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☆ 知らぬ事は賢き


 夫と幼馴染を森へ送り出した後、さてどうしたものか。と、廃村に一人取り残されたタルカは思わず空を仰いでいた。

 そして思い出したように、用意された荷物を指定された廃屋に押し込みながら、小さくため息をついた。


 先日聞いたのはまだ推測にしか過ぎない話だった。リオ様の事さえどうなるか分からなかったのに、意外な方面からその危険性が炙り出されてきたのには驚くしかなかった。そして、今はケールと名乗らされている帝国騎士の事も。


「…ああ。コンネル様はどうなさるんだろう」


 まだ起きてもいない、起こるかどうかも分からない計画に、本当だろうかとまだ迷う自分がいる。もしかしたらリオ様の事は無くなるのではないだろうか?と期待している自分がいる。

 でも、騎士たちへの命令は下りてしまっている。話を聞くに、両方の日時と場所と行先にずれは無いのだ。


 うだうだ考えながらも、ケールが自分で用意した四人分の荷物の中身を確認していく。母親かと自分に突っ込みつつ、少し年長だった自分は、下の子供たちにこうしてきたなあと思い出して笑っていた。そしてやはり慌てていたのだろう。いくつか足らないものを見つけ、後で用意しておこうと頭の中にメモをした。


「しかしまあ、貧乏くじ引いたかねえ」


 ふっと笑ったのは、今も夫に対して孤軍奮闘している騎士様の事だ。

 こんなに頑張って準備と根回しをしても、友人たちが計画に頷いてくれるかどうか、全く分からないのに。

 当日自分達だけになった時に、真実と計画を話すと決めていると言っていた。先に真実を知って、浮き足立って計画が漏れたりしないようにとの用心だ。

 もしそれが受け入れられないと仲間が判断しても、最悪リオ様だけは確実に逃がせるからというのが、計画を持ち掛けてきた理由らしい。


「クルニは賢い子だから、連絡係で残って貰って…リオ様は…そうだねえ…」


 タルカは再び天を仰いだ。


 ぶっちゃけた話、『貴族令嬢の亡命の手助け』という大事なのである。


 それをすることに躊躇っている訳では無い。どう上手く隠して逃がそうかと、ずっと思案しているのである。

 夫が計画に乗らなかった場合も考えなくてはならないのだ。


 ケールの計画では、護送してきた帝国騎士と商会は、接触しない方針であった。

 ケール達はこの任務を利用して、自分たちの命を守るための計画を実行するのであって、そこに令嬢の保護は含まれていないからだ。

 後々の事を考えると、無関係を装っていた方が良いという言い分には納得している。


「と、なると…辺境伯のご令嬢のままでは荷が重い、か」


 森で偶然見つけたから保護したと、言い逃れる事は出来るかも知れないが、引き離される可能性もある。


「ああそれに、聖女が魔法術かけるって話だったっけか」


 リオ様にも魔法の力は少し有るから、身体に術を掛ける事は出来るのだろうか。

 出来たとして、死ぬまでそれを追跡し続けるのだとしたら……聖女様はとても良い性格をしているという事だ。


 が、しかし。


 ゼントにリオ様が入ったと聖女に分かっても、文句は言えない状況なのかとタルカは笑った。


 国外追放にせよという…その命令を騎士団が既に受けているからだ。

 その命令が、普通の騎士団なら変更の可能性もあっただろう。が、推測通りに騎士団員そのものの任務失敗を狙っているならば…可能性ではあるが、大きく予想が出来てしまう今……このまま実行されることになるだろう。


 …術でリオ様の存在を確かめる事になったとしても、半月は掛かるし…それよりも、そんな事に怯えるくらいなら、ゼントに逃げ込むまで短期間でも誤魔化せれば?入ってしまえば帝国側に文句は無いんだし……


「戻ったぞ、タルカ!」

「あ、おかえり!」


 思考を止めたタルカははっと顔を上げた。結構な時間考え込んでいたようである。

 昨夜からずっと渋い顔をして、嫌そうに森へ入って行ったコナリが、そんな事は無かったかのように、実に嬉しそうに燥いで戻ってきた。


「その顔は、商談成立?」

「ああ。凄いぞ、二年くらいは荒稼ぎできそうだ」

「そんなに?」


 何を教えたのかとケールの顔を見るも、ヘラリと笑っただけだった。それを見てタルカは軽く肩を寄せて見せた。


「ま、稼がせて貰えるならそれでいいわ……そういう事なら、聞いて欲しい事があるんだけど」


 夫がこちらに協力を決めたなら大きく動ける。その事にほっとしながら、タルカは、リオの身柄についての懸念を口にした。

 今の計画のままリオに国境を越えさせても、下手をするとゼント国で襲われたり、難癖をつけられて、国の保護という形で自分たちから引き離される可能性がある事を。


「…それでねえ」

「うん」

「ああ」

「…リオ様、一度、死んでしまった方が良いかしらって思ったのよ」

「…は?」

「……え?」


 思案しながらも物騒なことを言い切り、それでいて全く悪びれた所の無いタルカに、お前は何を言ってるんだと、男二人の空気が凍る。

 しかしタルカは全く気にせず、はっとしたようにケールを見詰めると、さらに言い放った。


「帝国騎士、あんた達全員もよ。リオ様みたいに、一度死んだ方が良いと思うのよね」







*********




 



 ケールの脳裏にその言葉が不意によみがえった。

 軽く噴き出し笑いしながら、仕込みの終わった護送馬車を森の奥へと運ぶ。繋いだ馬が怯えないことが有りがたかった。手綱を引きながら、しっかりとした足取りで森の中へとどんどん進んでいく。

 鬱蒼とした薄暗さの中で、草を払う音と護送馬車の車軸が軋む音だけが時折響いていた。昼に灯したランタンも、悪路を強引に進む馬車と共に大きく揺れている。暗がりではそこそこ頼りになる明かりを投げてくれて、後続の三人はそれを目視しながら進んでいく。

 やがてケールは足を止めてさっと周囲を見回すと、ポケットにいれていた薬球を一つ投げた。


「ここらでいいだろ。街道がそこそこ見える」

「…よし」

「わかった」

「任せろ」


 ケールは馬車から馬を外して、来た道の方へ急いで引いていく。

 言葉少なく反応した三人は、馬車に積んできた人の頭位の大きさのツボを下ろして、馬車を取り囲むように配置すると、厳重にしてあった蓋を素早く開けた。

 途端に肉の腐臭が周囲に広がっていく。


「急げ」


 ツボの中には、家畜や獣の血液や臓物がいっぱいに詰められていた。

 三人はその中に脱いだ騎士服や支給された剣、取り外した馬具を漬け込んでは、広範囲にばらまいていく。

 持ち物の細工を終わらせると、周囲の草を踏み荒らしつつ、残っていたツボの中身を広く派手に撒き散らした。

 そして、護送馬車からランタンを取り外した。馬車内にもツボの中身をぶちまけ、力任せに馬車をひっくり返すと、扉周りと御者台にもツボの中身を垂らした。


「そろそろ逃げるぞ」


 腐臭が広がっていく中、周囲からの雰囲気が重くなる。

 魔獣や獣が近寄ってくる気配を感じて、申し合わせたように全員が周囲を見回していた。


「これで終わりだー」


 ラデュはそう言うと、外したランタンで、出掛けに自分が仕込んだ布に火を点けた。

 点された小さな火は、染みた油に纏いつくように広がって行き、燻る黒煙をゆらゆらと立ち上らせた。それがだんだんと勢いを増していく。

 そこへと向けて、ラデュはランタンを投げつけた。火の勢いは変わらなかったが、ガラスの割れる音が小さく森へ響いた。

 それを合図にするように、馬を引き、ツボを持って、廃村めがけて走って逃げる。

 燻る煙と燃える油の臭いが、血の臭いと混じりながら瞬く間に広がる。それが魔獣等を牽制したのか、全員が何事もなく廃村まで逃げ切る事が出来た。

 息つく間もなく、掘った穴の中で血まみれのツボを割り、焚火の灰を混ぜた土で埋めて隠す。

 その上に焚火の燃えカスを並べて、簡単には分からないようにした。


「…これで、いいか」


 ほっとして蹲りそうなケールに、三人がねぎらう様に肩を叩いた。


「ああ、上出来だぜ…ケール、ありがとうな」


 キャロがニカッと笑いながら、ぽんと肩を叩いてきた。


「うん。知らないままホイホイ帰還してたら、どうなってたんだか」


 手に付いた油と血を砂で払いつつそう言ったラデュが、ケール越しに森の動きを透かし見る。


「色々と一人で大変だっただろ?すまなかったな。企みに気付いてくれて助かった。ありがとうな」


 纏めた様なポタムの言葉に、ケールは微かに笑うと、皆に掌を向けた。


「…だが、本番はこれからだからな」


 もうひと頑張り。と言うようにケールは立ち上がった。奥に置いたままの自分の荷物を持ち出すと、そこから出発前に皆から預かっていた身分証を出した。一人ずつ確認するように返していく。

 ケール自身も自分の身分証を改めて眺め、やっと自分を取り戻した気分になっていた。


「……なあ」


 キャロが思い出したようにケールを見た。


「あのご令嬢、いいのか?悪い事していないんだろ?」

「…ああ。嵌められたんだよ」

「なら、今から戻っても…」

「そうだよな」


 騎士団の立場でないのなら救い出せるだろう?と言いたげな仲間の顔に、ケールは首を横に振った。


「多分、遅い。…いいか?俺たちはその命令に従って、運悪く魔獣にやられて死んだんだ。…皆が言いたいことは分かるが、ご令嬢を助けてどうする?どこへ逃げる?聖女から印をつけられちまってるんだぞ?」


 ああそうだったと、三人の顔に苦さが浮かぶ。聖女ってクソだな。と誰かがぼやいた。


「そんなのすぐばれる。それに、罪のない令嬢を護送馬車に突っ込んだというだけでも、俺らは全員地下牢へ繋がれる。俺たちに命令したという書類は、どこにも無いって分かってるんだろ?令嬢を森へ放置したのは、俺たちの独断て事にされる…いや、されてるんだよ、もう既にな!」


 ケールは、自分たちが表に出る事の危険性を分からせるために、敢えて仲間に冷たく言い放った。

 安心はさせてやりたいが、事実が漏れてしまうにはまだ早い。ここまで進めてきたことを、余計な情けで邪魔されるのは本当にごめんだ。


「…だからここは引いてくれ。………四人だと目立つ。一旦はばらばらに逃げよう。全員そこそこ剣も使えるんだし、どこかのギルドに所属しても良いだろう、まあ上手い事やってくれ」


 機会を掴んで準備もしてやった。ここから先は個人の技量だ。


「わかった…またどこかで」

「皆、うまくにげろよ」

「じゃあ、またな!」


 埃避けのマントをそれぞれ纏い、時間を置いて街道へ走り出す背中を、ケールは馬具を持ちながらじっと見送った。

 恐らく…多少前後はするだろうが、皆王国へ向かうような気がしていた。


「帝国はもう、俺らにとってはヤバいもんな」


 自分が久しぶりに手にした探索者ギルドの身分証は、辺境領を出る時に、師匠と一緒に作ったものだ。


 オビー・リコット


 その名の子供は、親を亡くした後、流されるように辺境までたどり着いて成長した。

 そしてまた…その始まりの土地から辺境を目指すのだ。


 今度は、自分の意志で。


 自分はリオ様の望んだたんぽぽに成れていたのだろうかと、一瞬思ったが、その答えをこれで出せるものなのか判断は付かなかった。


「行こうか…」


 気を取り直して馬具を付けた馬に跨り、一人街道を目指す。


 森の中からは微かに届く物音と、黒い煙が頼りなくたなびいて…再びここを去るオビーの背中を見送っていた。





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