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☆ 差し上げますから下さいな



 次の日。ケールは朝一番に第五班団長の執務室を訪れていた。

 指定日以外の休みが欲しいと言った所で、易々と貰えるわけも無いと分かっていたので、貯めていた給料からかなりの金額を差し出すと、機嫌を良くした団長は望んだままの三日間の休みをくれた。

 その足で急いで兵舎を出ると、次は年長の幼馴染に連絡を取った。

 商家に嫁いだ彼女…タルカが、この時帝都に居てくれたのは幸運だったと思う。

 商会と言ってもまだ小さなものだ。ケールはタルカ夫婦が滞在している宿まで行って協力を仰いだ。

 ケールは簡潔に自分たちの置かれている状況と計画をタルカに伝え、急ぎ必要な物を買い揃えて貰う事を頼んだ。


「それは…」

「…都合良すぎるだろ、それ」


 賛成しかけたタルカの声を遮り、あからさまにそれを渋ったのは、同席していた夫のコナリだった。

 タルカの出自…孤児だった…を分かっていて夫婦になった男だったが、さすがに妻の幼い時の人脈に振り回されたくは無かった。儲けにもならない事に首を突っ込むのも避けたかった。

 それに、ゼント国に子供を預けてきていることも、迎えの約束の期間を超えたく無い事も、その話に乗れない理由だった。


 けれどケールには、今だからこその切り札があった。それがある事を思い出したからこその、願いであった。


「今なら、ゼント国まで安全に、二日間で抜けられる道を教えられる。見てから決めて貰えばいいから、今はそこまでの荷物を運んで欲しい。その分の代金は支払う」


 今から向こうに行って、コナリにそれを確かめさせることが出来ても、自分たちの決行日までに往復する時間は無い。今すぐになら、帝都で買い付けした荷物を用意する時間はあると、ケールは多少焦りながら計算していた。


「…ほう。二日とは大きく出たな」


 コナリが疑うのは当たり前の事だった。

 国境に横たわる沈みの森に、荷馬車が一台通れるくらいの道は敷かれている。魔獣の群れや繁殖地を避けて大きく蛇行したそこを抜けるには、どんなに頑張っても五日は掛かるからだ。

 それでも、疑いながらもコナリは興味をそそられていた。これが本当なら、大商家を出し抜けるかも知れないと、商人らしい計算が働く。


「…嘘でもともと、だな。真実なら面白そうだ」

「あなた…」

「……まあ、たまには奥さん孝行も有りかな。良いよ、その話、受けよう」

「あ、ありがとう…コナリさん、ありがとうございます」


 ケールがコナリに深く頭を下げて、ハラハラしながら成り行きを見ていたタルカも、ほっと息をつく。


「それで…その計画には、何がどれだけ必要なんだ?」




 急いで話を詰めた三人は、買い込んだ荷物を二頭立ての荷馬車に積んで、ケールが指定した場所、ゼント国方面の廃村へと向かった。


 ケール自身、計画が上手くいくかは分からない。

 けれど、リオ様を助けようと思い、自分と仲間を救いたいなら、自分でやれることはどうしてもやりたかった。


 荷馬車で進む間、ケールは二人に経緯を説明しながら、荷台で黙々と仕事を始めていた。帝都で買い込んだ多種の薬草と木の実、脂、酒精を潰しながら混ぜて、獣も魔獣も嫌がる薬球を山のように作り上げていく。




 半日かけて廃村に着くころには、空に星が見えていた。

 荷馬車に幌を張り、作った薬球を巻き散らかして夜明かしした翌朝、ケールはコナリと馬で森へ入った。

 肩掛けバッグに山と詰め込んだ薬球を、そこここに投げ込みながら、迷う素振り無くどんどんと前へと進む。コナリはその背中を戦々恐々としながら追っていく。


「魔獣は出ないから怖がらなくて大丈夫だよ」


 振り返りつつ、ケールは安心させる声でコナリに告げた。 

 そう言われても、ここは悪名高い沈みの森だろうと、コナリは多少引き攣った視線を余裕ぶったケールに向ける。


「ほら、足元に白い花があるだろ?」

「…あ?……ああ。細かい、これか?」

「そう。その花の咲く時期は、獣も魔獣も寄って来ないんだ。ほら、踏み荒らされてないだろう?踏むとあいつらの嫌いな匂いが強くなるみたいでさ。絶対に近寄らないんだ。逆に追われたら、それを踏んで逃げれば良いのさ」

「…ほう…良く知ってるな?」


 ケールが進む道は、ずっと白い花が続いていて途切れることが無い。

 そこを馬が進むことで、匂いはもっと立ち上っているのだろうか、魔獣も獣も影さえ見ない。


「……なぜ、こんなに続いているんだ?」


 コナリは前を見据えながらケールに訊ねた。

 うねうねと大きく曲がってはいるものの、基本的には一本の白い道のように、不自然に花が群れ咲いている。広い場所は、馬車が通れるくらいの幅が続いていた。

 その呟きのような質問に、薬球を道端にぽんと投げたケールは、眉を下げて笑った。


「昨夜過ごした廃村は、俺の故郷でさ。…子供だった俺らが、森の恵みが欲しくて、村の皆が安心してそれを取りに行けるようにって考えて……まあ、子供の浅知恵だよ。面白半分でタネを撒き続けたって事で…で、ここまで来たって訳だ」


 ほら、あそこだ。とケールは前を指さす。


「あそこと繋ぐつもりは全く無かったんだけどな。使えそうかい?」


 誘われるように顔を向けたコナリの視界に、白い花の道が途切れた向こうの木々の間に、ゼント国に繋がる街道が見えていた。

 木の幹に打ち付けられているのは、街道を示す白い板だ。夜目でも分かりやすいように白く塗られ、赤い矢印と数字が書き込まれている。

 『ゼントまで約二日』と書かれたそれを、コナリは良く知っていた。


「本当だ…」


 商人は寄り集まってこの道を使う。出し合ったお金で護衛を沢山雇い、森の中を五日間密やかに…緊張を強いられる行程を乗り切るのだ。

 白い板と赤い矢印は、行き来する商人たちの共有している印でもあった。ゼント国に近い事を…ここから大体二日弱で行ける距離だと示しているあれは、本物に間違いなかった。


「二日で行けるだろ?」

「あ、ああ…まさかこんな抜け道が……」

「つっても、花の咲く今の時期しか使えない間道だけどな。…これだけじゃ礼には足らないかも知れないけど…ダメかな、コナリ商会の旦那」


 確かに、ほんの春先しか使えない道ではあった。

 しかし商人にとって、時間的には絶対に捨て置けないルートでもあった。

 ブルっと背中を震わせて、コナリは昨日の自分の決断を褒めていた。


「…いや、十分過ぎる。協力しよう」


 その言葉にケールは深く頭を下げた。


「…!ああ、ありがとう!本当に助かる…。でも、馬車隊で行き来したら、すぐに花はダメになって使えなくなる道だろうけど…良いのか?」

「何、心配はいらない。子供に戻って種を撒くだけさ」


 さらっと言い切ったコナリ・ノガールに、ケールは笑った。


「じゃあ、本格的に計画に乗ってくれ」


 馬から降り、地面を撫でていたケールの掌に掴み取られていたそれは、実に細かいタネであった。


「良いだろう。損は無さそうだ」


 コナリは自分に向けて差し出されたそれを、ふっと強く吹き飛ばした。

 来年きっと、自分を迎えてくれると思いながら。






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