青い王子とお節介
ベンチに並んで座る。正面には家族連れが楽しそうに、売店でアイスを買っていた。
「クラスメイトか、灯台下暗しだったな。単刀直入に言う。君は卜部と交際をしているのか?」
横を見ると、女性でも通用しそうなほどに線の細い体。切れ目にスッと通った鼻筋の浴衣姿のイケメン。周囲の視線が少し集まっているのも納得だ。
さて、問いかけられているわけだが。……正直前の俺ならこんな状況でも、お茶を濁していたかもしれない。だけど。
『好きだよイックン。不安になるなら、何度だって言うからね』
まっすぐに俺に向き合ってくれている日葵の横にいたいなら、もっと先の、ずっと先に日葵といたいから。誤魔化すのはやめだ。その為にこの旅行について来たのだ。
「そうだ。付き合ってる」
赤の他人に言うのは初めてだな。やっぱりちょっと恥ずかしい。
そんな俺の機微など知ったことかと、青柳は睨みつけてきた。
「なら別れるべきだ。彼女は上流階級の人間との将来が保証されている。もし、別れることに対価が欲しいなら、相応の謝礼をだそう」
「その上流階級ってのはお前のことか?」
「そうだ。彼女のことは学生会での業務を通じて評価している。『龍造時』と『青柳』ならば違う分野での強みを生かしやすい。家の将来のことも考え、交際を申し込むつもりだ」
「それを理由に、付き合っている俺とは別れろって?」
「君と彼女は釣り合わない」
「……釣り合わないってのは同意してもいいぜ」
俺が怒ると思っていたのだろう、青柳は少し意表を突かれたようだ。
うん、まぁ、怒ってないわけじゃない。けど、ずっと怖い気持ちはあったのだ。だから、胸を張って彼氏と他人に言えなかった。
丁度良い機会だ。俺の気落ちの整理に利用させてもらおう。
「意外か? 日葵のことを近くで見てきたんだ。金持ちのお嬢様ってのは最近知ったけど、そんなことよりもずっと大事な部分を見てきた。……俺は日葵にふさわしいって自信が持てなかった。今も、怖いんだ。日葵は眩しくて、俺でいいのかって思ってる。けど、そんな俺の告白をあいつは受けてくれて、その後も彼氏だって言い切れない情けない俺を待ってくれてた。……いっぱい理由はあるけどさ。俺が日葵と一緒にいたいんだ。釣り合わなくても、平凡でも、引き下がるなんてできるわけがない。心底惚れているから、別れることなんて絶対にできない。だから提案を飲むつもりもない」
うん、言葉にするってのは難しいな。なんか、俺、めっちゃ日葵のこと好きな奴みたいじゃない?
……否定はしないけどさ、うぅ、恥ずかしいぜ。青柳はこちらをジッと見ていた。
なんだろう、コイツなんでここにいるのとか色々疑問はあるけどさ、多分日葵を目当てにしていたんだよな? その割には何て言うか……。疑問が口から出る前に先に青柳が口を開いた。
「認められない」
「は?」
バッと立ち上がり、青柳は指先をこちらに向けた。
「君の考えは、まったくもって、自分本位の勝手な理屈だ。そんなことは認めるわけにいかない。ありえない。人間には持って生まれた『格』や『位』がある。彼女は卜部 日葵は悔しいが持っている人間だ。特別で優秀だ。君は見るからに平凡で、何も持っていない。そんな君達は周囲に決して認められない」
青柳に対する違和感が大きくなる。思わず、強い語気で反論する。
「ズレてるぜ、青柳。『周囲』よりも自分や日葵の気持ちが大事だろ」
「違うっ!」
大声ではなかった。しぼり出すような、か細い声。
「自分なんてもの……そんなものよりも、家柄や血筋が大事なんだ。君にはわからないだろう。社会的地位を守るために魂を切り売りする世界があることを。彼女はその世界の住人なんだ。彼女は僕のような『血筋』の人間と付き合うべきだ」
「なら、日葵じゃなくてもいいだろ。適当な相手を探して、形だけのお付き合いをすればいい。お前が日葵のことを、どう思っているのかの話が出てこないのはなんでだ?」
立ち上がり、正面から見据える。怜悧に見えたその瞳は今は壊れそうなガラス細工のように見える。
「すでに話した。学生会の業務を通じて彼女の能力を評価したと」
「『評価』して、付き合いたいって思った? 言い回しが引っかかるぜ。日葵のことを好きになったってことか?」
「錬と同じようなことを言うなっ! 個人の意思の話ではない、お互いの背景を考え、選択したということだ」
痛々しい、なんだこれ、俺が日葵に抱いている劣等感と似ているようで根本から違うような。
コイツ、どうしてこんな状態になってんだ?
金髪の方がまだ理屈がわかる。アイツは何にも考えず、日葵の爺ちゃんが金持ちだから近づいただけのバカのボンボンだ。
だけど、コイツは……青柳は徹底的に歪んでいる。
……関わらない方がいいことはわかる。話を切り上げてさっさとどこかに行けばいい……けど、気になると放って置けないのが俺の悪い性分だ。どうしても、言いたくなってしまった。
「なぁ、青柳。身に着けた『地位』とか『血筋』とかいろんなものを机にでも並べてさ、セールスの勧誘みたく日葵に交際したいって言って。それで……そんなんでお前はいいのかよ。日葵じゃなくても、惚れた腫れたじゃなくても、誰かとの関わりってやつを全部そんなものにしていいのかよ。そんなの悲しすぎるだろ。だって、そこにお前自身はいないじゃないか。俺は日葵に俺自身を好きになってもらいたいよ」
「うるさいっ! よくわかった。僕は君が気に入らない。卜部とのことは絶対に認めない。これ以上話すことも無いっ!」
遮るような拒絶。歩き出すその背中はやはり痛々しい。
「待てよっ」
「……」
「日下部 樹だ。多分、俺の名前とか知らなかっただろ」
一瞬だけ足を止め、再び歩き出した青柳はまっすぐに出口に向かっていた。
……レンタルした浴衣は返して帰れよ。
ため息をついてベンチに座り込む。どっと疲れた。
無性に日葵に会いたくなって、女湯の出口に目線が映る。たった数十分でこの有り様である。
「日葵のこと好きすぎるだろ俺……」
こんなことで、この先やっていけるのだろうか?
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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