☆ 義理の石壁
引っ越しの算段も付き、領民の行く先もほぼ決まり、隣接している領への挨拶と付届けと了解を貰った今。
メドロアは自ら馬に跨り、目の前に整列する魔法士たちに笑いかけた。
「私のわがままにご苦労を掛けます。もしも不満のある方は、ここから帰還して頂いても宜しくてよ」
並んでいるのはほぼ王国から来てもらった魔法士である。メドロア子飼いの辺境伯領の魔法士は十人もいない。
ターズ帝国には、魔法の力が使えるものは多くない。それは歴史的にそうなってしまった背景がある。
魔法を持たずに生まれてきたために迫害された人々が、ミルシアナ王国を捨てて作ったのが、ターズ帝国の始まりなのである。
だから力を持つものを是として、魔法よりも剣技が貴ばれているのだ。
けれど、魔法の力を持っていても帝国で迫害されることは無い。が、数が少ないゆえに使いどころが分からないのだ。
そもそも訓練もすることが無いので、素質があっても育たないままになってしまう。
嫁いできたメドロアは、その点を改善して辺境領で活かし始めていた所だったのである。
今回の事で、王国の実家と公爵家と何度もやり取りを繰り返した。
戦争にはしないと固く決めたことを告げて、トルカナはそれでもきっとこうするだろうという考えを翻さなかった。
そして、これが残れば、王国の力を長く見せつける事にもなると言うと、やっと実父の侯爵が、魔法士団を送ってくれたのである。
「では、始めましょうか」
言うなり、メドロアは馬を走らせた。その馬上から手にした杖を一振りする。
さっと空気が冷たくなり、薄い氷でできた腰ほどの壁が、メドロアの馬と並走するように現れた。
その後ろを、馬や馬車に分乗した魔法士団が追いかけていく。
三々五々に分かれた場所で、氷の壁を基準にしながら、彼らはメドロアに指示された魔法を使い始めた。
石が、土が、徐々に盛り上がって行く。
上へ上へとせり上がっていくそれらは隣に作られた物と繋がり、やがて大きな石壁になってそそり立った。
「ああ、素敵ね!」
戻ってきたメドロアは、その出来栄えに感嘆の声を上げた。
帝国と王国間にただ一カ所だけある峡谷が、陸路で唯一行き来できる、国境の関である。
険しいながらも人の往来を可能にしてきた道。その狭さゆえに戦争が起きても両国共に攻めきれなかった歴史がある場所である。
そして今、魔獣も外敵も…そして往来する人も…ここを通らなければ移動が出来ないと分かっているため、辺境伯が一番に監督管理下に置き、防衛する場所であった。
もしもこのままこの領を放置したら、あっという間に国境の関が使い物にならなくなるのが目に見えているため、メドロアは魔獣の出現数が多い場所に壁を作り、関への被害を抑える事にしたのである。
今までそれが出来なかったのは、国の力関係が壊れる危険性があったのと、魔法を使える人材が帝国に少なかった事、そして、帝国に謀反の疑いを掛けられないように気を使ったからであった。
ここを抑えてしまえという王国からの話もあったが、メドロアは無視した。
戦はしない。しても大した利は無い。
人の往来を滞らせた上、農作物を作る事も儘ならない厄介な魔獣の生息地を抱え込んだとして、何になると言うのか。
逆に、この厄介な場所を、礼儀知らずに押し付けてしまえば良いと、メドロアは考えたのだ。
壁があるうちは良い。けれど永久的な物ではない。補修と監視と討伐に帝国は新たな人員を割かねばならないだろう。
ただでさえ、魔獣という厄介者の数が増してきている今。だからここは帝国領のままにする。
甘いのかもと思いもしたが、逆に帝国を煽ることになって抑えられてしまったら、最後までここに残る事にしている自分が逃げられない。
国という大きな力が動くであろう未来は、メドロアには分からない。ただ、自分たちに与えられた二か月の猶予の内は、どちらにも好きにさせないと決めていた。
見る見る出来上がっていく石壁を前にして、自分が思っていた以上の出来栄えに、メドロアは魔法士たちを心から労っていく。
「無理はしなくて良いわ!ここまでで今日は戻りましょう」
眺めてみた所、六日もあれば一番被害が出る地域を囲むことが出来るだろうと予想する。その中には現在の領主邸も含めるつもりだ。
海に近い西方は、帝国内を切り立った崖が続いて、魔獣の出現数を見ても問題は無い。
しかし、間に国境の関を挟んで反対側の、現在メドロアが眺めている東方は、荒れた草原の向こうに深い森が続き、その向こうは年中雪を頂く高い峰が連なっている。
その山の麓の森から定期的に魔獣が湧いて、人の住む場所まで下りて来るのだ。
そこを迎撃するように、辺境伯の邸と兵士や騎士たちの防衛線があり、いつ何時でも対応できるようにしてきた場所であった。
深い堀やいくつもの罠、石の塀や塹壕などが点在している。
魔獣との戦いのために特化したその場所を、メドロアは微かに眉を寄せて眺めた。
あくまでも、最後の義理。
次の領主がここへ来るまでの時間稼ぎなのだから、これで良いと。
やがて………魔法士たちの協力の元、分厚い石壁が出来上がった。
ぐるりと大きく取り囲むその景色は、誰もが感嘆の声を上げるほどの圧巻であった。
最後にメドロアは出来上がりをチェックしつつ、自らの魔法で壁をぎちぎちに押し固めた。
「…これで、どれくらい持ってくれるかしら…ねえ」
後ろで苦笑いする魔法士団にお礼を言い、困ったように笑う。
一仕事を終え、そんなほっとした時間の中、魔法士団を王国へ返したのを見計らったように、一通の手紙が届いた。
「あら。珍しい事」
その腕前を皇帝に見込まれ、見目好いことも手伝って近衛になったトリーゼンからの物であった。
「あら、ま」
そこにはラクアスと騎士団の処分の行方、そして側妃ゼラもそこへ行く事になったとの知らせであった。
「…そうなの……先に側妃様がいらっしゃるのね…あらあら、御持て成しの準備をしなくては」
残っていた優秀な使用人全員を集め、メドロアはと計画を練った。
そして、自分の都合で作り上げた壁が、思わぬ効果と威力を発揮してしまう事に気付いて全員が笑った。
「予定外だけど…門を作らなければいけないわね。それも立派な門を。お任せしても良いかしら?」
子飼いの魔法士たちは大きく頷いた。
王国の魔法士と交流する間に、力の使い方や貯め方、魔法に対する基礎的な教えを受けた彼らは、目に見える成長を果たしていたのだ。
自信を大きくつけた彼らは急いで門を作り、装飾まで施した。
そして、それらしくきちんと門番を立てた二日後。
側妃のゼラが眠らされた状態で運ばれてきた。
 




