天然少女と追いつく心
青柳と別れて、冷房の効いた室内で先程の会話を考えていた。
学園で見る青柳は非の打ちどころの無い生徒の代表で、噂ではすでに会社の経営に関しても経験しているらしい……正直、俺なんかよりもずっと優良物件なのかもしれない。
そんな奴に絶対に別れないと大見得を切ってしまった。
「……譲れないもんな」
女湯の更衣室にかかる暖簾がたなびき、日葵が出てきた。すぐにこちらに気づき、こっちへ走って来る。
「お待たせでっす。フルーツ牛乳飲もうよイックンっ!」
「あぁ、一緒に飲もう。ちゃんと、浴衣着ろよ。はだけてるぞ」
「丈に合わせたから、お胸が大きくて、難しいんだよ……」
頑張って、胸元を正した日葵の頭をポンポンと叩き、二人で自販機で瓶の牛乳を注文する。
「腰に手を当てて飲むのが、マナーだよ」
「絶対違うだろ」
なんとなく、二人してタイミングを合わせて一気飲み、甘く冷たいフルーツ牛乳が染みる。
「ぷはー。アハハ、イックン。おひげがついてるー」
「そっちもだからな」
二人して笑いあって。だけど、心の中では先の催しのことが頭の片隅に浮かんでいる。
……日葵は御曹司達のことをどう思っているのか……。そもそも、青柳がここにいたことを言っていいのか。うーん、頭がパンクしそうだ。
ジッと見ていると、まだ牛乳が口元に残っていると思ったのか日葵は口を拭う。
「ごしごし、とれた?」
「とれてる。……なぁ、日葵」
「何、イックン?」
風呂上がりで頬を上気させた日葵が上目遣いでこっちをみる。信じられないくらい澄んだその瞳を見ていると、なんだか、胸がモヤモヤして、言葉に詰まってしまう。
「いや、何でもない。そろそろいい時間だし、帰るか」
「だめだよイックン。銭湯に来たんだから、マッサージチェアに座らなきゃ。10分50円なんだよ。向こうにコーナーがあるから行こうよ」
「あれ、なんか年寄りっぽくてなぁ……やったことないんだよ」
「えー。最高なんだよ。絶対やるべきでっす」
銭湯ではお約束だけど、実はやったことがないんだよなぁ。
しかし、日葵はやる気満々のようで、手を引かれて二人並んでマッサージチェアに座る。
硬貨を入れて、マッサージを始めるが……あれ、意外と気持ちが良い。
痛気持ちいいとはこのことか、腰から背中を伸ばされる感じが癖になる。
「あ”ぁ”いいなこれ」
「う”あぁ”いいでしょ~」
二人して変な声が出てしまう。しばらく、目を閉じてマッサージを受けていたが、メニューが進んだのか、もみほぐしが終わり、肩たたきが始まる。これも良い感じだな。
目を開けて隣の日葵に感想を伝えようか。
「肩たたきも結構気持ちが……」
「う”ぃいい。だよね~」
「……」
目を閉じて、肩たたきを受けている日葵。その胸の震えが凄いことになっていた。
例えるならば、ランダムに揺れ動く餅かプリン。浴衣越しでもたゆたゆと柔らかく弾んでいる。
とっさに周囲を確認するが、横に人はいないし、前は他のマッサージチェアーがあるので、通路から見られることはない。
……うん。これは不可抗力。何とは言わないが、しばし堪能したのだった。
「マッサージ、良かったでしょイックン」
「あぁ、最高だった!」
「いつになく強い肯定! だよね、だよね。私も肩こるから、大好きなんだよねっ。サッキーは嫌がるから、イックンがそう言ってくれて嬉しいよ」
無邪気に喜ぶ日葵にちょっと罪悪感、後で咲月ちゃんから気を付けるように言ってもらえるように伝えとこう。
洗濯と乾燥が終わった服に着替えて銭湯を後にする。
一応、周囲を警戒していたが、金髪にも青柳にも会うことなくバスに乗ることができた。
夕日の中を進むバスの中。波の音と、海の風。
落ち着いたら、先程の疑問がまた頭をもたげてきた。何となく、今なら聞ける気がする。
「なぁ、日葵。さっき、言えなかったんだけど」
「うん? なんでっすか?」
景色を見ていた日葵がこちらに振り向く。
「今日さ、ほら、金髪とかいただろ? アイツはちょっとヤバイ奴だけど、他にもどこぞの御曹司とか、なんていうか、凄い奴が来ると思うんだ。あと数日で大きなパーティーとかもあるし、それで俺は……」
隣にいていいのか?
その言葉は喉で止まる。いや、止めた。疑問や不安の答えは、これまでにもうもらっているだろ。
ここで、また日葵に甘えるのか、青柳と話して自分の想いを知ったはずだ。
誰が相手でも、絶対に譲れないと思い知ったはずだろ。日葵はじっとこちらをみて言葉を待っていた。
息を吸って、まっすぐに日葵を見つめ直す。
「俺が、日葵の彼氏だって。絶対に日葵を誰にも渡さないって……言うから」
一方的な宣言。ちょっと乱暴だったか?
日葵は真顔のまま涙を流していた。夕日に照らされるその姿は、陽炎のように儚い。
「うぇ! わ、悪い。これは俺の考えで、もちろん日葵の立場も考えて――」
「怖かったの」
「えっ?」
普段からは想像できない、弱弱しい日葵の声。
「私のお爺ちゃんがお金持ちで、いっぱい男の人が来て、それでイックンに色んな人が嫌なことをしないかなって。それでも一緒にいて欲しいって、俺の恋人だって言って欲しいって、私、イックンに言えなかった。お母さんとお爺ちゃんのパーティーの準備とかマナーのお勉強をしていることも知ってたでっす。全部知ってて、それでもイックンに聞けなくて。私のせいで嫌な思いをして、それでイックンが私を嫌いになるのが……怖かったの、ありがとう…イ”ッグ……、うわぁあああああああん」
泣きながら抱き着いてきた彼女は、強く、俺のシャツを握っていた。
震える日葵をただ抱きしめ返す。俺の彼女は天然で、賢くて、可愛くて、優しくて、そして不安を押し殺すことすら上手すぎる。泣くほどに怖かったのにずっと、俺が覚悟を決めるのを待ってくれていたのだ。
「ごめんな日葵。俺がもっと早く言うべきだった。絶対に離さない。嫌がらせとかドンと来いだ。言ってくれたよな。一緒だから嬉しいが溢れるんだ。もう、怖くないからな」
「う”ん。大好きイックン」
「あぁ、わかってる。わかってたんだ」
この先が何があろうとも、彼女を離さない。不安も恐怖も、一緒ならばきっと大丈夫。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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