「予定は終了です。奥様がお待ちですから参りましょう」

「ああ」


 石壁を作った魔法士の一団も、仕事を終えた顔をして馬車に乗り込んでいく。

 動き出したその後ろを、馬に乗ったトリーゼンはゆっくりと付いていった。




 何かの嘘のように……空は、青い。

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