天然少女は舞台に立つ
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龍造寺グループの主要プロジェクトの責任者やその関係者、関係のある企業の代表者が一同に会するパーティーは毎年行われているが、今年は様子が違った。
それまでまったく表に出てこなかった、龍造寺会長の娘家族が参加し、さらにその孫娘は龍造寺の重要なポストにつくという。これまで接点がなかったからこそ、この場で少しでも関係を持っておきたい人間は多く、年齢の近い跡継ぎがいる企業はこぞって身内や息のかかった男子を送り込んでいた。
その為、いつもより年齢層が若い者が多く、先んじて公に姿を現した『卜部 日葵』の告白騒動により一種のイベントのように盛り上がりが伺える。
出席者をフロアを見下ろす場所に設けられた部屋で見つめる。幹久は上機嫌だった。
「成果は上々じゃないか。見給え、皆色めきだっている。老若男女、色恋ってのはよい余興だ。父ももともとは日葵を迎えるつもりだったのだよ。姉がどうしようともあの才能は龍造寺のものだ。日葵はフロアにはいないようだね。入り口でスタッフが確認しているから、どこかにいるだろうが……まぁ、彼女は何もしない方が話が早い」
「……まだ、僕に要件があるのですか」
細身な体にタイトなパーティースーツを着た玲次がその後ろに立つ。
「あぁ、あるとも。君のご両親も招待しているからね。しっかりと君の働きを報告するよ」
「……そうですか」
茶番の道化を働いたと言われるのか。それでも自分の立場は保証されればいい。当然、そんな口約束は反故にされるかもしれないが。胸がジクジクと痛む。こみ上げる吐き気を飲み込み、顔を挙げた。
「それで? 僕は何をすれば?」
「適当にパーティーを楽しんでくれたまえ。それだけだよ、君を呼んだ理由は単にお礼が言いたいだけさ」
ガラス越しに映る晴彦の表情は嗤っていた。単純にこの情けない自分を酒の肴にしているのだと玲次は感じる。そしてそれはそれほど外れていない推測だろう。無言で部屋を出ると、錬が立っていた。
ジャケットにシャツと言った出で立ちだが、その表情は怒りで歪んでいる。
無言で二人が歩き始め、錬が口を開いた。
「おい、いつまで腐ってるつもりだよ」
「さぁな、僕を笑いに来たのか?」
「……違う。俺は……卜部に気持ちをぶつける。それを言いに来ただけだっ!」
そう言って錬は前を向いた。これから会場で起きることは茶番かもしれない、しかし錬は茶番だろうと真摯に進むことを決めた。会場は仮面をかぶったかのように感情の読めない金持ちばかり、上滑りする会話の海の中、錬は日葵を探しに行った。
「お前のそういう所が嫌いなんだ」
玲次は錬の背中を見ながら一人で階段を降り、グラスを受け取る。ノンアルコールのシャンパンを持って無気力にパーティーの進行を見守っていた。
予定通りに龍造寺会長が現れグループの功績を労い、簡単な挨拶を終えた。龍造寺会長は子供のように楽し気に後ろの椅子に手を組んで座った。落ち着きなくそわそわしているようだ。まるで、映画館にいる子供の様だ。
幹久が形式ばった挨拶をして、前年の業績を会場に備え付けられ散るスクリーンを使って説明を行った。そしてコホンと仕切り直しの咳払いをした。
「――さて、堅苦しい話はここまでにして、お待ちかね。ここで我が愛しい姪のことを話そう……ハハハ、皆さん落ち着いてください。父も孫達を溺愛していてね。幸いなことに日葵は才能に溢れている。私としては将来の……」
軽快に喋っていた幹久の話が止まる。その視線は電動で降りてきた、照明と作業用のキャットウォーク、そしてその舞台に乗る少女を見ていた。
「みなっさぁああああん。初めまして、今回はマイクを持ってます卜部 日葵でっす!」
力強く澄んだ声がマイク越しに会場に響く。あまりわかりやすすぎる演出だった。それ故に日葵を知る何人かを除き、会場の全員がこれを出し物として認識する。歓声が上がり、さらにスクリーンに日葵が映される。
イタズラに成功した子供の様に笑い。まっすぐにカメラを睨みつける少女はあまりにも自信に溢れている。確かに、これは才能だろうと玲次は感じた。だって目が離せないのだから。
「君は……いつもそうだ」
初めて会った日、半壊した学生会室にて七難八苦を叫び、自由に動き回った姿を玲次は思い出していた。
そうだ、思い出した。卜部 日葵はいつだって、自分の理解を越えていくのだ。
錬もまた同じだった。日葵がどういう状況なのか、玲次の態度と独自の情報網からある程度のことはわかっていた。しかし、それは日葵の母親とか龍造寺会長がなんとかするだろうと思っていたが……彼女は自分で土俵に入ったのだ。金と縁でガチガチに縛られたこの会場で唯一彼女は破壊者だった。
「クッソ、めっちゃ面白いじゃねぇか! 樹っ! お前もいるんだろ?」
一方。樹は……。
「ぬぅううううう。照明の調整なんでこんな重いんだよ。っとそろそろ着替えなきゃ…! くっそジッパーが降りねぇ」
作業着を脱ぎながら照明の角度を調整するハンドルと格闘していたのだった。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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