青の王子は理解できない。
青柳 玲次は神経質に眼鏡を触りながら、学生会室をウロウロとしてた。
学生会に割り振られたこの部屋はかなり広い。しかも、この部屋からでしか行けない部屋が二つあり、一つは機密性を高めるための学生会専用の書庫、もう一つはキッチンやシャワー付きの休憩室となっている。場合によっては、他校や外部からの来客が訪れるため、ちょっとした小物一つとってもかなり金がかかっていることが伺える。
投票で選ばれた学生会の役員のみが入ることが許された特別な場所であり、普段ならホコリの一つも落ちることのない部屋だったが……。
「おい、玲次。さっきから動きすぎだ。卜部だっけ? あの子がこの部屋をなんとかしてくれるから大丈夫だって。今度は確かな筋からの情報だからな」
庶務机に足を乗せて、辛うじて集められた紙を赤井 錬が指でつまむ。
至るところに資料が散乱しており、壁紙も破れている。投げられたノートPCが転がっており、花瓶は割れたまま。
今やこの学生会室は、まるで強盗でも入ったかのような有り様だった。
無論、通常の業務でこのようなことになるわけがない。
「それに触るな。元はと言えば、お前が適当な人材を連れてきたせいだぞ。業務を放り出すだけではなく、自棄になって部屋を荒らしまくるとはな……」
「……クラス委員に恐ろしく仕事のできる奴がいるって話だったんだよ。実際、去年の学生会からの嫌がらせの仕事を一年のクラス委員たちは真正面から達成したってんだからな。まさか、学生会に入る為のデマだったとは。書類仕事どころかコーヒーも碌に入れれないポンコツだとは思わなかったぜ。顔もそこそこだったしな。ん?」
髪をかき上げ、ため息をつく錬のスマフォが鳴る。
「もしもし~。えっ、今から? 可愛い子来んの? 北聖の? マジ!? オレをダシにするなら断るぜ。……ふーん。結構粒ぞろいか、それなら行ってもいいぜ」
錬がソファーから器用に跳ね起きて上着を羽織る。
「おい、錬。まさかとは思うが、この惨状を無視して遊びに出るわけじゃないよな?」
「すまん。ちょっといいとこのお嬢様が来るらしいんだよ。見逃してくれたら、お前に回してコネにしてもいいから、行かせてくれ」
「……中小企業の娘程度じゃないだろうな?」
「バリバリの一流企業、しかも玲次の好きな『血筋』も問題ないぜ」
「ハァ……貸し一つだぞ」
「サンキュー玲次。愛してるぜ」
「よせ、気持ち悪い」
ドサリとソファーに深く座り、額を抑え、親衛隊から見つからないように隠し扉から出ていく錬を見送る。
本当に頭が痛い、まさかこの部屋に血筋を伴わない人間が訪れるとは……。
冷めきったコーヒーをすすり、様々な物が散乱した部屋で一人佇んでいると、コンコンと扉がノックされた。
「……誰だ?」
「誰だって、私を呼んだのは貴方達でしょうが! 卜部ですっ! 言われた通りお手伝いに来ましたよー」
「周囲に人はいないな?」
「うん? さっき、女子にぼでーちぇっくされましたが、今は誰もいないです」
「わかった」
不味いコーヒーを飲み干し、腰を上げる。まったくこの惨状を見て逃げ出さなければよいが。
他の生徒にバレると不味いので、少しだけ扉を開けて周囲を確認するも、言いつけ通り誰もいないようだ。特定の女子を呼ぶ行為によって、卜部には嫉妬が集まるかもしれないが、僕がいる学生会室に入れるのだから多少の被害は受け入れてもらえるだろう。扉の前にいる卜部は、昨日見た印象通り、かなり小さい。錬が言うには、優秀な人材らしいが、眉唾ものだ。
最悪、部屋の掃除だけでもさせて口封じのために脅すか、金を渡せばいい。
「入れ、あまり声を挙げるなよ」
「声? なんでですか?」
「なんでもだ」
イライラしながら玲次が日葵を中に入れる。
「……」
案の定、部屋を見て黙ってしまった。逃げ出さなかっただけでも、良かったが、仕事は任せられないかもしれない。
心の中で諦めのため息をついた玲次の予想は、数秒後に裏切られることになる。
「言っておくが、このことを口外すれば、君の学園生活は――」
「し……」
「し?」
プルプルと震える少女は次の瞬間、あろうことか両手を挙げて万歳をした。
「七難八苦でぇっす!」
「何を……」
大声でそう叫んだ後にクルリと回ると、ポニーテールをなびかせ、豊満な胸を張り、卜部 日葵は二パッと笑い、絶句する玲次に向き直る。
「頑張りましょう、青柳君っ!」
物心ついた時には眉目秀麗、頭脳明晰と呼ばれていた青柳 玲次にとって、理解できない、取るに足らない人間は何人にもいた……しかし、理解を越える人間と出会ったのは、これが初めての経験であった。
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