青い王子と狙われた天然少女
九州のとある中華街の一角、完全個室の高級店の前に高級車が止まる。
神経質に眼鏡を弄りながら玲次は入店した。
「お待ちしておりました。青柳様」
「予定より幾分か早くついたつもりだったが、先方はすでに?」
「ええ、奥の間においでです」
「……わかった」
慣れた手つきで上着を預け、奥の間に入ると壮年の男性が足を組んで座っていた。
身長は170㎝後半くらいだろうか、ブランド物のワイシャツに革靴、落ち着いた雰囲気の腕時計は何百万円ではきかないことを玲次は知っている。
「おっと、ごめんねぇ。料理は先に頼んじゃったよ」
「構いません。貴重なお時間をいただき感謝します。……打ち合わせでは、関係者が来ると伺っていました。まさか、直接お見えになるとは思いませんでした。龍造寺 幹久さん」
「龍造寺の人間にコンタクトを取る為に八方手を尽くしていると聞いたからね。直接来たのさ。驚いたかい?」
「えぇ。一度レセプションパーティーで姿を拝見した限りでしたから。龍造寺グループを実質的に主導している貴方が来るとは思いませんでした」
「ハハ、よく覚えていたね。さあ、座りなよ。ここのアワビの姿煮は好物でね」
組んだ足を直し、幹久は笑顔で着席を促した。
礼をして席に座る玲次を見て満足そうに頷いている。
とりとめのない天気の話や九州の観光についての話題を消化し、いくつかのメニューを平らげて幹久が紹興酒をくゆらせたタイミングで玲次は本題を口にした。先に話題を口にすることは主導権を奪われかねないが、もとよりこちらの方が遥かに格下でありこの場面で言うべきだと判断した結果だった。
「あなたの姪、『卜部 日葵』さんについてですが……」
「うん、私の自慢の姪だよ。父も何を考えているのかねぇ、あの子に注目を浴びさせるとはね。おかげで君の様に外堀から埋めようとする人が後を絶たなくてね。ま、私も楽しくてわざわざ会うわけだが」
人懐っこそうな笑顔だが、日葵のそれとは違う。笑みを浮かべた仮面をかぶっているようだ。
一筋縄ではいかないことはわかっていたが、腹の探り合いは玲次にとってむしろ親しんだ土俵である。
「日葵さんとは学園で一緒に仕事しまして、その非凡さに注目していました。まさか龍造寺の縁者だとは思いもしませんでした。今回の件では運命を感じずにはいられませんね」
「非凡ね。まぁ、非凡だとも。……正直、私はどうも腹芸が苦手でね。率直に話をさせて欲しい」
嘘つきめ、どの口で言うのやら。この反応ならばやはり卜部のことが話題に上がったことには裏がありそうだ。
そんな考えなどおくびにもださず、興味がそそられたように体を前に数度だけ傾ける。
「率直な話ですか?」
「あぁ、同じ学園である君は他の有象無象よりは可能性がありそうだ。君は日葵をどうしたい?」
「……親しい仲になりたいと思っています。将来のことも見据えたパートナーとしての関係を築けたらと、そう考えています」
「うんうん。我が姪は可愛いからね。私としても君のような『こちら側』の人間と一緒になってくれた方が好ましい。知っているだろうが、日葵の母親はどうにもそういう感覚が無くてね。おかげで私が大変なんだよ。日葵には早いとこ専門の教育をさせるべきだ」
ややボカした言い方ではるがその言葉が意味することは、この幹久は経営の世界に日葵を引き込みたいということだ。
玲次が望んだ解答の一つであったが、疑問が頭をよぎる。
「立ち入ったことを質問してもよろしいでしょうか?」
「もちろんさ。何でも聞いてくれたまえ」
「日葵さんの母親は龍造寺を出たと聞いています。つまり龍造寺の本家との関りは希薄ともいえます。いくら龍造寺会長が可愛がっているとはいえ、貴方が……僕を始め、複数人の企業の御曹司と会うほどに気をかけている理由が見えてきません」
話をするまで玲次は日葵の存在について『龍造寺会長に近づくための踏み台』として重きを置いていた。
しかし、幹久の話しぶりから考察するにそれ以上の価値が日葵にはあるように思える。
「ふむ、そうだな。……他の人には秘密だよ。良いものを見せてあげよう」
まるで玩具を箱から取り出すように、楽し気に鞄から出されたのは書類だった。
それは何枚かの模造紙の画像であり、様々な図形や付箋が大量に張られている。
「一枚目はワークショップに見えます……次は潜水艦ゲーム?」
「似たようなものだ。それは私が姉に秘密で日葵に頼んで作ってもらったものだよ。頭の体操とかゲームとか称してね。日葵には情報を整理するゲームと伝えたが、実際は我がグループが手をかけている事業の要素を精査して因子にしたものを大量にメモにしている。二枚目は様々な情報の処理についてわかるテストだ」
この時になって玲次は背筋に冷や汗が伝うことを感じた。
学園での成果を見れば規格外だということはわかっていた。だが、それがどれほど外れているかを玲次は知らなかった。無言で資料を読み進めていく。幹久はそんな玲次の様子を楽しそうに見つめながら話を続けた。
「驚くだろう? 単純化の為にいくつかのフィルターを通された精度の低い情報だ。それを彼女が無駄を無くすように整理し、実際の現場に情報を再変換して反映させた所、効率が劇的に向上した。利益だけでも数%は確実に実績がでている」
資料にある事業の規模での数%は数百億である。それがどれだけ異常であるかは、この夏から経営を実践している玲次には痛いほどわかる。
「……天才」
それは、幼い時より玲次が言われてきた言葉だった。その評価を保つために彼は血反吐を吐くような努力をしてきた。その時間をあざ笑うかのような圧倒的な才能がそこに記されている。
「あぁ、そうだよ。二枚目は実際の潜水艦ゲームをもとに、さらに情報量を増やした代物でね。目隠し将棋とチェスを同時にやるようなものだ。ちなみ相手は私だと日葵には伝えたが、実際はパソコンのアプリだ。人間が勝つのは不可能だよ」
「テストの結果。処理能力はほぼ上限……」
「アッハッハ、凄いだろう私の姪は? ちなみに、さらに情報量を増やしてゲームが破綻するほどに複雑化させた場合は日葵の圧勝だ。処理能力に加え大局観まで備えている。無論これはゲームであって、あくまでテストだ。しかし、日葵以上の成果を出せる人間を私は知らない」
資料を丁寧に幹久に戻し、玲次は眼鏡を触る。
「これほどの人材を使わない手はありません」
自分でも驚くほど冷たい声。なぜ、今回の騒動の焦点が『卜部姉妹』でなく。『日葵』にあるのか?
その答えの一端がわかった。少なくとも目の前で楽し気に笑うこの男は、日葵に狙いを絞っている。
粉をかけた人間が日葵と懇意になり、龍造寺に益をもたらすことを期待しているのだ。
「うんうん。君ならそう言ってくれると思っていたよ。……『青柳』での君の立場は噂で聞いてる。私なら力になれるだろう」
「ッ……」
日葵のことで生まれた心の隙間を貫かれる。思わず息を飲んでしまい、その様子を観察された。
それは心臓を握られたに等しい。自分のことをどこまで知られているのかわからないが、この場で玲次ができる返答は限られていた。
「……僕にできることなら、何でもします」
幹久は笑みを深める。
「助かるよ。父や姉、それとあの男のせいで満足に手が出せなくてね。困っていたところなんだ」
それから数分後、鼻歌混じりに店を出た幹久は用意された車に乗り込み、行き先を指示する。
発進した車は中華街のネオンに溶けていくのだった。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
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