やっぱり『天然』お爺さん
首を傾げるお爺さんにパニックになるが、ここにいる以上多分日葵のお爺ちゃんだろう。
と、とりあえず挨拶だ。
「えと、初めまして。俺、いや自分は日葵さんとお付き合いをさせていただいている……」
「ほっほ、冗談じゃ。知っておるよ、君がおると聞いたからワシも入浴をしに来たのじゃ。ババーン、驚いたかい? どうも初めまして、龍造寺 大樹と申します。いつも日葵がお世話になっております」
手を挙げて舌を出す仕草は非常にコミカルで人懐っこい。……日葵に似ている。
瞳は少年の様に澄んでいて、皺まみれの顔であるのに若々しい。
「……驚きました。ここに来る予定だったんですか?」
「いんや。今日も今日とて仕事三昧じゃ、孫娘に会いたくて抜け出して来たのじゃ」
「そうですか。日葵も喜びます」
「じゃろ? それなのに、葉香の奴はさっさと仕事に戻れとか言うんじゃよ。お爺ちゃん寂しい……」
風呂場でのの字を書き始めた。その背中には哀愁が漂っている。
「大変なんですね。……あの、一つ聞きたいことがあるんですけど?」
「うん、なんじゃ? ワシと婆さんの出会いは闇市で砂糖の壺を命がけで奪い合ったところから――」
「いや、そうじゃなく。それも気になりますかけど、お爺さんは幹久さんみたいに会社とか企業に日葵を入れたいと思うんですか?」
これだけは聞いておきたかった。どうしてこんな状況になっているのかその真意を知りたかった。質問された一瞬、わずかにその目が細まる。しばしの沈黙後、お爺さんが正面に向き直り静かに口を開いた。
「日葵は良く笑うようになったと葉香から聞いている。君のおかげじゃよ」
「日葵は出会った時から、よく笑っていましたよ」
そう、一年生のころ。忘れもしない初めて出会ったその時から、彼女の笑顔が印象的だった。
「それは君との出会った瞬間から日葵の笑顔が増えたからじゃよ。知っておるだろうが、日葵は大抵のことは人並み以上にこなせる。自惚れるわけではないが、ワシもそうじゃった。ただひたすらに、生きる為に働いた。仲間と一緒に、友と肩を並べて、必死で戦った。敵は……時代じゃったのかなぁ」
老人の表情は見えない。ただその曲がった背中にどれほどの重みを背負っているかを想像することはできる。
百年も経っていない過去の時代に何があったのかは教科書で読んでいるけれど。ただ、その時代に生きた人達が今のこの国を作ったことを実感したことは無かった。その語りは朗々と続く。
「振り返れば、遠くに来た。婆さんは病弱じゃったから、早くに逝ってしまっての。……あれが生きていたら、幹久もあそこまで誰かに縋ることもなかったろうにの。……スマン、脱線したな。ワシは日葵を企業に就かせるつもりじゃったよ」
お爺さんはこちらを向いて、優しくほほ笑んだ。
「……理由は日葵の能力ですか?」
「そうとも。ただ、その能力を企業の為に生かそうとしたわけではない。君ならばわかるはずじゃ、あの子は『困難』を求めていた。……破滅するほどにの。ワシにとってはそれは常に目の前にあったが……この時代にあって、日葵にとっての困難は限られていた。日葵は優しい子じゃ、誰かと戦うことはできん。しかし、その才能は想いに反し発揮する場所を望み、あの子を苛んでいた。……ワシは、日葵がその才能に潰される前に、居場所を与えたかった」
困難を望み、己の身を厭わずに突き進む日葵を思い出す。その痛々しい姿の片鱗を確かに見たことがある。だけど、俺は……。
「俺が日葵の居場所になります。だから……日葵が好きなように生きる機会をくれませんか? あいつが暴走しそうになったら、俺が必ず止めます」
その覚悟をするのにどれだけ時間がかかったのやら。日葵はずっと待ってくれていたのに。
「あっうん。いいけど?」
「軽っ!?」
普通に即答された。それまでのシリアスな空気が霧散していく。話の主旨がずれてたかのようにお爺さんが掌をパタパタと振る。
「いや、ワシ。そのつもりで人事配置の再調整とか色々してたぞい。なんだかんだ日葵の様子は知っておったし、君と出会った後の日葵を見ればわかる。君はあの子にとっての最も難解な『困難』を授けてくれたのだと」
「『困難』ですか? えと、特に心あたりがないですけど」
むしろいつも恋愛的にやられているような気がする。
「ホッホ、それくらいは自分でわかりなさい。しかし、それなのに何かややこしいことになったのぉ」
コミカルな動作で首を捻るお爺さん。なんとなく、うん、見えてきたぞ。この人……。
「ちなみに……今回の催しに日葵を呼んだのは?」
「えっ。あぁそれは、友達に孫自慢されてのぉ。『ワシの孫の方がプリチーじゃわい! 今度自慢したる』言ったのがきっかけじゃ」
「マジで、裏も何も無かった!」
もっとこう、シリアスな理由があるのかと思ってた!
「そのせいで、なんか他の企業の御曹司が面会を求めてくるし、幹久は古い体制の変更を拒絶するし、いやぁビックリ」
「わりと大事になっていますけど、どうするんですか!?」
「頑張れ、若人」
グッと親指を立ててサムズアップしてくる。
あぁ、やっぱりこの人。
天然か!!!!!!
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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