海水浴場、イン、赤の王子
「海だー!」
砂浜へ走りだす天然少女。ここは、別邸から車ですぐの海水浴場。
夏真っ盛りの時期で男女問わず賑わっている。遠浅の海は泳ぎやすく、海の家が二件に屋台が立ち並び、更衣室や荷物の預かり場も広くかなり便利だ。何よりも、ひたすらに青い海と白い砂浜は圧巻であり、正直こんな海で泳ぐのは生まれて初めてだ。潮風を胸いっぱいに吸い込んでも、生臭くなく澄んだ海だということが分かる。
「ホッホッホ、見慣れた海も一緒に来る人が違うとまた一味違いますな」
「すみません森重さん。車を出してもらって」
パラソルやお弁当と飲み物を入れたクーラーボックスなど、バスでの移動では運びづらい物もあったため、森重さんに運転手をお願いしたのだ。それ以外にも色々お願いしている。
「なんの、役得ですわい。葉香お嬢様や晴彦様は残念でしたな」
葉香さんと晴彦さんは昨日の手紙の返信が残っているらしく、午前中は来るのが難しいらしい。
残りを片付けしだいこちらに来るようだ。……あの晴彦さんが日葵と咲月ちゃんの水着姿を見逃すわけないし、すぐにやってきそうだけどな。
「すぐに来ますよ。それこそ晴彦さんは脱走してでも来ると思います」
「樹君こそ、ここで良かったのですかな? やや遠いですが龍造寺が所有しているプライベートビーチもありますぞ」
口ひげを撫でながらやたら鋭い眼光でこちら見る森重さん。まぁ、言わんとしていることはわかる。
昨日だって金髪がいたわけだしな。日葵を狙う人たちもいるかもしれない。だけど――。
「静かな海水浴場なんて、日葵は喜びませんから。俺が守ればいいんです……だけど、困ったらお願いしたとおりに頼りにさせてもらいます」
やはり人込みも含めて、海水浴場ってのが俺と日葵の感覚だ。
自分一人で守り切ると言いきれないのが情けないが、もしもの為に森重さんには事前に守ってもらえるようにお願いしている。
「私が、すぐに人を頼る情けない男だと、理事長に伝えるかもしれませんぞ」
「いいっす。日葵と咲月ちゃんになんかあった時の方がずっと辛いんで」
もとより、俺はそんなできる男じゃない。
「ホッホ、若さとは価値ですのぉ。男子三日合わざればと言いますが、一日で見違えました。さぁ、男衆は場所取りにいきましょう」
「……流石にそんなに変わってないと思いますけど。おーい、日葵、あんま先に行くなよー!」
クーラーボックスを担ぎ直して、日葵を追いかける。
割と早い時間に来たと思ったが、すでに結構人が来ており、なんとか場所を取れたという印象だ。
海までほどよく近く、周囲が見渡せる良い場所だ。森重さんが慣れた様子でパラソルを設置する。
「よっし、着替えてくるよ。サッキー準備はいい」
「うん、ちょっと恥ずかしいな」
待ちきれないと跳ねる日葵と、周囲の人に圧倒されている咲月ちゃんである。
……すでに周囲の視線を感じているわけでわけで。
「森重さん……」
「わかっていますとも。二人についてあげてくだされ」
「すみません。俺もついてくよ、男子の方で着替えたら出口で待ってる」
「うん、よろしくでっす。頼りにしてるね」
「あぁ、任せてくれ」
男子の着替えなんて海パン履くだけだからな。更衣室を利用したとしても、二人よりはずっと早く着替えて待機できる。三人で公共の更衣室へ向かうと、女性更衣室は結構混んでいる様子だ。
男子の方は回転が速いのですぐに入れそうだ。目論見どおりさっさと着替えて外で待機。
……事前にどんな水着か知っているわけだけど、やっぱドキドキするな。
そわそわしながら待っていると。よく通る声が耳に届く。
「おぉ! 樹じゃん。凄いな!」
一瞬混乱し、プチパニック。
「……嘘だろ」
猫化の動物を想起させる。しなやかな筋肉質の身体、整っているはずなのにどこか野性味を感じる相貌。手を挙げて笑顔で走って来るのは、我が学園で青柳と対をなす二大王子の一角。
赤井 錬が周囲の女性の注目を一心に浴びながら、そこにいた。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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