天然カップルは朝から……
「むにゃ、イックン……」
「おーい、日葵ついたぞー」
「……すぴー」
泣きつかれて眠った日葵を背負って別宅に帰ると、なぜかパイを装備した晴彦さんが、葉香さんにハリセンでしばかれていた。それなりに強烈なハリセンを受けているのにパイを落とさないのは謎のこだわりを感じる。
「ギャフ! 男には止まれない時があるんだ葉香さん。憎い、僕はあそこまで日葵に好かれているアイツが憎いんだぁ!」
「娘の幸せを祝福できない父親がいますかっ! 示現仕込みの一撃を喰らいなさいっ!」
「へばっ!!」
やたら腰の入ったハリセンでの一撃に沈む彼女の父親……。何やってんだ?
「お帰りなさい。あらあら日葵ったら、シャツを握りしめて離さないわね。幸せそうに寝ているわ」
武器としても使用できそうなほどに、しっかりとした造りのハリセンを背後に隠しつつ葉香さんが迎えてくれる。
「あの……」
何から話そうか迷っていると、パチンとウインクをされる。
「ありがとう樹君。日葵は昔から頑張りすぎちゃうから、これからもよろしくね」
「……はい。任せてください」
「うふふ、私まで当てられそう。そうだ、ごめんなさい今日は色々あってご飯の準備ができていないの、外食にいくつもりだったのだけど……。日葵はそんな様子だしどうしましょう」
「俺は街で色々食べたんで、お腹減ってないんで大丈夫です。日葵を部屋に運んで休みます。というか晴彦さん動きませんけど大丈夫なんですか?」
晴彦さんはぴくぴくと痙攣をしており、ハリセンとはいえ脳震盪でも起きているような有様だ。
「あぁ、晴彦さんはこう見えて頑丈だから大丈夫よ。しばらくしたら復活するから、今のうちに車に運びましょう。咲月もまだ休みたいらしいし、森重さんも一緒に大人で楽しんでくるわね」
「はい、いってらっしゃい」
救急隊が負傷者を運ぶように手慣れた様子で、葉香さんが自分よりもはるかに重そうな晴彦さんを持ち上げて運び、やたら笑顔でこちらを見ている森重さんと一緒に出掛けて行った。さらっと描写しているけど、葉香さん……なんつう体力をしてんだ。
なんだかんだあの二人も仲いいよな。日葵を部屋に運び、タオルケットをかける。自室に戻って日葵の涎まみれのシャツを着替えて一息、と思っていたけどどうやら自分もかなり疲れていたようで、そのまま眠ってしまった。
翌朝。
鼻腔をくすぐる良い匂いで意識が覚醒する。
「寝てたか、良い匂いがするな」
ぐぅ、とお腹がなる。間食をしていたとはいえ、晩御飯を食べてないわけだし、結構空腹だ。
時計を見るとまだ朝の7時である。もしかして専属の料理人とか来ているのだろうか。これだけ立派な建物だしありそうだな。
腹の虫に急かされて、部屋を出てリビングに入ると、すでに起きていたのか葉香さんがコーヒーを飲みながら椅子に座っていた。その横では行儀よくちょこんと咲月ちゃんが座っている。
「あらあら、おはようイックン。起こそうか迷っていたわ……」
「おはようございます樹さん、なんていうか……こんな状態です」
咲月ちゃんが指先で示したのは、テーブル一杯の料理だった。卵サラダにトースト、スープにから揚げ、煮物にジャムをつけたクラッカー、カットされたフルーツに盛り付けられたお刺身……。見たことない料理もあるな、あの卵の殻に白いムースが入っている料理は何なんだ?
ホテルのバイキングとでもいうようなテーブルを埋め尽くす料理の数々。
どれもクオリティが高くてビビるんだけど、どうなってんだ?
生暖かい目でこちらを見てくる葉香さんに咲月ちゃん。二人が視線を横にずらすと、そこには……。
「あっ。おはようだよイックン。エヘヘ、今日は海行くもんね、体力つけなくちゃね。エヘヘ、デートでっす! あっ、スズキのパイも焼けたよっ」
ポニーテールを揺らし、黄色のエプロンを装備し、頬を緩ませながらも凄まじい手さばきで複数の調理をこなす日葵がいた。
全身から幸せオーラとでもいうか、スキップでもしそうな喜びが体から溢れている。その表情はデヘヘとでも擬音が着きそうなほどだ。圧倒されていると、ポンと葉香さんに肩を叩かれる。
「あの子、起きてからずっとあんな調子なの。浮かれちゃって、完全に暴走しているから止めて頂戴」
「いや、葉香さんが止めてくださいよ。あんな幸せそうな日葵を止めるなんて俺にはできません」
昨日のことが原因でああなっているのならば、俺も嬉しいし。横を見ると咲月ちゃんもブンブンと首を横に振った。
「あんな可愛いお姉ちゃんを止めるなんて、私にも無理です。でも、止めないと冷蔵庫が空になるまで料理が作られていきます。樹さんなら止められるはずです。責任をとってください」
二人の視線が突き刺さる……行くしかないか。日葵に近づき、チョコンとチョップを頭に当てる。
「そこまでだ。朝からこんなに食べきれないぞ」
「痛くなーい。えっ、わわっ、スゴいことになってるでっす。誰がこんなことをっ!」
スズキのパイは完全に置くスペースを無くしている。目が覚めたようにびっくりする日葵に脱力しそうになる。
「とりあえず、保存が難しいものから食べるから、他は冷蔵庫にしまうぞ」
「ボー……」
「日葵?」
さっきまで動き回っていたのに、急にストップして熱っぽくこちらを見ている。
ガバっとエプロン姿のまま日葵が抱き着いてくる。
「ぎゅー、エヘヘ。今日もよろしくねイックン」
「……」
えっ? 何この可愛い生き物。俺の彼女可愛すぎじゃない? 今までも可愛かったけど、昨日のことがあったからか数割増しで魅力的に見える。
思わず頭を撫でると、日葵は嬉しそうに目を細め、そのまま耳の後ろに指を添わすと、少しくすぐったそうに甘えてきて……。
「咲月……コーヒーいる?」
「うん、お母さん。ブラックでお願い」
その後、晴彦さんが起きて乱入するまで、朝っぱらからいちゃつくのだった。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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