お節介の天然対応
卜部家での着せ替えが終了し、バタバタと送迎の車に乗り込む。
車の中で、日葵がネクタイの結び目を調整してくれる。日葵は落ち着いた白のワンピースタイプのドレスに花の刺繍があしらわれているものだった。普段は括っている髪を編み込みにしており、可愛らしくもどこか大人っぽいニュアンスが出ている。薄く化粧もしているので、なんだか別人みたいだ。
「似合っているよ、イックンっ! ほら、まっすぐになった」
ゆったりとした助手席には鏡が備え付けられており、身だしなみを確認することができるようだ。
「ありがと、意外と動きやすいんだな……靴は固いけど」
卜部家女性陣のチョイスで選ばれたスーツに身を包んだ俺もまた、普段とは別人のようだ。
ブランドもわからない服を着ているわけだが、不思議と着られている感じは無い。
茶色のチェック柄でカジュアルな感じだ。ジャケットも見た目よりは通気性もいいし、なにより着心地が抜群にいい……スーツに金を掛ける気持ちがちょっとわかるぜ。
「革靴はしょうがないわよ。晴彦さんもバッチリね」
「葉香さんのおかげだよ。たまにはこういうのもいいものだね」
晴彦さんもビシッとスーツで決めている。ちなみに葉香さんはフローラル柄とでもいうのだろうか、空色の下地にカラフルな花が描かれている大変に目立つドレスだった。ただ本人のスタイルが良いのと、普段からコスプレをしているせいか、見事に着こなしているという感じだ。
「私は……ちょっと、露出が気になるかな」
「何言ってんのよ。それくらい普通よ」
「サッキー、可愛いよ」
咲月ちゃんは日葵と対の黒いドレス、余計な装飾も無く大胆にノースリーブかつ、背中も露出している。流石に恥ずかしいのか、ボレロを羽織っているが……大丈夫か中学生という気分になる。
もちろんめっちゃ似合っているのだけどね。そんな感じで話していると、あっという間に高層ビルが並ぶ通りに車が入り、ひどく分かりづらい狭い入り口から地下へ車が入っていく。
どうやら、地下に駐車場があるようだ。ほどなくして車が止まり、ドアが開かれる。
「お待ちしておりました。卜部様」
開かれたドアの先ではスタッフが6人ほど向かい合う形でスタンバイしていた。
ええと、確かこういう時は……。晴彦さんと俺が先に降りる。
晴彦さんが咲月ちゃんと葉香さんの手を取って車から降ろし、日葵の手を取った。
緊張でギクシャクとする俺が面白いのか、日葵はニンマリとこっちを見て笑っていた。
「ニュフフ、イックン。ロボットみたい」
「からかうなよ。いっぱいいっぱいなんだ」
「大丈夫だよ。あくまで小さなパーティーなんだから。おいしいご飯が一杯だよ」
「緊張で食べれる気がしないな」
手を取って、通路を歩く。突き当りのエレベーターはすでに待機状態だった。
乗り込んで、スタッフが押したボタンは……やっぱ最上階だよなぁ。
たっぷり時間をかけて上昇するエレベーター。途中で止まることも無いのか、そういうものなのか。扉が開くと、また扉、どうやら会場の前に来たようだ。
「おぉ、来てくれたか。時間通りだね、会いたかったよ姉さん」
横から声がかけられる。よく通る声だ。
顔を向けると、人の良さそうな笑顔の男性がいた。短髪で体も引き締まっている。
「久しぶりね幹久。急な呼び出しで驚いたわ」
「おじさんお久しぶりでっす!」
「……お久しぶりです。幹久叔父さん」
「日葵に咲月も、立派なレディになってしまって。私も年を取るわけだ。急な呼び出しになったのは姉さんに少しでも早く会いたいからさ。どうせなら、『友達』も紹介したいと思ってね。手っ取り早くパーティーを企画したんだ。ドレス、似合っているよ。姉さんはいつも同じデザイナーのドレスを――」
饒舌に喋りながら葉香さんに近づく、幹久と呼ばれた男性。その間に晴彦さんが前にでる。
……なぜか、俺の肩に手を回して。二人して、強引に間に入る形になった。
「やぁ、久しぶりだね。幹久君」
「……お義兄さん。来ていたんですね。普段九州にいらっしゃらないから、来ないのかと思っていましたよ」
幹久さんの笑顔が大きくなる。……が、それは喜んでいるのではない感じだ。
まるで、表に出そうになった感情を笑顔の仮面で抑え込むような印象。第一印象だけど、なんかこの人怖いな。
「ハッハッハ、僕も来る気はなかったんだけどね。どこぞの誰かのせいで会社から休みを押し付けられてね。まぁ、たまにはいいかなと思ったのさ。おっと、こっちは日下部 樹君だ」
……名乗りの練習もあったのに随分と強引だな。なんか葉香さんがニヤニヤしながらこっちを見ているし、絶対悪いこと考えてるだろ。
「日下部 樹です」
「龍造寺 幹久だ。君のことは姉から聞いている。今日は私的なパーティーでね。君には居心地が悪いかもしれないが、是非楽しんで欲しい。だれか知り合いでもいれば良いのだが」
律儀にも俺のことを心配してくれたようだ。まぁ、居心地が悪いのは覚悟の上だし問題ない。
「大丈夫です。日葵と一緒にいますから」
「うん、一緒にご飯食べようよ」
日葵が元気に手を挙げる。立食形式のパーティーだと聞いているが、それならご飯食べるのは二の次だろうに。呆れて日葵を見ると、その横の葉香さんが口元を押さえてプルプルと震えていた。まるで笑いをこらえているようだけど……えっ? なんか不味かったのか?
「……なるほど。君は…君も、そういう人なんだね。人を待たせているので、失礼する。姉さん、後で話そう」
そのまま幹久さんは場を離れて行った。変な人だな。
※※※※※
幹久が去っていく背中を見て、葉香は笑いをかみ殺さずにはいられなかった。
あの拗らせたシスコンがわざわざ父に黙って、この場所を用意した理由は日葵を狙ったからに他ならない。この会食はいわば数日後の催しの前哨戦。抜け駆けの為の特別チケットを自分の息のかかった人間に配ったものだ。
その会に日葵の彼氏を連れて行く。その挑発的な行為に対し、幹久は樹に『だれか知り合いでもいれば良いのだが』と言った。それは言い変えれば『お前は一人で大人しくしてろ』という牽制だ。
その牽制に対し、樹が言ったのは『日葵と一緒にいますから』。
これが笑わずにいられようか。愉快なのは、例えその意図を樹がくみ取っていなかったとしても、結果が同じであるということ。
彼は日葵の隣にいるのは自分だと、宣言し、心からそう思っている。
意識することなく、幹久の言葉に対し天然でそうい言った彼に幹久はやり込められたのだ。
「頼んだわよ。ナイト君」
手をつなぎ、会場の入り口へ進む二人の背中に葉香は優しく言葉を投げかけた。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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