お節介は困難を招く
色々と衝撃的だった入浴を経て、部屋着に着替える。
もちろんお爺さんも一緒だ。ドライヤーで髭を乾かす光景はそれなりにセンセーショナル。
お爺さんの恰好は作務衣だった……身長や独特の愛嬌も相まって可愛い。
更衣室を出て、階段を降りるとパジャマ姿の日葵と咲月ちゃんに出会った。
「あっ、お爺ちゃん! わーい」
「お久しぶりです。お爺様」
「ホッホ、日葵っ、咲月っ。おっきくなったのー」
日葵とお爺さんが手をつないでくるくる回っている。その光景を見れば、この二人が人並外れた能力の持ち主だとは思わないだろう。仲の良い祖父と孫なのだ。
そのまま全員でリビングに入ると、頑なに目線を逸らす晴彦さんと、穏やかにほほ笑む葉香さんが迎えてくれた。
「お爺ちゃん、イックンとの話は終わったの?」
「ほ? 終わったぞい。見どころがある良き若人じゃわい。おぉう、晴彦君。ようやく九州に来てくれたのか。ヌフフ、待っておったぞい」
注意を向けられた晴彦さんは、頬を引きつらせながら顔を上げる。
「えと、お義父さん。お久しぶりです。中々仕事が忙しくて……アハハ」
「そうじゃろうとも。今後は相応の役職を与えて、もっと休暇が取れるように君の所の会長さんに言っておくから、今度は船釣りでもどうじゃ?」
「いえ、お義父さん。そんな方法で出世はしたくないので……」
「ホッホ、何を言うか。君の営業成績は聞いている、詰めこそ甘いが中々のものだと評価されているぞい。まるで、わざと成績を後輩に渡しているようだと言われているが?」
「そ、そ、そんなことアルワケナイジャナイデスカー」
一連の会話を聞いているとちょっと疑問ができたので、葉香さんによって質問してみる。
「葉香さん」
「なにかしらイックン?」
「晴彦さんって、お爺さんから怒りを買っているとか言っていたんですけど、あの様子をみるに、めっちゃ気に入られてません?」
どう考えても、お爺さんは晴彦さんに好感を持っているようだ。
「そりゃそうよ。そもそも、本当にお父さんが晴彦さんのこと嫌っていたら、毎年のように招待するわけないじゃない」
「……確かに」
よく考えたらそりゃそうだ。晴彦さんが嫌いなら、わざわざ孫と一緒に来るようにしないはずだ。勤め先の会社にまで話をするなら、よっぽど会いたいに決まっている。
「お父さんは若い人の頑張っている姿が好きなのよ。駆け落ちの時は、ちょっとは怒っていたかもしれないけど、すぐに晴彦さんのことは認めているわ。その後のことは……まぁお父さんなりの愛情表現ね。シスコンの幹久からはガチの嫌がらせがあったけど……」
「あぁ、なるほど」
駆け落ちをして、なんとなく罪悪感を持っている所に実家から、愛情交じりとガチの憎悪をぶつけられたのか、そりゃあ苦手意識が染み付いてもしかたない。というか、晴彦さんわりと頑張ってたんだな。とてもそうは見えないけど。釣りの話題を振られてしどろもどろになっている晴彦さんを見ていると、クスクスと葉香さんが笑った。
「イックンもお父さんに気に入られると思っていたわ」
「気に入られてるんですか?」
「当然よ、だってお父さんと日葵は似ているもの」
それはつまり俺が日葵に気に入られているからであって……どことなく、気恥ずかしい空気になったので、避難しよう。
ソファーに行くと咲月ちゃんが飲み物が入ったコップを渡してきた。
「お風呂上りで喉が渇いていると思って、特製のフルーツ牛乳です」
「ありがとう」
「わーい。私も飲む」
「お爺ちゃんも飲むぞい」
「あっ、じゃあ僕はお風呂に行ってきます」
晴彦さんが入浴という逃走を行い。お爺さんが横に座った。足がちょっと浮いている。
「はい、用意してきますね。少しお待ちください」
咲月ちゃんがキッチンから追加のコップを持ってくると、扉が開く。
「会長……探しましたよ」
ややゲッソリした表情で幽鬼のごとく入ってきたのはアロハシャツの森重さんだった。
「にょ!? シゲッ、ダミーの情報をばら撒いたのに早いではないか!?」
「そのせいで、福岡中の飲み屋を回るところでしたが、いっそ直感に頼ってここに来れば案の定でした」
「グヌヌ、やりおる」
「いいから、飲み物を飲んだら、明日の会議に備えて近くのマンションまでいきますぞ」
「嫌じゃい、嫌じゃい。今日は孫とお泊りするんじゃい」
「ええい、老人が駄々こねてどうしますか。そもそも、会長が催しを企画したせいで忙しいんでしょうが!」
「そなのお爺ちゃん? それなら頑張らないとダメだよ」
「森重さんを困らせるのは良くないと思います」
「二人までっ。うぅ、葉香~」
「慈悲はないわ。今回の件で迷惑を被っているし、予定が空いたら一緒に泊ればいいじゃない?」
「親不孝者~」
ということで、森重さんに引きずられてお爺さんは屋敷を後にした。嵐のような人だったな……。
ちょうど牛乳を飲み終えたので、同じく飲み終えていた日葵とお爺さんのコップを持ってキッチンに洗いに行く。
「あっ、イックン手伝うよ」
「コップ洗いくらい一人で大丈夫だよ」
「そっか。ありがとイックン、お礼にヒヨちゃんがなでなでしてあげましょう」
コップを持って立っていると、日葵がソファーに立って頭を撫でてくる。小さな手がくすぐったい。
「……もういいか?」
「もうちょい。イックンパワーを仕入れてます」
何その謎パワー?
「私も……なでなで」
なぜか咲月ちゃんにまで撫でられる始末。姉妹の包囲網を脱出してキッチンに行ってコップを洗って帰ると、チャイムが鳴った音。備え付けられているモニターに門の外が表示される。
そこに映っていたのは……錬だった。
「あら、この子は確か……赤井君だったかしら?」
「えっ、赤井君来たの? どしたんだろ?」
「この時間に非常識です。追い返しましょう」
「……一応俺が出るよ」
知らない仲じゃないしな。同じ場所に泊っていることも知っているはずだ。
『もしもし、樹だけど。こんな時間にどうしたんだ?』
『樹か、ちょうどよかった。ていうか本当に卜部と一緒なんだな』
『言っとくけど、日葵は出さないぞ』
まさかここで、俺も泊めてくれとは言わないだろうが、なんでここに来たんだ?
『いや、俺が用事があるのはお前だ。ちょっと出て話さないか、大事な話なんだ』
カメラ越しだがその表情は真剣そのものだった。からかいに来たってわけではなさそうだ。
『わかった。いくよ』
一旦通話を切る。
「というわけで、ちょっと行ってきます」
「ダメです! 変なことをしてくるかもしれません」
「んー赤井君は多分そんなことをしないと思うでっす。私も行くよ」
日葵が手を挙げるが、首を横振って止める。
「こういうのは、男同士の話なんだ。やばくなったら頼むから、待っててくれるか?」
「むー。かっこいいなぁイックンは、約束だよ。困っている時は七難八苦、ヒヨちゃんにお任せだからね」
心配そうな咲月ちゃんに、笑顔の日葵、葉香さんは机でニマニマとこっちを見ていた。
部屋に戻って薄手のパーカーを羽織り、門まで行く。
「少し向こうでいいか?」
「わかった」
カメラが気になるのか、道路の先を示してきた。その表情は陰鬱でどこか怒っているようだ。
歩いて移動すると、錬はこちらに向き直り頭を下げてきた。
「頼む、青柳を助けてやってくれっ!」
星が良く見える夜にその声は響く。……思い出すのはこれ以上ない苦しそうな表情で日葵に告白した青柳の顔。正直、あの時のことは本当に腹が立つ。しかし、彼が望んでいないことも分かっていた。
「事情を話してくれ、それから考える」
「ほんとかっ、助かる!」
断ればいいものを、なんて思いもするがここで見て見ぬふりをすれば、日葵にふさわしい男にはなれない気がした。あぁ、夜空よ七難八苦はほどほどにしてほしいぜ。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
https://ncode.syosetu.com/n9344ea/




