赤い王子の告白
玲次は何も言わず、僕と錬を一瞥して部屋を後にした。
錬は鼻を鳴らして、目を手の甲で拭った。
「へっ、なんだよ。聞いたか樹? 玲次の奴、俺を友達だってさ……始めて聞いたぜ」
「良かったな」
「あぁ……じゃ、次は俺の番だな。いってくるぜ」
錬はジャケットの襟を正して日葵の前に立つ。
「卜部……なんか照れるな」
「赤井君。ゴメンなさいでっす!」
日葵が勢いよく頭を下げる。
「まだなんも言ってないんだけど!? ちょっと待ってくれよ!!」
思いもよらぬ不意打ちに錬が叫ぶ、というか俺もビックリ。
日葵は頭を上げて、上目遣いで錬を見た。
「えと、実は私、赤井君とイックンが夜にお話しをしていたことをこっそり聞いてたのでっす。それで……赤井君が愛の言葉をその私に捧げるとか……聞いちゃったので……」
「……」
錬は黙り、一旦を上を見上げて深く息を吸っていた。もう一度日葵と目線を合わせた。
あの言葉聞かれてたのか……というかどうやって話を聞いていたんだ?
「そっか、聞いてたのか。じゃあ、もう俺も緊張しなくていいな。卜部、お前に惚れた。付き合って欲しい」
日葵が答える前に、錬が手でそれを止める。
「ちょっと待ってくれよ。俺は先に気持ちを言っただけだ。他にも伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
笑顔でそう言った赤井に日葵は柔らかくほほ笑んで頷いて答えた。
「俺が女性恐怖症だって樹と卜部は知っているよな。俺さ、大体の女性から異性としての感情しかぶつけられたことなかったから、自分からこんな気持ちを伝えるのすっげぇ怖い。俺が怖いと思ったように卜部が……俺を怖いと思うのが怖い。ハハ、マジでビビってる」
怖がっているような様子は微塵も無いように見えた。しかし、その声の語尾が微かに震えていた。
「私は、赤井君を怖いなんて思わないよ」
「知ってる。だから、ここに立ててるんだ。ぶっちゃけさ、わかってんだ俺も玲次も結果なんて。だけど、この気持ちを抱えるだけなんて勿体ない。俺さ、初恋なんだ。生まれて初めて女子を好きになった。何人もの女子達と遊んだのに、そんな経験なんてなかったみたいに初めてばかりでさ。何を話すのか頭で考えるだけで楽しかった」
一気に話して、錬は息継ぎをした。話の内容は玲次のように整ってなくて思いついたことをひたすらに言うような言葉の連続。だけど、それは紛れもなく錬の本心だった。
「卜部が『怖いのに女子に向き合って凄い』って言ってくれて、それが嬉しくて気が付いたら惚れていた。他にも……いっぱいある。……卜部、俺さ初めて会った時からお前のことが怖くなかった。それは多分俺のことを異性として見ていなかったとか、お前がちびっ子だからとか色々あるんだろうけどさ」
「むむ、赤井君。それって褒めてないよね」
「褒めてるさ。……一番大事な理由は、卜部は『俺』を見てくれた。俺も玲次も真っすぐに自分自身を見られることが怖くて、向き合うことが逃げてた。女性恐怖症なんて抱えて、かっこの悪い俺なんてだれにも認められないって思ってた。だけど、卜部と樹は俺を見てくれた。ありがとう。俺自身を見てくれて、それで褒めてくれて、その真っすぐな瞳が本当に好きだ。大好きだっ! もう一度言うぞ、俺と付き合ってくれっ!」
大きな声だった。これほどに誰かに好意を伝えることが出来るだろうか?
誠実で真っすぐな赤井 錬らしい告白だった。
「赤井君。今の赤井君が一番かっこいいよ。なんだか、泣いちゃいそうになったでっす。……誰かに気持ちを伝えるって怖いよ。私も怖いし、きっとイックンも怖かった。あのね、赤井君。私もずるい子なの本当の私を誰かに見られるのが怖いの。誰かを傷つけたことも何度もあるよ。赤井君は誰かを傷つけるのが怖くて、優しい人になったんだね。逃げてもいいのに、立ち止まって私を真っすぐに見てくれたんだね。ありがとう嬉しい。だから、ちゃんと伝えまっす。私は貴方とはお付き合いできません」
目尻を拭って日葵はそう言った。赤井は深く頷いた。
「おう。だけどさ、俺は諦めねぇぜ。初恋なんだもうちょっとだけ、恋ってやつを楽しむから。覚悟しといてくれっ。卜部。なぁ樹」
振り返り、こっちを見る。
「絶対に譲れないぞ」
「あぁ、知ってる。だから全力でぶつかれるんだ。樹と日葵なら俺がぶつかったって平気だろ? そんなんで揺らぐようなら、さっさと奪うからな。じゃ、また後でな親友っ!」
ポケットに手を突っ込んで錬は俺の背中を叩いて部屋を後にした。背中はじんじんと痛む。
見かけ通りじゃない、その快活な表情からは想像もできないほど強い力で叩かれたのだった。
※※※※※
錬が扉を締める。重たく分厚い扉は完全に締まり、中の音は聞こえない。
左には玲次が壁に持たれていた。
「……なんだよ。いたのか」
「いたさ、僕だけ恥ずかしい所を見られるのは不公平だからな」
「フン、減らず口を……コテンパンだったな」
「そうだな。コテンパンだ。元よりわかっていたさ」
「あぁ、そもそもが間抜けな話だぜ。俺達二人共、樹に惚れている卜部を好きになったんだから……」
それだけが二人が日葵に言えなかった唯一のこと、男としてのプライドだった。
「……あぁ、とんだ間抜けだ。しかも僕達は樹も気に入ってしまっている」
「ハハハ、夏休み中に集まって絶対遊ぼうぜ」
「こっちは大変な状況なんだぞ? ……予定は早めに伝えろ」
二人して、静かに笑いあう。玲次は錬に近づき、両肩を持って後ろ向かせた。
そして玲次も後ろを向いて、背中を当ててくる。
「なんだよ?」
「僕は先に出たからな。……しばらくこうしているよ」
「らしくないんだよ馬鹿野郎……少しだけだけそうしてろ……」
背中合わせでお互いの表情は見えない。玲次がどうして残ったのかその理由を察し、錬は少しだけ俯く、初めての失恋はあまりに痛く、どこまでも優しかった。
目を閉じる玲次と涙を流す錬の姿を、窓から差し込む月だけが見つめていた。
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