赤い王子は助けられる。
夏も近づく帰り道。夕暮れなので、そこまで熱いというわけではないし、風もいい感じに吹いていたのだが、教室で寝ていたせいか喉が渇いたので、日葵と一緒に自販機でジュースを買う。
「イックンは炭酸好きだよねー。私は苦手です、オレンジ、ピッと」
「夏はサイダーってイメージなんだよな」
腰に手を当て、風呂上がりの牛乳のように、日葵は青汁のCMのようにオレンジジュースを一気飲みした。
「なんで一気に飲むんだ?」
「気分っ」
二パッと笑われると、謎に説得力があるな。
流石にサイダーを一気はできないので、俺だけ缶を手に持ってチビチビと飲む。
「それでさ。やっぱり、醤油だけじゃ物足りないから、今工夫しているんだよね」
「あの肉団子の味はそういうことか、っと、ここまでだな」
商店街を抜けた分かれ道。ここで日葵とは別れることになる。
「じゃあ、明日」
「うん、明日。あっ、お昼は庶務室で学生会の雑務なんだけど、イックンも手伝ってよ」
「学生会の仕事を手伝ってもいいのか?」
「放課後の学生会室の仕事は秘密なんだけど、お昼の手伝いは他の人もいるから大丈夫だよっ。そしたら一緒にお弁当食べれるね」
「わかった。楽しみにしてるよ」
「やったー。イックンがいるなら楽できるよ」
「言われたことしかできないぞ」
「わかってるって、じゃあね」
ブンブンと手を振る日葵に挨拶を返して、一人で帰路に着こうとするが、忘れ物に気づいた。
「そういや、今日は新刊の日だっけ」
愛読している漫画本の発売日だった。多少遠回りだが、駅前の本屋に行くか。
別に発売日にこだわりがあるわけではないが、気になるとどうにも放って置けなくなるのは俺の悪い性分だ。
財布の小銭を確認して、駅前へ方向転換。制服姿のまま寄り道が見回りの先生に見つかると注意されるが、まぁ本屋による程度ならバレないだろう。日葵なら、着替えてから行けと言いそうだけど。
――幸い本は問題なく買うことができた。が問題が起きた。
本屋の前を歩く男女の集団……。その中に赤井 錬がいたのだ。普段なら気にならないが、日葵を誘った王子のうちの一人だ。赤井は青柳と違い、女子とよく遊ぶことで知られている。
しかし、一人に肩入れすることなく、どちらかというと女子からの誘いで遊ぶことが多いという噂だ。
自身の連絡先も教えないし、ファンの女子にも愛想が良い。男女問わず友達が多く、それでいてどこか距離を置いているような印象だった。特定の相手を作らないのは人気者の秘訣なのかもしれない。
別に、彼が誰とどこで遊ぼうが構わないのだが、日葵のことがあって気になり目で追ってしまった。
本屋のガラス越しに見た赤井の表情は笑顔だったが、顔色は悪いように見えた。気のせいかと言われればそれまでだが、いつかの暴走して体調を崩した誰かの姿と重なった。
「……まぁ、関係ないか」
あの陽キャ集団に何ができようか。赤面して、うっとりとした表情で赤井を見る女子と、その周りの男子は他の女子との話に夢中のようだ。このまま帰ろうと集団が過ぎるのを待つ。
ガラス越しに通り過ぎる赤井は上着を担いでおり、シャツの背中は汗で張り付いていた。今は夕暮れでそれほど熱くないというのに。
さて、今日の晩飯は何かな? 本屋を出て、帰路に着こう。
……気になると、放って置けないのが俺の悪い性分だ。
踵を返し、集団を追って赤井の肩を掴んだ。
「あん?」
長身の赤井がこちらを向く、触った肩は湿っていた。冷や汗だった。
「悪い、顔色が優れないように見えたんだ。大丈夫か?」
「ちょっと、急に何なの!?」「ヤバイ人、誰か呼ぶ?」「つーか、同じ高校じゃん」
集団が騒然とする。注目を浴びて、胃が痛くなる思いだが、これであしらわれて終わるならそれでいい。
「……ゴメン皆。俺のツレだわ。冗談やめろよな~。ドッキリかよ。ちょい話してくる。先行っててくれ」
赤井がそう言って、肩に手を回してくる。
集団の緊張が解け、適当な言葉が投げられる。そのまま反対方向へ進んでいくのを確認して、赤井に話しかけた。
「モック(ハンバーガー店)で休むか?」
「……そうしてくれ」
こうして、我が校が誇る王子様をファストフード店で介抱することになった。
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